消防署に着くと、柴田隊長は自室でマキラを待っていた。「座れ」 隊長の声は優しかった。マキラは椅子に座り、深呼吸をした。「隊長、私、話さなければいけないことがあります」「聞こう」 マキラは、十二年前の出来事から語り始めた。 それは、彼女が救命士になって二年目の冬のことだった。深夜の交通事故。飲酒運転の車が、信号待ちをしていた軽自動車に衝突した。 軽自動車には、母親と八歳の娘が乗っていた。 母親——桐谷夏美は、車の下敷きになっていた。マキラたちが到着したとき、彼女はまだ意識があった。「娘を……娘を先に……」 夏美は血を吐きながら懇願した。 しかし、救出の順序は明確だった。より重症な方を優先する。娘の美月は軽傷だった。夏美の方が、緊急性が高かった。 マキラは夏美を救急車に乗せた。その間、美月は現場で泣き叫んでいた。「ママ! ママ!」 その声が、今でもマキラの耳に残っている。 救急車の中で、マキラは懸命に処置をした。しかし、夏美の状態は急速に悪化した。「娘に……会いたい……」 夏美の最後の言葉。 そして、午前三時四十七分、彼女の心臓は止まった。 病院に到着する、わずか三分前のことだった。 マキラは、その後何度も自問した。もっと早く処置していれば。もっと的確な判断をしていれば。 しかし、どう考えても、彼女のやったことは正しかった。医学的に、手順的に、全て正しかった。 それでも——夏美は死んだ。 そして、マキラは自分を許せなかった。「それから、私は感情を封じ込めることにしたんです。患者を救えなかったとき、悲しんでいる暇はない。次の現場に備えなければならない。そう自分に言い聞かせて」 柴田は静かに聞いていた。
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