五月の朝は、いつも光の粒子が見えるような気がする。 御厨胡蝶は通学路の途中で立ち止まり、街路樹の葉を透過する陽射しを見上げた。新緑の葉は光を受けて、まるで薄い翡翠のステンドグラスのように輝いている。その美しさに心を奪われて、胡蝶は思わず息を呑んだ。 美しいものを見ると、胡蝶の心臓は少しだけ早く鳴る。それは恋に似ているけれど、もっと純粋で、もっと儚い感覚だった。「胡蝶ちゃん、また止まってる」 親友の声に我に返る。振り向くと、ショートカットの少女――柚木ひかりが、呆れたような笑顔でこちらを見ていた。「ごめん。でも見て、この光……まるで宝石みたいでしょう?」「うん、綺麗だね。でも毎朝これだと遅刻しちゃうよ」 ひかりは実際的で、地に足のついた少女だった。胡蝶とは小学校からの付き合いで、夢見がちな胡蝶をいつも現実に引き戻してくれる。 二人は桜丘高等学校の二年生だ。この街は郊外の静かな住宅地で、古い洋館や昔ながらの商店街が残る、どこか懐かしい雰囲気を持っていた。 教室に着くと、胡蝶は窓際の席に座り、鞄からスケッチブックを取り出した。授業が始まるまでの僅かな時間、彼女は今朝見た光の粒子を描こうとする。でも、どうしても上手く表現できない。 美しいものを見つけることは得意だけれど、それを形にすることは難しかった。「おはよう、胡蝶さん」 声をかけてきたのは、クラスメイトの遠山紬だった。地味な印象の少女で、いつも教室の隅で静かに本を読んでいる。長い黒髪を三つ編みにして、大きな眼鏡をかけていた。「おはよう、紬さん」 胡蝶は微笑んで答えた。紬は少し照れたように頷き、自分の席へと向かう。 実のところ、胡蝶は紬のことをほとんど知らなかった。同じクラスになってもう二ヶ月が経つのに、会話らしい会話をしたことがない。紬はいつも一人で、誰とも深く関わろうとしない印象があった。 午前中の授業は退屈だった。数学の公式も、英語の構文も、胡蝶の心には響かない。彼女の頭の中は、常に「美しいもの」のことでいっぱいだった。 パリのオペラ座の天井画。ロンドンの古書店の佇まい。プラハの石畳に反射する雨粒。胡蝶は世界中の美しい場所の写真を集めていた。いつか、そんな場所に行きたいと思っている。 昼休み、ひかり
Last Updated : 2025-12-16 Read more