私が40度の高熱を出したとき、私の婚約者、馬淵陸也(まぶち りくや)の女秘書が走って押しかけてきて、病院へ向かおうとしていた私たちを引き止めた。彼女は胸に小犬を抱きかかえていた。真っ赤な目で陸也を見つめ、彼の手を掴んだ。「どうしよう。ころちゃんがお腹をこわしちゃったみたい。全部私のせいなの…」陸也はあれこれいわず、さっと子犬を抱えあげると振り返りもせずに行ってしまった。/ 一人病院で受付を終えて点滴を受けているとき、インスタで女秘書、田中麻鈴(たなか まりん)のストーリーをみた。【ママが馬鹿なばかりにわんちゃんクッキーを半分もあげてしまったから…パパがいてくれてよかった】投稿されていたのは子犬が注射を受けている動画だった。陸也が彼女をなぐさめる声が聞こえた。「大丈夫。心配しなくていい。俺がいるから」この投稿をみていたら、熱のせいか心が凍えているからか身震いがした。彼女のストーリーにいいねを押して、すぐに一週間後の新幹線のチケットを予約した。三人の世界はあまりに窮屈だ。もう耐えきれない。/看護師に呼び起されると、スマホに十数件の不在着信が入っていた。「叶音(かのん)、なぜ会社で俺を待たなかった?なぜ電話にも出ない?怒っているにしても限度があるだろう!」心配しているような口調だが、イラつきがにじみ出ていた。「今病院で点滴を打っているところ。あと少ししたらそのまま家に帰る」「そのまま一人で病院に行ったのか?俺がころを先に連れて行ったから?なにもころと張り合わなくてもいいだろう。仕方がないな。現在地を送って。迎えに行くから」陸也がやってきたとき、看護師は念を押すように言った。「家族の方ですよね。なぜ到着がこんなにも遅れたのですか。患者さんは病院への到着があと少し遅ければ意識を失うところでした。家に帰ったら、時間どおりに薬を飲ませて入念に経過を見守ってください」陸也はこのときやっと私の顔の青白さに気づいたようだ。「なぜ早く言わないんだ」冷静に彼を見つめた。言ったってどうにもならなかったし、言わなかったわけではない。「行こう」車まで来ると、いつもの癖で助手席のドアを開けた。しかしそこには田中麻鈴が犬を抱えて座っていた。さらには犬が口に入れて噛んでいたのは、陸也の交通安全を祈願してわざわざ
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