Tous les chapitres de : Chapitre 1 - Chapitre 10

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第1話

私が40度の高熱を出したとき、私の婚約者、馬淵陸也(まぶち りくや)の女秘書が走って押しかけてきて、病院へ向かおうとしていた私たちを引き止めた。彼女は胸に小犬を抱きかかえていた。真っ赤な目で陸也を見つめ、彼の手を掴んだ。「どうしよう。ころちゃんがお腹をこわしちゃったみたい。全部私のせいなの…」陸也はあれこれいわず、さっと子犬を抱えあげると振り返りもせずに行ってしまった。/ 一人病院で受付を終えて点滴を受けているとき、インスタで女秘書、田中麻鈴(たなか まりん)のストーリーをみた。【ママが馬鹿なばかりにわんちゃんクッキーを半分もあげてしまったから…パパがいてくれてよかった】投稿されていたのは子犬が注射を受けている動画だった。陸也が彼女をなぐさめる声が聞こえた。「大丈夫。心配しなくていい。俺がいるから」この投稿をみていたら、熱のせいか心が凍えているからか身震いがした。彼女のストーリーにいいねを押して、すぐに一週間後の新幹線のチケットを予約した。三人の世界はあまりに窮屈だ。もう耐えきれない。/看護師に呼び起されると、スマホに十数件の不在着信が入っていた。「叶音(かのん)、なぜ会社で俺を待たなかった?なぜ電話にも出ない?怒っているにしても限度があるだろう!」心配しているような口調だが、イラつきがにじみ出ていた。「今病院で点滴を打っているところ。あと少ししたらそのまま家に帰る」「そのまま一人で病院に行ったのか?俺がころを先に連れて行ったから?なにもころと張り合わなくてもいいだろう。仕方がないな。現在地を送って。迎えに行くから」陸也がやってきたとき、看護師は念を押すように言った。「家族の方ですよね。なぜ到着がこんなにも遅れたのですか。患者さんは病院への到着があと少し遅ければ意識を失うところでした。家に帰ったら、時間どおりに薬を飲ませて入念に経過を見守ってください」陸也はこのときやっと私の顔の青白さに気づいたようだ。「なぜ早く言わないんだ」冷静に彼を見つめた。言ったってどうにもならなかったし、言わなかったわけではない。「行こう」車まで来ると、いつもの癖で助手席のドアを開けた。しかしそこには田中麻鈴が犬を抱えて座っていた。さらには犬が口に入れて噛んでいたのは、陸也の交通安全を祈願してわざわざ
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第2話

私も感情が爆発して取り乱し、彼女のものを一切合切投げ捨てた。その報いとして、陸也は嫌悪をむき出しにし、私を非難した。「叶音!落ち着けよ。君は部長なんだから彼女がよく俺とクライアントに会いに行っていると知っているだろう。彼女が私物を置き忘れて行っても何もおかしいことはない」目が涙でいっぱいになった。「だったらなんでこの酔い止め薬があるのか教えてよ!」彼はすぐさま口をつぐんだ。私は車酔いしないからだ。怒りを爆発させる前、たまたまお昼休憩のときに通りかかった社員たちが噂しているのを聞いた。「ねえ、見てた?馬淵社長がすごく焦って受付の人に早急に酔い止めを買いに行かせていたところ」「見た見た!ロビーで田中さんが馬淵社長に思いっきり寄りかかってた。でね、社長は田中さんをしっかり抱きしめていた」「田中さんってか弱そうだよね。馬淵社長の胸元をつついて“全部社長のせいです。あの人たちと飛ばしあいをするのはやめてくださいと私言いましたよね。”って言ってたよ」どうやら陸也は女秘書を連れて仲間に会いに行っていたみたいだ。前に交通事故に遭ったと言っていたあの親友のところに。私は思わず書類をぶちまけた。そして、せかせかと会社をでた。くっついて立ち話をしていた社員2人の方の間をすり抜けて進む。陸也はそれを見るとあたふたと田中麻鈴をなだめ、階下から走って追いかけてきた。そしてちょうど私がものを床に落としているところに出くわした。彼は前にやってきて、私の手を掴んだ。「クライアントに会いに行くって言ってたけど、仲間に会いに行くの間違いじゃない?どこに行ってたか当ててあげようか。親友が交通事故に遭った現場のあの道じゃないの?」「君はストーカーか!?車の位置情報を調べたのか!」陸也の表情は、私への激しい憎悪に染まっていた。次の瞬間、耳をつんざくような着信音が鳴り響いた。田中麻鈴が陸也の手を取って設定させた着信音だった。陸也の表情はふっとやわらぎ、穏やかな声で電話に応じた。「麻鈴、どうした?」「社長、どこへ行かれたのですか?まだあまり気分が優れないので私に付き添っていただけませんか」陸也は急ぎ足で去っていった。そして振り返りもせずに言い捨てた。「叶音、次はないからな」怒りで手が震えた。「陸也!あなたにはきっとバチが
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第3話

「叶音はどうした?病院は彼女には知らせなかったのか」本来、叶音はここで待っているはずだ。涙ぐみ、胸が締め付けられるほど心を痛めているはずだった。彼は知っていた。高橋叶音(たかはし かのん)が誰よりも彼を愛しているということを。馬淵陸也と高橋叶音には大学を卒業してから共に起業するまで、長い年月をずっと一緒に歩いてきた絆がある。それなのに叶音の姿が見えず、陸也はたちまち動揺した。しかも、彼女は今回の交通事故の原因を知ったはずだ。陸也は不安げな表情を浮かべた。元気になって退院したら、彼女にたっぷりかまってあげなければ。「叶音さんは家に帰って社長のものを取ってくると言っていました。私、恐怖に怯えてたんですよ!」陸也は目の前の若く美しい顔を見て、彼女をなだめた。「麻鈴が無事でなによりだ」リュックを背負った私はドアを叩き、2人が情熱的に互いを見つめあっているところに割り込んだ。田中麻鈴はリュックサックを受け取ると、チャックを開けた。さすが彼女二番手とでも言おうか。そして中から1着ずつパジャマを取り出した。「陸也さん、このパジャマ見てください!陸也さんが私の家に置いて行ったものとそっくりです」陸也は眉をひそめた。「俺はお前の家にパジャマを置いていったりしていないが」彼はうろたえて私に視線を向けた。「あれれ、ついこの前ですよ。出張に行って一緒に陸也さんの部屋に泊まったとき、不注意でお互いの私物が混ざってしまったでしょう。ずっと返し忘れてしまっていました。陸也さんはひとまず私のうちに置いておくと言って…」話し終えた田中麻鈴の目元が泳ぎ、何かを思い出したかのように顔いっぱいに恥じらいを浮かべた。陸也の顔から一気に血の気が引いた。ああ、あのときのことか。私も覚えている。陸也が出張から帰ってくると、スーツケースの中にコンドームが入っていた。私はそれをつまみ上げ、陸也の顔の前でひらひらと振って見せた。荷造りのときに間違えてホテルにあったものを入れてしまっただけだと陸也は言い張った。 使ってもいないものをどうやったら間違えて持って帰ってきてしまうことがあるのだろう。あまりにもわかりやすい表情を浮かべる二人を目の当たりにして、私は冷笑した。もはやここに私の居場所はないのだと感じた。そこで背を向けて部
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第4話

その後、陸也は二日間入院することになった。 けれど、その間に私が再び病室を訪れることはなかった。 もちろん、彼のそばには誰かさんが付き添っていた。陸也は会社で私を見かけた途端、手をグイっと掴んできた。必死に振りほどこうと力を込めたが振りほどけなかった。「なんで俺の見舞いにこなかったんだ?」二日間、彼は病室の入り口とスマホを何度も見つめた。けれど、そこに私の姿が現れることも、私からの連絡が届くこともなかった。彼は気になって仕方がないというようにじっと私をみつめていた。私は無表情のまま口を開いた。「会社でやることが多くて。陸也がいない間いろいろとあなたの分を補う必要があったから」この言葉を聞くと、陸也はやっと私の手を離した。表情が和らぎ、うんうんと頷いた。「そうだ。会社は俺たちの血と汗の結晶であり、まるで我が子のような存在だ。お前にとって、決して手放すことのできないものだ」ドアが開き、田中麻鈴が犬を抱えて社長室に飛び込んできた。彼女は白いブーツを履いていた。膝には包帯が巻かれている。包帯が巻かれている脚を伸ばすと陸也の脚にくっつけた。そして写真を撮ったり、冗談をいったりした。「ころちゃん見て。今パパとママの足はおそろいだよ。パパはね、ヒーローなんだよ!パパがママを助けてくれたの!」私はドアの取手をギュッと握りしめていた。やっぱり心は痛むものだ。ドアを閉めて社長室を出ようとしたとき、陸也が唐突に言った。「叶音、二日間本当にお疲れさま。近いうちに水族館へ連れて行ってあげようか」私は振り返らなかった。「うん」田中麻鈴は私達の関係をかき乱す機会を逃さない。彼女は陸也の腕に絡みつき、寄りかかって駄々をこねた。「陸也さん、私も一緒に連れて行ってもらえませんか」陸也がどう答えたのかに興味はなかった。断ったとしても、きっと田中麻鈴はついてくる。それにそもそも陸也は断らないかもしれない。この前の記念日の時みたいに。/レストランは心地よい雰囲気に包まれ、人々は賑やかに酒を酌み交わしていた。だが突然、あの場違いな着信音が鳴り響き、空気は一瞬にして壊されてしまった。「陸也さん、どうしましょう……。叶音さんとの食事が終わったら、一緒に外を散歩をしていただけませんか。実は、陸也さんに会いに
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第5話

馬淵陸也が会社へ駆け戻ると受付の女性は暗い顔で、そわそわと話した。「馬淵社長、高橋部長はジャージを着た男に連れられて行きました」陸也は前に置かれたタブレット端末の画面をみつめた。画面に映る男の顔には見覚えがあった。叶音の実家にいた幼馴染だ。鈴木紫苑(すずき しおん)。陸也はタブレット端末を受付に投げ返した。脳裏に衝撃が走っていた。陸也は歯を食いしばった。良いだろう、叶音。今からお前を連れ戻しに行く!/このときすでに私は実家に向かう新幹線に乗っていた。隣にはイヤホンをつけて窓を眺めている紫苑がいた。私はラインのメッセージを打っては消してを繰り返し、陸也に最後のメッセージを送信した。【陸也、もう疲れたよ。別れよう】紫苑は私のラインをちらっと覗いて、口元に微笑みを浮かべた。「叶音は長文のメッセージを送るんだと思ってた。まさか数文字だけだとはね。大学時代、口を開けばずっと嬉しそうにあいつのこと話してたもんね」私はペロペロキャンディーを取り出して紫苑の口に突っ込んだ。「紫苑は私の痛いところをつかないと気が済まないんでしょ」3時間新幹線に乗り、私たちは一緒に実家に帰った。遠くから帰ってきたわが子たちを食事会で歓迎するのだと言い、両親たちはそろって私たちを出迎えた。席に着くと、紫苑の両親が息子に視線を注いだ。「うちの息子ったらね。複数人の女の子と遊んでいるんだよ。聞くと好きな人がいるなんて言うんだけどね。叶音ちゃんみたいに安心できる子とは違ってさ」私は気まずそうに笑って答えた。「実は私もちょうど彼氏と別れたところなんです。今回はこのまま実家に残ろうと思っていて」母は私の話を聞き終わると、みるみる目を赤くして涙を浮かべた。「叶音、あの男にひどいことをされたのかい?」母が辛そうなのを見て、自分の目まで潤んできた。口を開いたら涙で声が喉につっかえた。紫苑は手を伸ばすと、私の頭を撫でた。「よしよし、長いこと新幹線に乗ってお腹がすいたでしょ。まずは食べて。その後遊びに連れて行ってあげるからね」両親同士は視線を交わしあうと、暗黙の了解のもとそれっきり口をつぐんだ。/私と紫苑は遊園地に行き、その後夜市にまで行って遊び倒した。大満足で家に帰ったとき、周りはすっかり暗くなっていた。
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第6話

カフェの呼び鈴が鳴った。私は笑顔で振り向いた。「遅刻だよ」入ってきた男の顔をはっきりと見て、笑顔がこわばった。陸也はこわばった笑顔が気に障ったようだ。不機嫌な顔で私の向かいの席に座った。彼は私を探し出そうと思えば、当然探し出せるのだった。私は窓の方を向いた。「ここには座る人がいるので」この言葉を聞くと、陸也の顔は殺気を醸しだすほどに不機嫌になった。叶音は他の男のために自分から俺の元を去っていったとは。陸也は自分でグラスに水を注ぎ、必死に何か衝動を抑え込んでいるようだった。絞り出した声は掠れていた。「高橋部長が何日も仕事をすっぽらかしてたので、社長が直々に実家まで連れ戻しに来ました」そう言いながら私の手を握ろうとしてきた。サッとかわすと、彼の瞳はワナワナと震えた。「私たちもう別れたでしょ」陸也は暗い顔で、水の入ったグラスを握りしめた。力が入りすぎたあまりグラスが割れた。グラスの水と一緒に血が流れた。見ていた私は固まった。彼はひどく傷ついたようだったが、薄笑いを浮かべて言った。「俺は認めない」彼から背を向けてドアの外を見た。「田中さんはどうしたの?早く止血しなきゃ。じゃないと田中さんが心配するでしょ」彼は真剣なまなざしで釈明してきた。「彼女はもう秘書から外した。彼女は俺と関係ない。彼女のことは妹としか見ていなかった」私はいやいやいやと手を振った。彼の言い分には耐えられなかった。皮肉に満ちた表情を浮かべて言った。「妹?あなたは妹と寝るわけ?」「バカ言うな、寝てない!危うい場面はあったが、断じて寝ていない!」陸也はかがんで、私の服の袖をギュッと掴んできた。私は彼を振り払うと、両手で肩を包んだ。「どういうこと?ここまで来てあなたはギリギリ最後の一線は越えなかった自分をたたえるわけ?どれだけ強靭な自制力があるか私に褒めてほしいとでも?」彼の顔は一瞬で蒼白になった。叶音は知っていたのだ。しかし彼は即座にまるで秘密兵器でも出すかのように、ポケットからここ数日の私と紫苑の写真の束を取り出した。「叶音、君が戻ってきさえすれば、過去のことは全部水に流すから」私は本当に我慢できなくなって、陸也の顔面をビンタした。「陸也!自分の浮気を私と紫苑の友情と一緒にしないで!」陸也は
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第7話

馬淵陸也は、二人の姿が消えていった方角を見やり、苦笑を浮かべながら手のひらの傷口に適当にティッシュを巻きつけた。そのままゴミ箱へと歩み寄り、身をかがめて先ほど投げ捨てられたコートを拾い上げた。車へ戻ると、そのコートをそっと身に掛けた。そしてようやく、深い眠りへと落ちることができたのだった。/会社に戻ると、馬淵陸也は目の前の床に足を組んで座り込んでいる田中麻鈴をみつめた。そして絨毯へと目を伏せた。手にコートを握りしめ、じっと沈黙を保っていた。「陸也さん…」田中麻鈴は沈黙に耐えきれなくなりかすれ声を出した。陸也はジロリと睨みつけた。「言ってみろ。前回出張にいったときのことをなんで叶音が知っているんだ?」田中麻鈴は手足を使って陸也の足元まで這ってくると、彼のズボンの裾を引っ張った。彼女は泣きじゃくりながら首を振って弁明した。「私じゃないです。私は話していません。陸也さんは麻鈴のことを信じられないというのですか?」陸也は身をかがませ、彼女の首を絞めつけた。「お前じゃないなら叶音はどうやって知ったのかって聞いているんだ」田中麻鈴はキョロキョロと目を泳がせた。「財務部長に違いありません!私が出張の事案決定書を提出したとき、財務部長はなぜ社長の一部屋分だけの申請なのかと聞いてきました。あの時…飲みすぎた社長を引き離すことができなくて…きっと財務部長は、私の首元に残っていた赤い痕に気づいてしまったのです」陸也は背を返すと、手にした水のグラスを壁へと叩きつけた。「それじゃあ俺のスーツケースの中に入っていたものは君が入れたのか?」田中麻鈴はギュッと唇をかんで黙り込んだ。陸也は甲高く笑い、うなずいた。「なるほど、俺が妹のように目をかけてやっていたときに、お前は陰で俺のことを弄んでいたんだな」この言葉を聞くやいなや田中麻鈴は陸也の腰にしがみついた。「嫌です!ただの妹なんて嫌です。じゃあなんで何をするにも私を一番に優先してくれたのですか!陸也さんの心は私でいっぱいだったからじゃないんですか!」陸也は足で田中麻鈴を押しやると、逃げるように速足でその場を後にした。彼は聞く耳をもたなかった。彼はまた高橋叶音を捕まえに戻ることにしたのだ。/その間、紫苑はフィールドワークと称して私を連れてあちこちを
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第8話

「陸也……長年の我慢が積み重なって、あなたの謝罪なんて受け入れられなくなったの。先に私の気持ちを踏みにじったのは、あなたでしょう? あなたが黙って見過ごしていたせいで、やりたい放題になった田中麻鈴は私の居場所も生活も、そして心までも蝕んできたんだよ」私は掴まれていた手を引きはがして背を向けると紫苑を連れて上の階へとあがった。床につこうとしたとき、突然控えめにドアをノックする音が聞こえてきた。私は起き上がり、スマホを握りしめて固まった。まるでノックの音と連動するように、スマホの画面に通知が浮かび上がった。【はやく中に入れてくれ。叶音のために唐揚げを持ってきたぞ!】/翌日私が行く先々に、陸也がやってきた。離れたところから私をつけてくるのだ。紫苑が前まで来て追いやると、ただ浮気をされたときの叶音の気持ちを感じたいだけだと陸也は言った。私は両手をポケットに入れると、苛立って陸也を白い目で見た。「感じるって言ったって実感できるわけがない。私たちはまだキスもハグもしてないのに」この言葉を聞くと紫苑は頬を赤らめると、温かいまなざしを私に向けた。そしてゆっくりと私の方に身を傾けてきた。私はあわてて顔をそらし、言葉をなげた。「大丈夫、彼のことは気にしないで。私がなんとかする」/予想通り、その二日目後には田中麻鈴がリュックを背負って民宿にやってきた。朝ご飯を食べていた陸也は田中麻鈴が来たのを目にすると、信じられないという様子で私を見てきた。私は顔も上げずに、のんびりと牛乳を飲んでいた。「叶音…どうしてだ?本当に俺がいらなくなったのか?」彼はまだ妄想の中にいた。彼の妄想では、高橋叶音とよりを戻して毎日今までの行いを償っているところだった。妄想から目を覚ました陸也は指先を針で突かれるような強い痛みを感じた。私は眉間をつまんだ。「陸也、ここで時間を無駄にするのはやめて。会社はどうでも良くなったの?」陸也は虚ろな目をしていたが、紫苑には憎悪を丸出しにした視線を向けていた。「会社なんてもうどうでもいいんだ。あれは俺たちの子供みたいなものだったのに……。君は何も言わずに捨ててしまったじゃないか。その策士男にそそのかされているから、もう俺のところには戻りたくないのか?」バチンという音とともに、私に顔
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第9話

昔から今に至るまで、誰一人高橋叶音は馬淵陸也を愛していないなどと言う者はいなかった!涙で視界がぼやけて来たが、叶音があの間男の小さな傷の様子を見ているのが目に入ってきた!叶音がその男に「痛くない?」と優しくといかけている声も聞こえてきた。2人が部屋に戻ろうとしているところを見ると、陸也はぎゅっと叶音の服の袖を掴んだ。声は震え、卑屈さが極限まで滲みでた。「俺は?俺だって、すごく痛いんだ。叶音……君は、俺の痛みを無視したことなんて、一度もなかっただろ?」私は顔いっぱいに嫌悪を浮かべ、陸也の手を振り払った。ぼたぼたと涙を落とす彼を見て、いやいやと首を振りながら言う。「もう、あなたを愛してない。何度言えばわかるの?――あなたは私の気持ちを踏みにじったんだよ」そう言い捨てるともう彼の方を見なかった。私と紫苑は女将さんに謝ると荷物をまとめて旅館を後にした。/先ほどのドタバタ劇は、誰かに撮られていて、ライブで流されていた。おかげで、その後何が起きたのかを知ることになったのだ。田中麻鈴は地面から哀れな声で陸也に訴えた。「陸也さん……まさか、私たちの子供がもういらなくなったんですか?」陸也は田中麻鈴の首をグッと絞めつけた。怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。「バカなことを言うな!その子は一体どの男とつくった子なんだ。俺に濡れ衣を着せるな!」「ころちゃんのことです。私たちはころちゃんのパパとママです。それとも…本当の子供の子供がほしいというなら、この前あとちょっとのところだったじゃないですか!」/紫苑がこちらに手を伸ばし、私の手帳をぱたりと閉じた。体をこちらに傾けて、小声で話しかけてきた。「新幹線でそんな退屈なもの見てないでさ、さっき僕がみつけたコメディでも観てなよ。昔、一緒に夢中になってみてたやつ」笑いに引き込まれていると、背後の席にいるおばさん2人がネットゴシップについて話しているのが聞こえた。「うわぁ、ひどいわね。ちょっと見てみてよ、すごいことになってるわ!この男、やっぱり自分の何が悪かったのか、全然わかってないのよ」「ここまでくると、もう面白いって感じでもないわ。この二人、あと少しで事件沙汰になりそうじゃない?」「私はそうは思わないね。彼なら、まだ持ちこたえられるんじゃないかしら」紫苑はそ
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第10話

大晦日の夜。両親たちは私たちも一緒にレストランで食事会をする約束をしていた。最後に会ったあの時から陸也は姿を消していた。それでも私はずっとビクビクしていた。陸也が誰かをつかって、私と紫音を盗撮したり、つけ回したりしないか――そんな不安が頭を離れなかった。けれど、年末年始特有の慌ただしくも新しい一年への希望に満ちた空気が、その心配を和らげてくれた。紫音は向日葵の花束を持って退勤する私を迎えにきた。顔を上げてマフラーを外すと私の首に巻きつけた。首元から彼の体温が感じられた。「まずは一旦家に寄りたい。荷物を置いてからレストランに行きたいから」私の家の階下に紫苑がゆっくりと車を停めたその時、視線の先に不安を呼び起こす人影があった。陸也だった。顔は蒼白にこわばり、両手だけは真っ赤だった。オレンジに光っている電灯の下に立っていた。「叶音、君を待っていた」私は怪訝な顔で言った。「どうやって見つけ出したの?あなたと話すことなんて何もないから」陸也はうつむいて私の胸元の花束を目にすると、固まった。彼が最後に花を贈ってくれたのは、いつのことだっただろう。思い出せない。「来たる新しい年に、俺はやり直したいと思っている。もう一度、叶音を追いかけてもいいだろうか」私はしっかりと懐の花束を抱きしめた。「来るのが遅すぎたわ。紫苑と付き合っているの」陸也はふらついたように目を閉じた。だが、すぐに目を開けると、強く私の手首を掴んだ。「叶音、あいつと付き合ってるなんて俺は信じない!もし本当にあいつに恋愛感情があるなら、大学の頃に俺と付き合ったりしなかったはずだ。違うか?」そう言うと私をみつめた。私が嘘をついているという自分なりの根拠に必死にしがみつこうとしていた。私はその手を振り払った。「一人で大晦日を過ごして。私たちはこれから家族どうしでの食事会があるから」陸也は私を見つめたままフリーズした。陸也の両目は真っ赤に潤み、声は涙でかすれていた。「叶音、行かないでくれ。お願いだ。俺を捨てないでくれ。もう俺のことを許してくれるかわからないが、毎日会ってくれるならそれだけでいいんだ」紫苑が陸也の前に立ちはだかり、私を助けようとした。けれど陸也に荒々しく怒鳴りちらされた。「失せろ!!」陸也は顔をし
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