五年前。久我言継(くが ことつぐ)は、泣きながら私に頭を下げた。「幼馴染の子供を、産ませてやってほしい」私は頷いたが、条件は二つ。彼女を海外へ送り、二度と帰国させないこと。そして、久我家の財産の半分を、私に譲ること。世間は私を罵った。金目当ての女だと。久我家の財産だけが欲しいのだと。言継は、その子を守るためなら、久我家全体を敵に回すことも厭わなかった。――そして、五年後。私は隣市への出張で、迷子の男の子を保護した。警察署で、家族に連絡を取らせる。警官が男の子の言った番号にかけると、一生忘れられない声が聞こえてきた。「大丈夫だよ。怖くないからね、すぐパパが迎えに行くから」三十分後。遥か彼方で商談中のはずの言継が、警察署に駆け込んできた。ロビーの長椅子に座っていた私と、視線が合う。言継の動きが、止まった。私は微笑んで、立ち上がる。「言継、まさか浮気相手との間に子供までいたなんて。久我家の残り半分の財産も、遠慮なくいただくわ」「椿(つばき)……話を聞いて……」言継は子供を背後にかばった。その咄嗟の動作が、私の胸に突き刺さる。「ここで話すことじゃない」私は彼の言葉を遮り、バッグを手に取った。「あの女に子供を迎えに来させて。私たちは別の場所で話しましょう」「瑠璃は体が弱い……」「瑠璃?」私は彼を睨みつけた。「今すぐおじい様に電話するか、弁護士に書面を送らせるか。どっちがいい?」言継の口が、閉じる。私の手元にある協定書。それがあれば、言継を社長の座から引きずり降ろし、すべてを奪うことができる。久我陽向(くが ひなた)という子供が、私に向かって叫んだ。「悪い人!パパをいじめないで!」子供の言葉は残酷だ。何も分からず、ただ思ったことを口にする。言継は慌てて子供の口を押さえ、怯えた目で私を見た。「よく躾けられているわね」私は口元だけで笑う。「水守瑠璃(みずもり るり)、海外行って何も身につけられなくても、人を陥れる術だけは磨き上げたようね」そう言い捨てて、私は警察署を出た。外は、雪。激しく降る雪が、骨の髄まで凍みる。ふっと五年前のことを思い出す。瑠璃が大きなお腹を抱えて、私の前に現れたあの日。言継は目を真っ赤にして、私の前に跪いた。久我家は跡継ぎが少ない。こ
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