東湊市に名を轟かせる御曹司、瀬戸颯介(せと そうすけ)には、ある有名な「一ヶ月ルール」があった。どんなに気に入った女でも、付き合うのは一ヶ月が限界。それでも、彼にすがりつこうとする女は後を絶たなかった。気に入られれば別れ際に別荘一軒。気に入らなくても、十分な「お仕置き金」が貰えるんだから。私が森野瑠奈(もりの るな)。颯介の妻である。周りの人間はみんな、陰で笑ってる。世界一の、形だけの「奥様」だって。誰もが思ってた。私は一生、じっと耐え忍ぶんだろうって。――彼が、鈴木奈緒(すずき なお)という女子大生を、初めてこの家に連れ込むまでは。どこにでもいそうな、ごく普通の顔。なのに、彼はその子のためだけに、あの「一ヶ月ルール」を自ら壊した。そして、颯介は私に言い渡した。「選択肢二つある。選べ。一つは、オープンな関係を受け入れて、奈緒と同等に妻としてやっていくこと。もう一つは、離婚して資産の半分を持ってさっさと出て行くこと。それっきり、一切の縁を切る」友人たちの視線が、肌に刺さる。きっと、この女は金のためにまた我慢するんだろうな……そう読まれていた。……前世でも、確かに私は我慢した。耐え抜いた。その果てに待っていたのは、奈緒の、とどまることを知らない要求だった。彼女は颯介に、私に触れることすら許さなかった。財産を分け与えることなんて、もってのほか。年を重ねて、私はただぼんやりと、奈緒が子や孫に囲まれて笑っているのを見ていた。颯介が死んだ時でさえ。遺言書には、私の名前の一片すら、なかった。全ては奈緒のもの。「瀬戸家の夫人」の地位だけを必死に抱きしめて、私はただ、孤独に朽ちていくだけの人生を送った。人生をやり直した今、やっとわかった。さっさと金をもらって、すっぱり縁を切ろう。これからの人生、彼とはもう二度と関わらない。離婚協議書を受け取ると、隅から隅まで目を通し、署名しようとした。すると、颯介が口を開いた。彼自身も気付いていない、ほんのわずかな緊張が声に滲んでいた。「……瑠奈。本当に、それでいいのか?」颯介は言葉を少し置いた。「一度サインしたら、後で悔やんでも遅いぞ」私はペンを握った手を止めず、さらりと署名を書き終えた。「今すぐ荷物をまとめて出ていくわ」
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