黒川修造(くろかわ しゅうぞう)と連れ添った三十年。私・佐倉青葉(さくら あおば)は、不運にも十五回もの流産を繰り返した。四十歳になった年、医師から非情な宣告を受けた。「もう二度と、子供を授かることはできません」それを聞いた修造はひどく悲しみ、私を安心させるためだと言って、その日のうちにパイプカット手術を受けてくれた。……修造の還暦祝いを目前に控えたある日。義理の妹である佐倉百合(さくら ゆり)が、都会から男女の双子を連れて、祝いにやってきた。その時、思いもよらず彼女の「心の声」が聞こえてきた。[青葉は本当に、骨の髄までおめでたい女ね。自分が不妊になるよう仕組まれたとも知らずに、私と修造の子供を二十年も育ててくれたんだから]悲しみに暮れる間もなく、今度はその双子の声が響いた。[親父の還暦祝いが済んだら、このババア名義の財産を全部俺たちに相続させて、さっさと叩き出してやろうぜ]私がその衝撃から立ち直る間もなく、百合が双子を連れて私の目の前に現れた。表面上は和やかな顔をしている三人だが、その腹の中は真っ黒だった。今まさに、修造が足取りも軽く、上機嫌で百合の手から荷物を受け取っているところだ。「遠慮なんかするな。今回はゆっくりしていけよ、姉さんにしっかりもてなしてもらえばいい」と彼は笑う。その時、してやったりの笑い声が私の脳内に直接響いた。[この何年間、毎月君たちに会いに都会へ通っていたが、子供たちも大きくなったし、これで俺もようやく安心できるぞ]私は危うくその場にへたり込みそうになり、背中には冷や汗がびっしりと浮かんだ。たった今聞こえたのは、間違いなく彼らの「心の声」だ。そうか。この何年間、修造が「買い出し」と称して毎月都会へ出かけていたのは、百合たち母子に会うためだったのだ。百合が非情な男に捨てられ、身籠っていた双子を未婚で産んだと知ってからというもの、私たちはこの何年、いろいろと彼女を援助してきた。お金を出し、労力を費やしてきたというのに、結局のところ、この双子は修造の子供だったというわけだ。計算してみれば、あの子たちは今年でちょうど二十歳になる。二十年前――それは私が初めて流産した年だ。それ以降、私が妊娠するたびに、なぜか必ず「不慮の事故」が起きて流産してしまったのだ。私は
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