森田グループの社長である夫の森田勲(もりた いさお)と、12回目の体外受精のために病院へ向かう途中、知らない番号から電話が入った。スマホの画面をちらりと見た瞬間、勲の表情がこわばった。「取締役会の緊急会議だ」そう言って立ち上がると、勲は慣れた手つきでジャケットの袖を整えた。「国際合併の件でトラブルが起きた。先に戻っていてくれ、会議が終わったらすぐ戻るから」診察室のドアが閉まるのを見届けてから、私は手にしていたしわくちゃの同意書を見下ろした。緊急会議?小林グループは森田グループにとって最大のスポンサーだ。そんな緊急の会議があるのなら、この小林家の令嬢である私が知らないはずがないのに。……病院を飛び出した勲を追いかけて、私はそのまま後を追った。車が停まったのは、ある邸宅の前だった。あそこは、結婚した時に将来子供ができたらと買い求めた家だ。でも、結局この数年、私たちの間に子供ができることはなかった。私はお腹をそっと撫でた。体外受精の注射痕が、今もズキズキと痛む。子供がほしくて、これまで12回もの体外受精を繰り返した。薬だって数え切れないほど飲んだ。結局ここに来ることは二度となかった。この邸宅は私にとって痛みを象徴する場所だから。きっと勲だって、私たちの子供を待ち望んでくれているはずだと思っていたのに。主治医からも、今の体調なら次は高い確率で妊娠できるはずと言われたばかりだ。そう思い、私は目の前の邸宅へ踏み込んだ。恐る恐る扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできた光景に、胸がえぐられるような思いがした。かつて私たちが未来の子供のために用意した、この場所で。勲は一人の若い女性を抱きしめていた。二人の手は固く結ばれ、薬指にはお揃いのペアリングが光っている。その女は見覚えがあった。夫の秘書、葛城蛍(かつらぎ ほたる)だ。蛍は苦労人だと聞いたから、学費も支援したし、彼女の父親の治療費も出した。勲に頼んで、秘書の仕事を紹介してあげたのも私。ほんの数日前も、蛍は私の手を握って言っていた。「紬(つむぎ)さんのおかげで、今の私がいる。紬さんは、私の本当の姉みたい」自分を慕ってくれていたはずの人が、今私の目の前で、私の夫に甘えている。胸の奥が、冷たい水に沈むように重くなっていった。い
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