《家事手伝いだけを可愛がる両親に、仕送りを絶った件》全部章節:第 1 章 - 第 10 章

14 章節

第1話

私は夏目柚菜(なつめ ゆな)。ゴールデンウィーク、一足早く実家に帰省した。サプライズで両親を驚かせようと思ったのだ。ところが玄関に着いた途端、鍵が回らない。何度か試して、ようやく悟った。替えられていたのだ。仕方なく母に電話をかける。コール音の後、ようやく繋がった向こうからは、街のざわめきが聞こえてきた。「もしもし、柚菜?どうしたの」「今、家の前にいるの。鍵、替えたでしょ。開かないんだけど」数秒置いてから、母はこともなげに言った。「ああ、帰ってたの。今ね、お父さんと雪乃ちゃんと買い物中なの。そこで待ってて。すぐ戻るから」私が何か言う間もなく、電話は切れた。玄関先に立ち尽くし、スーツケースを脇に置いて、丸一時間も待たされた。ようやく階段の方から足音が聞こえてくる。顔を上げると、両親が歩いてきた。その後ろに、お手伝いの唐崎雪乃(からさき ゆきの)がぴったり張り付くようにいて、片手で母の腕に抱きつき、もう片方の手で父の買い物袋を提げている。三人は楽しげに話しながら歩き、まるで本物の親子のようだった。私を見ても、両親の顔に驚きも喜びもない。父はちらりと一瞥し、母も「ああ、帰ってたの」とだけ呟いた。代わりに雪乃が、母の腕からパッと離れ、満面の笑みを浮かべて小走でに近づいてくる。「柚菜さん、おかえりなさい!事前に言ってくれれば、駅まで迎えに行ったのに」私は口元を引きつらせ、ぎこちなく頷いた。「鍵、いつ替えたの。なんで一言も教えてくれなかったの」雪乃が慌てた様子で前に出る。「一か月ほど前なんです。前の鍵、調子が悪くて。お父さんもお母さんもご年配ですし、防犯面が心配で……柚菜さんに伝えるの、すっかり忘れてしまって。ごめんなさい、怒らないでください」私が口を開くより先に、父は鼻で笑いながらドアを開け放ち、吐き捨てるように言った。「正月も帰らなかったやつに、鍵がどうだろうが関係あるか」まだ正月のことを根に持っているらしい。ここで言い争っても仕方ないので、私は黙って家に上がった。靴箱の前に進み、いつものように自分のスリッパを取ろうとした。その瞬間、私の冬用のもこもこしたスリッパが、雪乃の足にぴったりと履かれていたことに気づいた。
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第2話

雪乃は私の視線に気づくと、慌てて靴箱の底から使い捨てスリッパを取り出した。「柚菜さん、すみません。うっかり履いてしまって。こちらをお使いください」薄っぺらい使い捨てスリッパと、彼女の足に収まった私のスリッパを見比べ、言いようのない嫌悪感が胸に込み上げた。だが、私は何も言わず、黙って履き替えた。夕食が終わり、ソファに腰を下ろした矢先だった。父が食卓を指して命じた。「お前、皿を洗え」一瞬、体が止まった。思わず声が出た。「雪乃がいるでしょ」母は眉をひそめ、湯呑みをテーブルに置いた。「雪乃ちゃんはね、毎日うちのために尽くしてくれてるの。ご飯の支度に洗濯、一日中大変なんだから。せっかく帰省したのだから、彼女ぐらい休ませなさい」「私だって、毎日残業でくたくただよ」私は両親をまっすぐ見据えた。「やっとの思いで休みを取って帰ってきたのに、休ませるどころか家事までやれって?それに、高いお金を払って雇ってるんだよ。それが彼女の仕事でしょ。お金を出してる私が自分でやるなんて、おかしいと思わない?」雪乃は隅っこでうつむき、いかにも心外だと言わんばかりの様子だった。すると父がテーブルを叩き、怒鳴った。「金、金って、そればかりか!仕事に夢中で、親のことなどどうでもいいんだろう?正月すら帰ってこない。普段も顔を見せない。たまに帰れば金の話ばかり。そんなに金が大事なら、もう実家なんて必要ないだろうが」母も深いため息をつき、目にありありと失望を浮かべた。「そうよ。あんた、働き始めてからほとんど家に帰らないじゃない。何ヶ月も顔を見せないのが当たり前で。家のことは、ずっと雪乃ちゃんが全部やってくれてるの。私たちが体調を崩した時だって、薬を買ってきたり、お茶を入れたり、気にかけてくれるのは雪乃ちゃんなのよ。あんたは?実の娘でしょう?一日だって私たちの面倒を見たことがある?」その時、雪乃がそっと近づき、母の手を優しく握った。「おばさん、そんなに怒らないで。柚菜さんは偉くなられて、本当にお忙しいんですよ。決して帰りたくないわけじゃありませんから」その言葉に、私は理不尽さを通り越して笑いがこみ上げた。面倒を見たこと?毎月欠かさず二十万円の生活費を送り、高い給料でお手伝いを雇って身の回りの世話をさせたのは誰
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第3話

「おじさん、怒らないで」雪乃がすかさず父の腕を引き、従順な笑みを浮かべた。「柚菜さんだって東都で頑張ってるんです。管理職ともなれば忙しいのは当然ですよ。お二人のことは、ちゃんと気にかけてるはずですから」父はかえって怒りを募らせた。「管理職がなんだ!女のくせに必死になりやがって。どうせそのうち結婚して家庭に入るんだ。出世したって何の意味もない」母も口を挟んだ。「そうよ、柚菜。あんたもいい年なんだから、そろそろ結婚を考えなさい。お母さんの同僚の息子がちょうどあんたと同い年くらいでね。おとなしい人だし、こっちで働いてるの。せっかく帰ってきたんだから、一度会ってみなさいよ。気が合えば、そのまま縁談を進めちゃえばいいじゃない」「お見合いは嫌。結婚もしたくない」私がきっぱり言うと、父の顔色が変わった。「結婚しないだと?仕事と一生添い遂げるつもりか」「それでもいいでしょ」私が真っ直ぐ見返すと、父は肩で息をし始めた。「俺たちはもう年だ。そばで面倒を見てくれる人が必要なんだ。お前がこっちに残って結婚すりゃ、俺たちも安心できる。それくらい分からんのか」「だから、雪乃を雇ってるんじゃない」父はテーブルを叩き、吐き捨てた。「結婚しないって言うなら、仕事を辞めて帰ってきて面倒を見ろ!それができないなら縁切りだ!雪乃を本当の娘にする」私は怒りを通り越して、笑いがこみ上げた。「私だって卒業した時は、こっちに戻って二人の面倒を見るつもりだったよ」私は両親を静かに見据えた。「でも二人が、有名大学を出た娘が地方で働くなんてみっともないって、無理やり東都に行かせたのだ。こっちで何年も苦労して、やっと足場を固めたんだよ。なのに今さら全部捨てて帰ってこいって?」私は強く首を振った。「絶対に無理」父が声を荒らげた。「無理だと?俺たちがここまで育ててやったんだぞ。親孝行を求めているだけなのに、なんで無理なんだ」「親孝行したくないなんて言ってない」私は冷静さを保ちながら言った。「今の仕事は何年もかけて手に入れたものだ。簡単に捨てたら、今までの苦労は何だったんだよ」「じゃあ私たちのことは放っておくの?」母が不満げに声を上げた。「私たちにはあんたしかいないのよ。年を取ったら頼るしかないじゃな
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第4話

父がさらに何か怒鳴ろうとした。その時、雪乃がすかさず間に入り、穏やかな声でなだめにかかった。「おじさん、おばさん、柚菜さんはせっかく帰ってきてくれたんですよ。喧嘩なんかして、せっかくの時間を台無しにしないでください」それから私の方を向き、従順な笑みを浮かべた。「柚菜さんも、お父さんたちの気持ちを分かってあげてくださいよ。お二人とももうお年ですし、ただ誰かにそばにいてほしいだけなんですから」父の表情がみるみる和らいだ。雪乃を見る目つきは、明らかに優しさに変わった。「やっぱり雪乃は違うな。親の心が分かってる。お前は仕事ばかりで、家のことなんて頭の隅にもないんだろう」言い争っても無駄だと思い、私は黙って自室へ向かった。ドアを開けた瞬間、足が止まった。ベッドには見覚えのないシーツ。机の上には化粧品。クローゼットには他人の服がぎっしり詰まっていた。誰が見ても明らかに、雪乃がここに長く住んでいたのだ。私は振り返り、ついてきた雪乃を睨みつけた。「自分の部屋があるでしょ。なんで勝手に私の部屋に入ってるの?」雪乃は視線をそらし、うつむいて怯えたふりをした。「ごめんなさい、柚菜さん……わざとじゃないんです」母が割って入った。「雪乃ちゃんの部屋のエアコンが壊れちゃってね。寒いから仕方なくここを使わせてただけよ。どうせ柚菜はめったに帰ってこないし、使わない部屋なんてもったいないでしょ」怒りが一気に込み上げた。「私が帰ってこなくても、ここは私の部屋だよ。勝手に他人を住まわせるなんて、おかしいでしょ」「他人だと?」父が怒鳴った。「この家は俺たちが買ったんだ。誰を住まわせようが俺たちの勝手だ。雪乃くらい好きにさせてやっても構わん。お前なんか、いつでも追い出せるんだぞ」その言葉に、体が震えた。いつもの両親が、まるで赤の他人のように感じられた。ここは私の家のはずなのに、私だけが部外者みたい。私は黙ってスーツケースを引きずって、玄関へ向かった。「わかった。出ていく」父は冷たく鼻で笑った。「出ていく覚悟があるなら、もう二度と顔を見せるな」母も何か言おうとしたが、結局ため息をついただけで、口を開かなかった。雪乃が慌てた様子で声をかけてくる。「柚菜さん、怒らないでください。私が悪いんです。すぐ
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第5話

父が母の言葉を引き取り、一同を見渡した。「俺たちは、雪乃ちゃんを養子に迎えようと思ってる」部屋の空気が凍りつく。親戚たちは互いに顔を見合わせ、困惑を隠せない。母が続けた。「雪乃ちゃんは本当に出来のいい子なの。毎日そばにいて、お茶を入れ、食事を作り、洗濯だって率先してやってくれる。実の娘よりも、ずっと親身に寄り添ってくれるんだから」親戚全員の視線が私に集まった。私は箸を握りしめ、ただ俯いていた。父がちらりと私を睨み、低い声で吐き捨てた。「それに引き換え、ほかの誰かはどうだ。一年中ろくに顔も見せない。たまに帰ってきても金の話ばかり。親の気持ちなんて考えちゃいない。仕事を辞めて面倒を見ろと言っても聞かない。見合いを勧めても聞く耳を持たない。いい気になっているんだろう。俺たちのことなどどうでもいいと、心の底から思い込んでるに決まってる」見かねた里佳が口を挟んだ。「叔父さん、柚菜は親不孝なんかじゃないよ。仕事が忙しくて、毎日プレッシャーと戦ってるんだから。そんな言い方しなくたっていいじゃない」母は不快そうに手を振った。「忙しいばかりで、いくらお金を稼いでもそばにいてくれなきゃ意味がない。雪乃ちゃんは違う。いつも私たちを一番に考えてくれる。ちょっと体調を崩せば、ずっとそばで看病してくれる。本当の娘以上に真心を尽くしてくれるのよ」父が声を荒らげた。「どうせ実の娘が頼りにならないのなら、気の利く子を養子に迎えればいい。これからずっと雪乃ちゃんに見てもらうのなら、この家をあの子に譲ってもいい」親戚たちは誰もが言葉を失い、ただ互いの顔を窺うばかりだった。一人が何か言いかけたが、両親の頑なな態度に気圧され、結局口を閉ざした。食事の席は重苦しい空気のままお開きとなった。食後、里佳が私を隅に引き寄せ、心配そうに囁いた。「柚菜、叔父さんたち絶対に雪乃に何か吹き込まれてるよ。どうして家まで譲る話になったの?あとでちゃんと話し合いなさい。このままじゃ、あの子に全部奪われちゃう」私は遠くで両親と楽しそうに談笑する雪乃を見つめながら、静かに首を振った。「もしかしたら、二人が本当に求めてたのは、最初からこういう娘だったのかもしれない。いつもそばで世話を焼いてくれて、従順で都合のいい娘が。私にはとてもで
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第6話

私はスマホを握りしめ、母の理不尽な催促を聞きながら、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いがこみ上げてきた。「生活費?雪乃の給料?あの子を養子にしたんじゃなかったの?」通話の向こうに数秒の間が生まれた。私の言葉は母の予想を外れたらしい。すぐに母の声は高くなり、焦りが滲み出た。「養子にしたからって仕送りが要らなくなるわけじゃないでしょ。柚菜、私たちはあんたを苦労して育てて大学まで行かせたんだからね。生活費くらい送るのは当然の義務でしょ」「当然?」私は淡く笑った。「この前、お父さんがテーブル叩きながら言ったじゃん。『年金で十分だ、お前の金など要らん』『金のことばかり考えて』『親より金か』って。なのに今度は金の催促?」「そ、それは頭に血が上って怒鳴っただけの話でしょ!」母はうろたえながらも、まくし立てた。「いいから早く振り込んでよ。雪乃ちゃんの給料もまだ払えてないんだから。あの子は毎日私たちのために尽くしてくれてるのよ」「あの子の給料ね」私の口調は冷めきっていた。「あの子を自分たちの娘だって認めたのはそっちでしょ。だったら親の面倒を見るのは当たり前じゃないの?娘が世話をしながら給料を要求するなんて聞いたこともないわ。雪乃を実の娘同然に可愛がるなら、生活費はあの子が負担すべきでしょ。どうしていつまでも私に金をせびるわけ?」「柚菜!お前はなんて冷たい人間なんだ」突然、父の怒鳴り声が割り込んできた。母からスマホをひったくったらしく、声は怒りと苛立ちで歪んでいた。「俺たちがここまで育ててやったのに、恩知らずにも程がある!生活費すら出さないつもりか?俺たちを野垂れ死にさせたいって言うのか」「野垂れ死に?」長年抑え込んできた悔しさと悲しみが、ついに溢れ出した。「私を無理やり東都に行かせたのは、そっちでしょ。地方に残るのはみっともないって言ったのだって、そっちじゃない?私は必死に働いて、毎月欠かさず二十万円も仕送りしてきた。あなたたちがお金を惜しむと思ったから、雪乃を雇って世話をさせてた。なのに私を金しか頭にない、親不孝者だって言う。仕事を辞めないって言った途端、雪乃を養子にするだの、家を譲るだの、私を追い出すだのって、大騒ぎしたじゃない?あの時、私が実の娘だってこと、少しでも考えた
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第7話

そんなある日、雪乃からメッセージが届いた。【柚菜さん、どうかご両親と仲違いしないでください。お二人ともお年ですし、これ以上心配をかけるのは良くないと思います】その文字を目にした瞬間、胸がチクリと痛み、吐き気がこみ上げてきた。私は三人の連絡先をまとめてブロックし、スマホを放り投げた。もう二度と、彼らに関するものは見たくなかった。窓の外には東都の夜景が広がっている。ネオンがきらめき、車の流れが途切れることなく続いていた。窓から吹き込む夜風はわずかに冷たく、私は深く息を吐いた。長年背負い続けてきた重たい荷物を、ようやく下ろせた気がした。全身が驚くほど軽く、心まですっきりと晴れていた。ずっと実家という呪縛に縛られてきた。親だからという理不尽な権利感にも。必死に認めてもらおうとして、一度だって報われたことはなかった。それが今、完全に縁を切ったことで、不思議な解放感に包まれていた。翌日から、私は仕事にすべてを注ぎ込んだ。家庭の悩みはきっぱりと忘れることにした。半年以上かけてきた大型プロジェクトが成功した。会社に大きな利益をもたらし、上司は全体朝礼で私を褒め、その場で部長昇進を発表した。給与は予想を大きく上回り、特別ボーナスまでついた。同僚たちが次々に祝福の言葉をかけてくれた。「キャリアウーマン」と呼ぶ者もいれば、「当然の結果だ」と言う者もいた。退勤後、部署の仲間が祝いの席を開いてくれた。ずっと行きたかった店で、酒を酌み交わしながら笑い合った。自分の顔に、今までにない安らいだ笑みが浮かんでいるのが分かった。長年の努力が、ようやく報われたのだ。自分がなりたい人になれる、そう実感できた。週末には友人と美術館へ足を運び、午後は新しいイタリアンでたわいもない話に興じた。夜はアパートで柔らかいソファに沈み、温めたミルクを片手に好きな映画を観た。誰のためでもなく、自分の好きなように生きていける。これこそ、私がずっと望んでいた生活だった。一方、遠く離れた実家では。私からの仕送りが途絶え、両親の暮らしは徐々に厳しくなり始めていた。それでも二人は相変わらず、雪乃と「本物の家族ごっこ」を続けていた。これまで通りの贅沢を続けるつもりでいたが、気づかないうちに、見えない嵐がすぐ
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第8話

以前は、私が毎月欠かさず二十万円を仕送りし、雪乃の給料まで負担していた。おかげで両親は好きなものを自由に買い、値段を気にすることなく豊かに暮らしていた。二人は雪乃にも頻繁に服やアクセサリーを買い与え、まるで本当の娘のように可愛がっていた。だが今は、私からの援助が完全に途絶えている。三人分の生活をわずかな年金だけで賄うしかなく、家計はたちまち逼迫していく。やがて野菜を買うお金にも事欠くようになり、暮らしは日増しに苦しくなっていった。ある日の夕食。食卓に並んでいたのは、味噌汁と漬物だけだった。父はそれを見るなり顔色を曇らせ、箸を置くと、台所にいる雪乃に向かって声を荒らげた。「なんだ、この食事は?これだけか」雪乃は手を拭きながら、ゆっくりと台所から出てきた。その顔に、かつての従順な笑みは微塵もなかった。口調はぞんざいで、強い苛立ちが滲んでいた。「もうお金なんてありません。この食事でもありがたく思ってください。嫌なら食べなくて結構です」「金が足りない?」母は眉をひそめ、レンゲを置いた。「私たちの年金はどうしたの?今月分を受け取ったばかりでしょう」「年金ですって?」雪乃は冷たい視線を向け、嘲るように言い放った。「年金なんて、光熱費や管理費、食費で消えるに決まっているでしょ。以前は柚菜さんが毎月二十万円も援助してくれたから、贅沢な暮らしができただけなのです。送金が止まった今も、昔と同じように暮らしたいだなんて、虫のいい話だと思いません?」父は怒りで顔を真っ赤にし、テーブルを強く叩いた。茶碗や箸が音を立てて震える。「よくもそんな口をきけるな!俺たちはお前を娘同然に大切に育ててきたんだ。面倒を見るのは当然だろう」「面倒を見る、ですか?」雪乃は滑稽だと言いたげに冷笑し、腰に手を当てて声を張り上げた。「私がこの家に来たのは、家事手伝いとして雇われたからです。給料をもらって働いていただけ。勝手に『養子にする』『家を譲る』などと騒ぎ立てたのはそちらでしょう。給料も払われない今、ただで働けと言うのですか。ふざけないでください」この日を境に、雪乃は偽りの仮面を完全に剥ぎ捨てた。朝食を作ることもなく、両親が空腹に耐えていようと、昼近くまで寝込んで過ごすようになった。洗濯物は何日も放
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第9話

母は大事なブレスレットを着けて親戚宅を訪ねようと、箪笥の中を隅から隅まで探した。しかし、どこにも見当たらなかった。よく考えれば、最近この箪笥に触れたのは雪乃だけだった。両親は事態を悟り、その場で雪乃を問い詰めた。「雪乃、ブレスレットを持ち出したのはお前だろう」父は顔を真っ青にして震えながら雪乃を睨みつけた。養子に迎えた女が家の物を盗むなど、夢にも思わなかったのだ。雪乃は平然と腰に手を当て、開き直った態度で言い放つ。「何のブレスレットですか?知りませんよ。根も葉もないことで人を疑わないでください。置き場所を忘れただけでしょ」「この家に住んでるのは三人だけよ。あんた以外に誰がいるっていうの?」母は目を赤くし、声を詰まらせた。「私たち、あんたを養子に迎えて、服もアクセサリーも買い与えて、本当の娘のように大切にしてきたのに。どうしてそんなことができるの。人の心はないの?」「大切にって?」雪乃は嘲るように冷笑した。「あなたたちはただ、無料の家政婦が欲しかっただけでしょ。柚菜の仕送りがあったから優しくしてただけよ。金が尽きた途端、文句ばかり並べて見下すようになった。いい加減にしてほしいわ」彼女は一歩踏み出し、瞳に強い貪欲さを宿らせて言った。「この家を私に譲るって、前に約束したよね。だったら今すぐ名義を変更してください。そうすれば、これからも面倒を見てあげる。拒むなら、一切何もしないから」「ふざけるな!」父は怒りに身を震わせ、大声で一蹴した。「この家は俺たちが一生かけて手に入れた財産だ!お前みたいな奴に渡せるか!こんな女を養子に迎えるなんて、後悔してもしきれない」「断るのね?」雪乃はソファにどっかりと腰を下ろし、わめき始めた。「だったらずっとここに居座ってやる。タダで飯を食って、何もしないで過ごしてやるわ。私がいなきゃ、あんたたち、まともな食事すら作れないくせに」彼女はさらに声を張り上げた。「はっきり言っておく。名義を私に変えないなら、このマンション中にばらまいてやる。あんたたちが養子の私を虐待してるって、近所中に知れ渡らせてやるから」鬼のような形相でわめく雪乃を前に、両親は愕然と立ち尽くし、言葉を失った。穏やかで従順だった雪乃が、これほど金に執着し、脅迫してくるような人間だっ
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第10話

両親は限界だったが、どうすることもできなかった。雪乃を養子に迎えたのは二人自身だった。今さら騒ぎ立てれば、世間に顔向けできないのは自分たちのほうだった。雪乃を追い出そうと口にするたび、彼女は床に座り込んでわめき散らした。「あんたたちが私を娘にしたんでしょ。娘がこの家に住むのは当然の権利よ。無理やり追い出すなら、近所に噂をばらまいてやる。養子の私を虐待してるってね。そうなれば、ここらで顔を出せなくなるのはあんたたちのほうだから」両親は手も足も出せず、ため息ばかりの日々を過ごしていた。家の中は荒れ放題で、まともな食事にもありつけなかった。雪乃の機嫌を損ねて騒がれるのを恐れ、常に神経を張り詰めていた。荒れ果てた家を眺め、雪乃の鬼のような形相を目にするたび、両親は私のことを思い出した。私が家にいた頃の整えられ清潔だった家。私が注いだ思いやりと優しさ。それらが次々と蘇った。だが、思い返せば返すほど、後悔の念だけが強く募っていった。ある朝、雪乃は派手な服装に着飾り、買い物に出かけると言い出した。テーブルに置いてあったお金を何食わぬ顔で掴み取り、鼻歌を歌いながら出ていった。その後ろ姿を見送った瞬間、両親は顔を見合わせた。互いの目に強い決意が宿っていた。もう耐え続けるわけにはいかなかった。一刻も早く雪乃を追い出さなければ。このままでは家まで乗っ取られてしまう。父はすぐにスマホを取り出し、鍵交換業者に連絡した。一刻も早く鍵を交換してほしいと必死に頼み込む声には、雪乃の帰宅を恐れる焦りがありありと滲んでいた。作業は迅速で、三十分もかからず玄関の鍵は新品に替えられた。二人は慌てて最低限の荷物をまとめ、私のいる街への切符を購入した。十数時間の長旅を経て、ようやく東都へたどり着いた。私の正確な住所は知らなかった。過去に私が話していた会社名だけを頼りに、オフィスビルの前まで辿り着いた。十二月の東都は、気温が氷点下に迫るほど冷え込んでいた。厚着をしていても、二人の顔には疲労と衰弱の色が濃く浮かんでいた。道端に佇む姿は、まるで迷子の子供のようだった。仕事を終えてビルを出た時、すぐに道端に立つ二人の姿が目に入った。わずか数ヶ月離れていただけなのに、両親はまるで数年も年老いたように見えた。
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