接待を終えて帰宅した夫・広地誠(ひろち まこと)の襟元に、薄いオレンジ色の口紅の跡がついていた。彼の秘書・大柴舞(おおしば まい)が好んで使っている色だ。彼は何でもないことのようにそれを拭い、言い訳をした。「接待で彼女が俺の代わりに酒を飲んでくれた。酔っ払って少しはしゃいでたから、その時にうっかりついたんだろう」私・広地紗夜(ひろち さよ)は頷き、甲斐甲斐しく酔いざましのしじみ汁を差し出した。舞が酒に酔って暴れる姿は見たことがある。誰かれ構わず抱きつき、誠の名前を呼び続けて離さないのだ。これまでは、そのたびに私は誠に詰め寄ってきた。酔って誰の顔も分からなくなっているのに、誠の名前だけを呼ぶなんて、そんな酔い方があるものか。けれど今、私が何の反応も見せず、静かにしているのが気に食わないのか、誠は思わず問い返してきた。「何だその態度は。説明しただろ。いつまで不機嫌そうな顔をしてるんだ?」私は顔を上げ、彼を見つめた。「じゃあ、どうしてほしいの?」泣いて騒ぎ立て、「浮気してないって証明して」と誠に迫ったこともあるが、その時は「ヒステリック女」と罵られた。今はもう騒がず、良い妻であろうと努めている。それでも彼は満足しないらしい。「ねえ誠、教えて。私はどんな顔をすればいいの?」彼の顔に戸惑いが浮かび、どこか落ち着かない様子で私の手を握った。「今日帰りが遅くなったのは悪かった。舞は酔ってたし、俺の代わりに飲んでくれたんだ。女の子を一人に放っておくわけにはいかないだろう。もう二度と、彼女を接待には連れて行かないから」私はその手を振り払い、首を振った。「彼女は誠の秘書なんだから、代わりに飲むのは仕事でしょ。謝る必要なんてないわ。話が終わったなら、電気を消して寝よう。疲れてるの」誠はそれ以上、口を開かなかった。けれど、彼が何か言いたげな視線を私に送り続けているのは分かっている。翌朝、目が覚めると、濃厚な料理の香りが漂ってきた。私は動きを止めた。誠が台所に立つことは滅多にない。一番印象に残っているのは、去年大喧嘩した後の出来事だ。あの時、彼は私の機嫌を取ろうと、手作りの野菜カレーをベッドまで運んできて、期待に満ちた目で私を見つめていた
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