《黒天使たちの飛行戦記》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

21 章節

イギリス本土防空戦編 第6話 隊長と私が叙勲される。

1944年 6月中旬 ロンドン近郊の飛行場「隊長。本日は何回出撃しましたか。3回までは覚えてますが」「ユキ。3回であってるで。しかしながらホンマに米帝は物量で押しつぶそうとしてるなぁ。少なくてもウチも本日の累計だけでP51マスタングを4機とドイツの新型Ta152を3機は叩き落したけれどなぁ」「ですね。私の方はうろ覚えですがP51を6機と不確実2機やりましたが肝心のB29は落とせてないのでどうにも」「そこは高射砲部隊とモスキート隊の仕事や。ウチたちの部隊は戦闘機掃討が主任務やしな」「ですよねぇ。でも、例のジェット機基地を破壊したのが幸いしてるのかジェット戦闘機の発見情報はないのがせめてもの救いですね」「そうやな。ところでユキ聞いたか。イギリス重爆撃機隊によるドイツ攻撃は中止になるようやで」「たしか夜間の無差別爆撃ですよね。それがなぜ」「ん。どうやらドイツの方も高性能レーダー誘導による夜間戦闘機が多数投入されて鈍足のランカスターでは空飛ぶカモ状態らしいで」「そうですか。なんというかこちらもジェット戦闘機が欲しいですね。あと、空対空誘導弾や高性能地対空誘導弾などがあればですが、イギリスの誇るレーダー技術でどうにかならないのかな?」「そこは判らんね。少なくてもドイツから亡命してきた科学者の一人がロケット工学者で射程3000キロを超えるような大型弾道誘導弾を作ったようやけど実戦配備は厳しいかもなぁ。そやけど、うちらの空対空、空対地ロケット弾の性能向上型ができたみたいやで。真田の姉さんがそういってた。うちらのとこに回るのかわからんけどね」「ですね」そして私たちは機体を整備班長に引渡し整備よろしくと言ってピストに向けて呑気に歩いていると後ろからランドローバーに乗った向井たちが慌ててやってきていた。「隊長。大変です。司令から今すぐピストに来いとのことです」「なんやろうな。おい。向井。乗るぞい」「ええ。あ、瑞雲少尉も同じくです」「わかったわ。じゃあお邪魔するよ」そんな感じで私たちはランドローバーの後部に乗ってピストへと向かった。そしてピストでは司令が待っていた。「来たか。君ら二人に叙勲の通知が来ている。英国空軍より戦功多く。その上先の特殊作戦で敵航空基地を爆破し隊員まで連れ帰った功績をたたえてビクトリア勲章が叙勲されるとのことだ」「ビクトリア勲
last update最後更新 : 2026-05-26
閱讀更多

イギリス本土防空戦編 第7話 ケルビム隊は後方に下がり新型ジェット戦闘機の試験運用部隊になる

1944年 8月 イギリス グラスゴー近郊の飛行場にて私は瑞雲ユキ。大日本帝国陸軍航空兵としてイギリスに派遣されているわ。まあ、書類上今私はイギリス軍に戦時派遣扱いとしてイギリス空軍で敵戦闘機の迎撃任務に就いていたわ。先日特殊任務を完遂した後も迎撃任務を行っていた私たちの部隊は損耗が激しく部隊再編のために後方に下がることになったわ。戦況的にはかなりよろしくない状況であるわね。ただ、王室からの支援なのか掩護なのかわからないけれど、新開発の地対空誘導弾や空対空ロケット弾に加えて移動式新型レーダー統制による高射砲部隊の対空砲火により敵重爆撃機隊も少なくない被害を受けていると情報を聞いてるよ。まあ、わが方もフランスの港やらドイツの河川に大量の機雷をばらまく飢餓作戦に切り替えてランカスターやリンカーン重爆撃機と護衛のモスキートが活躍しているよ。まあ、国際法上違反行為ではあるが都市を無差別爆撃をしている以上やってもね・・・。つい先日、怪我で離脱していた坂上准尉が戦線に戻ってきたわけだけど、私がビクトリア勲章をもらったと聞いて驚いていたりしたわね。彼女は第二小隊に配属されたよ。私たちも英軍式のコールサインに変更となり。隊長がリカー。私はルシファー、向井がギネス、菊地はダンサーというコールサインに変更となったわね。部隊が後方に下がった時にイギリスのグロスター社の技術者がやってきて格納庫へと案内されたわ。その時見た機体はすごかったよ。「これはジェット機というやつやな。イギリスでも開発していたんか」隊長の質問に技師は答える。「そうです。あなた方がドイツのジェット機を運んできたのもそうですがそれ以前に我々はジェットエンジンを試作してました。ですが貴方方が鹵獲したジェット実機とドイツからの新式空気力学の実験データとジェットの設計図は大いに参考となりました。ここからは技術的な話になりますがよろしいでしょうか」「付いて行ける範囲なら」「そうですか」「知って通り今までの飛行機のエンジンはピストンエンジンを使っているそれはわかりますね」「もちろんや。シリンダー内部で混合気を吸入、圧縮、爆発、排気させてピストンを動かしてクランクを回してプロペラを回して飛ばすんやな」「そうです。で、ジェットエンジンはピストンやクランクを使わずにタービンを回してその回転を使って空気
last update最後更新 : 2026-05-29
閱讀更多

イギリス本土防空戦編 第8話 日本からの援軍到着

1944年 11月 イギリスリバプール近郊にて11月に入りイギリスは曇りや雨が続く天気になり敵サイドからの空襲も少なくなってきていた。その頃リバプールの港に日本からの増援艦隊が入港したわね。どうやら東南アジアから大量の生ゴムに錫、マンガン、アルミなどの航空機用の材料、キニーネなどの薬品や中東の石油がイギリスにはいってきたわね。そして日本では第二線となった空母赤城、加賀、蒼龍、飛龍を含む空母機動部隊が援軍としてやってきたわね。日本本国で先行量産されたという18試局地戦闘機「震電」20機と予備部品40機分がイギリス空軍基地に配備となったようね。まあ、本国では既に局地戦闘機「震電」が厚木などの主だった空軍、海軍基地に配備され迎撃機として活動しているようね。イギリスからニッケルが輸入が順調らしく排気タービン装備の局地戦闘機「雷電」やらキ-87などの採用と装備が進んでると聞いたわね。まあ私たちはイギリスの地で活躍となるからね。私はその頃ジェット機部隊で迎撃を行っていたけれどジェットエンジン製造工場ラインが敵B29の爆撃で被害を受けて予備エンジンの供給が途絶えて飛べない翼の状況になってしまったからね。で、敵コンバットボックスを打ち破るのにモスキートやスワローD型を使っても敵ボックスを打ち破るのは困難だったわね。で、まあ、現場ではぶっ壊れたエンジンをオーバーホールしたりしてやってはいるけれど稼働率はとうとう1割を切るような有様になったわね。そのため私たちはスワローD型で迎撃任務をこなしている状況になるわね。あ、ここでいうとスワローD型はグリフォンエンジン搭載し武装も20mm6門と16連装ロケット弾2基ないしは250キロ爆弾2発搭載可能な戦闘機だね。高高度戦闘可能で上昇限度14000の化け物ともいえるかな。そして日本からの増援というのは飛行機だけではなく他にも4式中戦車2式自走砲、3式砲戦車などの陸軍の兵隊2個師団がイギリス本土へと増援が来たようすであった。大陸から撤退している状況なので可能といえば可能だけどねぇ・・・。そんな感じで私たちのケルビム隊に優先的に局地戦闘機「震電」が配備され直ちに迎撃任務に就くことになった。試験飛行で飛ばした感想だけど上昇力はジェットの方が分がいいかな。最高速度は遜色はない。スロットルの応答性は震電が上だね。機動性も良い。なん
last update最後更新 : 2026-05-30
閱讀更多

イギリス本土防空戦編 第9話 戦場のメリークリスマス

1944年 12月 イギリスケンブリッジ近郊の飛行場にて12月に入って天気は不安定となり、都市の空襲も散発的となった。敵も味方ともに航空活動が困難な状況であるが、それ故にいやがらせの攻撃やB29による偵察飛行が行われていたりするので我々も迎撃任務や空中哨戒任務を継続しているのである。イギリスからカナダ、インドへの民間人や技術者の疎開が始まりつつあった。以前のバトルオブブリテンではロンドンやイギリス南部いわゆるイングランド、ウェールズあたりが空襲の対象で北部のスコットランドやアイルランドは無事であったが今回の戦いでは北部工業地帯も空襲を受ける有様であった。そのため工場の被害も多く兵器の製造も以前と比べて質が落ちていく有様であったりする。そのころイギリスの諜報機関からの情報ではどうやら未知の新兵器がドイツ、アメリカ連合軍で開発されているという情報が入り、日英両軍は政府機能を北部のエジンバラに臨時疎開が検討されイギリス王室の家族たちもカナダなどに疎開するという決定が下された。私たちケルビム隊も損耗が激しく生き残っているのは私たち4人とダージリン、アッサム、ローズヒップ、ルクルリだけになった。他の連中はみな落とされて戦死となったわ。補充のパイロットも養成所がやられたのか難しくなってきたわ。まあ、今の状況では女子航空隊で空輸任務は無くなり、空軍での迎撃任務が主体になったけれどグラスゴー、バーミンガムが灰にされたのはかなり厳しく航空機の生産もおぼつかなくなっているような状況よ。制空権の確保も厳しくなってきたわね。。イギリスの最新鋭のブラックプリンスやセンチュリオンの試作車両と技師、それに工作治具を日本内地と満州の工場へと疎開するという決定をくだしたみたいね。私たちケルビム隊もその脱出船団と共に日本へと転属が決定したわね。つまり英国本土は放棄ということになるわね。その決定から私たちは戦闘機掃討ではなく撤退する船団護衛任務が主体となり、脱出する民間人の車列や列車などの上空援護任務がおおくなった。12月25日にロンドンで大惨事が起こった。その時私たちは定時の哨戒任務としてロンドン北部のケンブリッジの臨時飛行場からロンドン近郊に向けての哨戒任務に出撃した。けれどまさかドイツアメリカ連合軍がロンドンにとんでもないクリスマスプレゼントを渡してくれたようね。ケンブリッジを
last update最後更新 : 2026-05-31
閱讀更多

イギリス本土撤退戦編 第1話 ブリテン島攻防戦

1945年 2月 イギリス ブリストル近郊の飛行場44年のクリスマスにロンドンを核攻撃したドイツ、アメリカ軍は年明け早々にイギリス本土上陸を行った。そして1月末にとうとうイギリス政府はロンドンを放棄し同時にロンドンはドイツ軍の手に落ちた。すでに首都機能はベルファストに臨時政庁がおかれてそこで各種指揮などが行われているが、私たちは侵攻を防ぐべく上空支援や地上軍の支援攻撃などに駆り出される日々ね。脱出する人間の大半は技術者とその家族や工員達が多く避難先はカナダが大半だが、オーストラリアや日本に避難する人間もいる。そして日本からの海軍艦隊や航空隊も脱出船団の護衛や陸軍、陸戦隊の支援攻撃と大わらわだったりするね。遅滞戦闘に徹していた我が軍だったけれど、それでも戦局は芳しくない状態だった。進水直後の新造艦なども避難船としてリバプールやブリストルのドックで急改造されているわね。で、私たちケルビム隊も局地戦闘機「震電」での迎撃任務に従事していたわね。で、怪我をしていた坂上智代少尉が復帰して地上援護攻撃で多数のトラックやら戦車を血祭りに上げて表彰されたりしていたわね。海軍では高槻少尉と日高飛行曹長のコンビが敵輸送船や油槽船《タンカー》を多数血祭りにあげてイギリス政府から感謝状をもらったりというニュースがきたりしているわね。新聞もページが減り今まで10ページ前後だったのが7ページになり5ページになり今では3ページのタブロイド判にまで減ったりするから如何に物資不足が深刻だということの証拠のようね。私たちはパイロットだからまだ良い物を食べているけれどそれでもパンはライ麦主体ならいい方で兵士や庶民は燕麦、フスマが相当混じったパンやらジャガイモ主体になっているそうね。あと大豆カスの代用肉のシチューだのが日々の献立だそうよ。まだ、おいしいものが食べられることはまあ、航空兵であることに感謝すべきなんだろうね。まあ、そんな感じで私たちは局地戦闘機「震電」に乗って燃料と整備部品が続く限り出撃に従事したわね。で、いつの間にか個人の累計撃墜数が300機を超えていたそうね。私もそうだけど小隊長も同様みたい。第二次バトルオブブリテン初期からずっと迎撃任務に従事していたらそうなるわね。そして5月初頭に最後の脱出船団がイギリスを出港するというお達しがきた。そのため私たちは可能な限り迎撃と上
last update最後更新 : 2026-06-05
閱讀更多

イギリス本土撤退戦編 第2話本土撤退前編

1945年 5月 リバプールにて1945年5月戦局は絶望的ともいえる状況となった。空軍だけで言えば敵爆撃機のコンバットボックスを打ち破る為の迎撃機は残り少なく航空用燃料も事欠くので、迎撃任務もおぼつかない状態であり、高射砲、地対空誘導弾部隊のほうも弾薬が尽きて機材は無用の長物となり。敵に渡る前に爆破処理されて撤退という状況ね。で、最後の防衛ラインとしてグラスゴー~ポーツマスを貫く南北ラインをどうにか守護しているじょうきょうだね。まあ、日英の機甲部隊が機動防護戦を行って、どうにか持たせている状況よ。そして5月10日を持って英本土を放棄、撤退するという決定がくだったわね。女王陛下とその旦那であるフィリップ殿下もまたその船団に乗り込みシンガポールで再起を図るという英国政府の決定がくだったようだ。なお、首相たちは撤退後降伏するらしいという情報もある。ただ、これでイギリス本土を奪還するのにものすごい資源が必要となることが確定でもあるわね。まあ、国土や土地はいずれ奪還できるけれど。それを守るのも取り戻すにも多数の血が流れ命が消えていく。消えた命は二度と戻らない。私たち戦闘機パイロットもそうだけど、技術を習得するのに数年の年月と莫大な費用を注ぎ込むけれど、戦争であっけなく損耗していくからね~。たとえ、撃墜数がゼロでも機材を壊しまくっても生きて基地に戻れるやつが本当の勇者なんだろうね。まあ、多数の敵機を撃ち落として生き延びれるなら尚良しなんだけど・・・。私たち第一小隊は撤退する部隊の援護のために最終日まで出撃しその後リバプール沖合10キロに待機している空母機動部隊と合流し内地へと引き上げることになるそうだ。整備班の連中は出撃後基地を爆破しトラックに分乗して船に乗り込むという段取りだそうだ。で、砲も艦橋も据え付けられていないで仮設の島形艦橋と甲板にギッシリと戦車や試作のジェット機が入ったコンテナが据え付けられていた。そして舷側には大量の高射砲と機関銃がハリネズミのごとく並べられた状態だった。まあ、世界の七つの海を支配した大英帝国ももはやという有様だよ。そして5月4日から9日まで私たちの部隊は迎撃任務に従事していたわね。まあ、ダージリンたちも乗艦し女王陛下のお付となるそうね。まあ、イギリスの連中は空母着艦技能を持ち合わせていないし機材ももはやね~。5月9日夜
last update最後更新 : 2026-06-05
閱讀更多

イギリス本土撤退戦編 第3話本土撤退後編

5月10日 0800 ついにその日が来た。この日は天気は大雨であったので敵の空襲がなかった。本来ならば飛行不可能ということになるんでしょうが今日ばかりは飛び立つだけでこの基地には戻ることが無いから出撃となるね。敵サイドもこの悪天候では飛べる状況ではないようで幸い空襲はなかったね。私たちは食堂で久々のコメを食することができたのは嬉しかったね。まあ、ダージリンたちは驚いていたようだけど。「日本で客将として戦うなら日本の食物にも慣れないとね」とか言って美味しそうにご飯を食べていたようね。そして朝食後ピストにて司令から今回の作戦のブリーフィングが行われた。内容は撤退する部隊の援護するべく制空戦闘が主体で燃料の続く限り戦闘を行い、補給は港郊外にある港湾道路にある非常用滑走路に降りて燃料、弾薬の補給を行い撤退の援護を行えとのことであった。最終撤退時間は今日の1630に最後の脱出船団が出航するとのことだ。そして補給基地での最終補給リミットは1430が最後の補給可能時刻だそうだ。その後に降りても機を捨てて乗船する段取りとなってる。まあ、イギリス軍に残っているガソリンも残りは少なく。ジェット用のケロシンは大量にある上にスペアエンジンも残り少ないそうだ。弾薬も十分あるそうなので大いに活躍せよとのことだそうね。で、今回の通信管制は機動部隊に帯同してきた戦艦金剛の通信指揮所でおこなわれるそうだ。まあ、金剛にとっては里帰りしたということだろうけれど彼女が生まれた故郷がこの有様となって彼女はどう思うやら・・・。まあ、私たちの部隊はジェット機なので滞空時間は良くて2時間そのためギリギリまで出撃は行われずレシプロ機の連中が先に離陸し艦上爆撃機、艦上攻撃機、爆撃機やスワローDを飛ばす連中は皆爆装し飛び立った。そして30分後私たちジェット戦闘機部隊も基地を飛び立ったわね。まあ、その頃には天候も回復しロンドン方向から多数のジェット戦闘機やアメリカ陸軍最強戦闘機であるP=51D型やH型がファイタースイープにやってきたようだよ。で、私は管制官の指示を聞きながら敵編隊を発見し編隊内電話で敵発見を伝えて流れる動作で燃料コックを切り替えて増槽を落として機銃の発射装置を撃発状態にして戦闘に移ったわね。で、私の背後にはダージリンがついてきているようだけど彼女もなかなかの腕前のようね。そして太
last update最後更新 : 2026-06-06
閱讀更多

脱出船団航行編 第1話船団航行記

1945年5月15日 大西洋上イギリス女王陛下を乗せた我々帝国海軍艦隊は脱出船団と離脱し船団と英国本国艦隊の大部分はカナダのハリファックスという港を目指すそうね。女王陛下はシンガポールに向かうということで空母イラストリアス、ビクトリアス、インドミダブル、フォーミダブルを主体とした空母機動部隊になるわね。それにKG5世級が加わる編成になるわね。アタッカー級やルーラー級たち護衛空母郡と多数のエスコート艦隊はカナダに向かう船団護衛に回ったわね。で、ユニコーンも同じくカナダに向かった。で、私たちはというと空母信濃にある予備機を使ってイギリス連中をぶっつけ本番で空母乗りにするべく猛訓練中ということになるわね。対潜哨戒を兼ねてね。まあ、軍艦ゆえに「働かざる者食うべからず」ということなんだろうねぇ。まあ、私達帝国陸軍から派遣組は空母への着艦、発艦をマスターしているのですぐに感覚を取り戻したけれど問題はイギリス空軍連中の教育ということになるわね。まあ、で、練習機材としてポンコツ旧型の九七式二号艦攻や九九式艦上爆撃機をつかった対潜哨戒任務に彼女たちを使わせることにしたわね。で、私は旧型となった100式ああ。これは陸さんの名称だった。海軍名称三菱 零式艦上戦闘機53型爆撃戦闘機仕様をあてがわれて対潜哨戒と艦隊直衛任務を与えられたわね。で、ダージリンたちは九七式二号艦攻をみて全金属製の単葉艦上機があるなんてと驚いていたようね。まあ、英軍の艦上機ってまじで二枚羽のおんぼろソードフィッシュだったからね。で、後継機もアルバコアという二枚バネのポンコツだったので日本が見るに見かねて14試艦攻と彗星艦爆の設計図を送ってライセンス生産という運びになったからね。まあ、流石の大英帝国も空母機動部隊主体とした艦隊編成にはついていけれなかったということかしらね。私たちは当初の予定ではジブラルタルを通過後マルタ、アレクサンドリアからスエズを抜けてインド洋に入る予定だったけれどどうも信濃の喫水と日本からのタンカーたちがでかすぎてスエズは無理ということなので急遽ケープタウン経由となるわね。問題は赤道を越えてから南極近くを通るわけだけど南半球は冬でおまけに吠える海、荒れ狂う海を抜けることになるわけだからこれからどうなるやら・・・まあ、だいたいの日課として私たち搭乗員は朝夜明けとともに出
last update最後更新 : 2026-06-07
閱讀更多

脱出船団航行編 第2話ケープタウン沖海戦

1945年 6月21日ケープタウン沖500キロとうとう我々脱出艦隊は追撃してきた米独艦隊と交戦となった。この日の午前中敵機動部隊から発進してきた敵の戦爆連合約200機が後方で警戒していた駆逐艦のレーダーが発見し私達や戦闘機乗りの連中にたいして緊急発艦の号令が発令された。「どうやら。敵さんもうちらの制空権に入る前に叩いておこうとしたんやな」「そのようですね。旧型だろうが飛べる機材があるなら飛ぶしかないでしょうね」「そやな。英軍連中も頭数になるやろな。まあ、直衛やけど数は力やで」「ですね」そんな感じで私たちは飛行長からの指示を受け直ちに飛行甲板へと上がった。既に飛行甲板では整備兵たちが機体のエンジンを回していたので私は手馴れた手つきで機体に乗り込み。整備兵に手伝ってもらいながら座席ベルトを装備しパラシュートの開傘索のフックを所定の場所に装備し計器のチェック。酸素マスクの確認といった規定通りの手順を素早く済ませて待機。そして攻撃隊の連中が空中退避のためにカタパルトを使って次々と発艦しその直後に発艦士官からゴーサインがでる。整備兵に車輪止めを外してもらいそのままエンジン出力を上げて発艦する。その数約150機の戦闘機が迎撃のためにあがっていた。そして艦爆や艦上攻撃機たちは大部分は非武装で一部の対潜哨戒用の連中も同じく後方に退避行動を取っていた。そして私たちは金剛の管制に従って所定の空域へと機を飛ばす。まあ、この辺はイギリス本土で散々やっていた手順だからね。で、私はいつのまにか英国連中の指揮官に祭り上げられちゃったようで。私以外の編隊のメンバーは英国の連中だったりするね。で、敵の右側下部に敵編隊を発見したと司令部に伝え、編隊無線にもわれに続けと言って燃料コックを切り替え増槽を切り離して機銃を全て装填させて敵編隊に向けて降下したわね。もちろんダージリンたちもあの英国防空戦を戦い抜いた歴戦の勇者ゆえに機材が違っていたとしても体が覚えていたというかんじかしらね。私の挙動に皆ついていけていたわね。そして敵編隊に一撃を食らわせて一度戦場から離脱し返す刀で再び敵編隊の死角から急上昇させて敵機のエンジンやコックピットに多数の銃弾を敵さんに食べさせてあげた。その機は当然煙を吹いて大西洋の藻屑となるべく煙をだしてその後火が付いたらしく火と煙の尾を引いて海上へと墜落し
last update最後更新 : 2026-06-13
閱讀更多

脱出船団航行編 第3話 脱出船団は無事に日本内地に到着し戦争は終結する

1945年 10月19日 横須賀港ついに私たちは無事に日本にたどり着くことができた。しかしながら米軍の攻撃も激しくアリューシャンから飛び立ったB29による戦略爆撃は関東地方にも少なくない被害を与えていたようね。市街地はあちこち焼けていた。話に聞くと私が住んでいた苫小牧は港町であり石炭の積出港だったから相当ひどくやられたようね。まあ、港湾機能はかろうじて残っていたそうだけど。イギリスの未完成艦バンガードは途中の呉に入港しそこのドックで空母に改装されることが既に決定済みだそうね。もっともどう急いでも就役は年単位の話になりそうだけどね。それから赤城、加賀も修理のために佐世保で修理が行われることになった。私たちが乗った信濃は無事に横須賀に入港し私たち乗組員は検疫のために横須賀の施設で数日隔離となり、軍医の診断を受けて問題がないことがわかったので私たちは新しい衣服が与えられそれに袖を通して再び日本の地をふんだわね。そして私たちの部隊は移動用のトラックに乗って福生の飛行場へと移動したわね。そこで待っていたのは私が大尉に昇進と金鵄勲章の授与だったわね。まあ、それは神谷小隊長も同じくということになるのかな。そして私がイギリスで最後に飛ばしたJ7W局地戦闘機「震電」ジェット仕様のサンプルは直ちに技術本部に移送されそこで解析がおこなわれたそうね。まあ、それには整備班長の真田少佐も出向したそうね。同じく船団に乗っていたジョージビダン率いるジェットエンジン技師たちも開発技師として水瀬、如月、来栖川、三菱航空機、中島飛行機などに引き抜かれた。そして、私の処遇は今年の4月から出来た陸軍航空隊と海軍基地航空隊が統合されてできた大日本帝国航空軍に編入されそこで帝都の空を守る侍として迎撃任務に就くことになった。そうそう、ほかの皆さんについてもいわないとね。まあ、こちらに来た時に居たメンバーだけど藤井さんはイギリスで戦死したし智代は怪我したけれど末期に復帰して対地攻撃とケープ沖でも生き延びて少尉になったわね。そして向井の姉御と菊池ちゃんもなんとか生き延びたみたいね。補充要員とはいえ生き延びれたのだからそれ相応の実力を持っていたということになるわね。そのような感じで日々を過ごしていたわけだけど、12月1日に世界が驚く事件が遠くの地で起こったわね。ヨーロッパのナチスドイツの総統であ
last update最後更新 : 2026-06-14
閱讀更多
上一章
123
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status