All Chapters of 妻の愛人にクビにされた僕。実は大財閥の御曹司: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

僕・江崎徹(えざき とおる)が飛行機を降りた直後、妻の美月(みづき)が昔から想い続けていた男と結婚式を挙げるという投稿が目に入った。急いで会社へ向かったが、エレベーター前で人事部長に止められた。「あなたは今日付で解雇です。成果も出せない社員を会社に置いておくつもりはありません」思わず眉をひそめた。ここはそもそも僕の会社のはずだ。「美月の指示か?」「ふっ。社長があなたなんかに構うわけないじゃないですか。白川さんの指示ですよ」あまりのことに、思わず笑ってしまった。いつから白川秋人(しらかわ あきと)が美月の代わりに物を言うようになったんだ?「二人はどこだ?」「お二人なら最上階のパーティ会場にいますよ。もっとも、あなたには関係ありませんけどね。あそこは社内でも限られた人しか入れませんから」僕は黙って人事部長を突き飛ばすと、社員証を取り出し、認証端末にかざした。「ピッ。最高管理者権限を確認。認証が完了しました」会場の入り口に飾られた祝いの装飾を目にした瞬間、僕は思わず足を止めた。入り口の向こうから、美月の声が聞こえる。「本日はお忙しい中、私たちの披露宴と息子のお祝いにお越しいただき、本当にありがとうございます。これまで色々と……」扉を開けると、そこは祝宴の真っ最中だった。いつも僕には冷たかった義理の母の一ノ瀬翠(いちのせ みどり)が、子供を抱きながら笑みを浮かべている。そして僕の妻は、大勢の祝福に囲まれながら、見覚えのある男と口づけを交わしていた。二人が唇を離した瞬間、会場は拍手と歓声に包まれる。その中で、僕だけが拳を握り締めていた。秋人、この恩知らずが。秋人が美月を頼ってきたのは、彼の家の会社が倒産した頃だった。彼を助けたい一心で、美月は結婚して10年になる中で初めて、僕に頭を下げた。完成済みだったプロジェクトの実績を、秋人に譲ってほしいというのだ。電話越しに何度も、「この恩は必ず返します」と懇願してきた。二人が幼なじみだということは知っていた。でも美月は「彼とはもう何もない」と強く言い切っていたんだ。その後も美月は、「彼には気楽なポストを用意しただけだから」と自分から説明してきた。今なら分かる。その「ポスト」は、美月の「夫」という立場だったのだ。「社長は本当に幸せ者で
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第2話

美月が何か言いかけたその時、後ろにいた秋人が彼女を強く抱き寄せる。そこで僕は、二人の指に指輪がはめられていたことに気づいた。それは、僕と美月の結婚指輪だった。出張先で失くすのが心配だからと嘘をついて、最初から愛人に渡すつもりだったのだ。「江崎さん、美月を責めないでください。悪いのは全部僕なんです……」わざとらしいその芝居に思わず鼻で笑った。僕は近くにあった酒を手に取り、秋人に浴びせた。美月の顔色が変わったかと思うと、次の瞬間には平手が飛んできた。「徹!いい加減にして!」彼女は冷たく言い放つ。「出ていって。後で説明するから」叩かれた頬がじんじんと熱を帯びる。それでも僕は冷たい目で翠が抱いている子供を見て、指さした。「今さら何を説明するって言うんだ?」張り詰めた空気に怯えたのか、子供が大声で泣き出した。すると、美月の背後にいた秋人が、突然一歩前へ出た。「江崎さん、僕のことが気に入らないのは分かります。でも、子供には何の関係もないじゃないですか!家庭の事情で可哀想だと思って、今まで美月への想いには気づかないふりをしてきました。もし僕たちの関係が原因で、この子が傷つくなら、結婚なんてしなくても……」美月は焦って秋人の手を握った。「そんなこと言わないで!あなた以外とは考えられないわ!」その言葉に秋人は無理に笑みを浮かべると、振り返って皆にこう言った。「お見苦しいところをすみません。彼はうちの社員で、昔からの知り合いなんです。家庭の事情もあって大変そうだったので、美月が力になりたいと言って入社を手伝ったんです。でも、それを勘違いしてしまったみたいで、美月に特別な感情を抱くようになってしまったんです。長年つきまとわれてきましたが、今では子供まで巻き込むなんて、本当にどうすればいいのかわからないんです」僕は秋人の茶番を黙って見ていた。今度はどんな嘘を並べるつもりなのか、少し興味があった。「最低。恩を仇で返すなんて」「こんな人、うちの会社には必要ないでしょう、今すぐ処分すべきですよ」「こんな卑劣な奴、警察に突き出して刑務所にでも入れるべきですよ!」罵声が飛ぶ中、僕は小さく笑った。「秋人、昔僕に力を貸してほしいって必死に頭を下げていたのは誰だ?入社して昇進するために、プロ
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第3話

その時、会場の扉が勢いよく開かれ、体付きのいい男が中へ入ってきた。美月の弟の一ノ瀬岳(いちのせ がく)だった。僕を狙ってここへ来たのは明らかだ。次の瞬間、岳の蹴りが容赦なく僕の腹に突き刺さった。あまりの痛みに、身を屈める。「秋人さんの結婚式で暴れてんのはお前か!」会場から歓声が上がる。岳は僕の髪を掴み、怒鳴り散らした。「ただの社員が、よくもそんなに偉そうに。身の程を知らないにもほどがある」歓声の中で、僕は美月を見つめた。彼女はグラスを指先でなぞりながら、黙り込んでいた。まるで僕がどんな目に遭おうと、興味がないかのように。「美月、昔の約束を忘れたのか?」彼女の肩がわずかに震える。そして僕から視線を逸らした。「秋人とはただの兄妹みたいなもんだって、言ったよな?もし僕を裏切るようなことがあったら、どんな報いだって受ける、そう言い切ったのは誰だ?これからは僕と二人で前を向いて歩いていくって言ったのは全部嘘だったのか!」すると、美月が冷たい声で言った。「徹、チャンスはあげたはずよ。さっき私の言う通りにしていれば、こんな騒ぎにはならなかった」僕を非難していた人々も、次第に口を閉ざしていく。そこへ、秋人が険しい表情で前へ出た。「江崎さん。あなたのお母さんが長年会社で働いてくれていたから、情けをかけてあなたを会社に置いてあげていたんです。多少問題を起こしても我慢してきましたが、こんな大事な席で根も葉もない話をするなんて!美月の名誉に関わるんですよ!」そう叫びながら、彼は僕の腕を掴んだ。振り払うと、彼は大げさによろめき、近くのテーブルへ倒れ込んだ。すると、割れたグラスの破片が翠の抱える子供に飛び、会場に悲鳴が響いた。「子供が!うちの子が!」彼はわめき声を上げながら、勢いよく立ち上がる。「江崎さん!どうして子供まで巻き込むんですか!」口を開く間もなく、美月の蹴りが僕を襲った。「徹!恥を知りなさい!文句があるなら私に言いなさいよ!」秋人の茶番を暴こうとした時、突然誰かに引きずられる。気づけば岳がすぐ横にいた。その腕は万力のように僕の手首を締め上げる。次の瞬間、瓶が頭の上で砕け散った。額から血が流れ落ち、僕は地面に叩きつけられた。割れたガラスの破片が容赦なく身
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第4話

秋人は慌てて美月の手を握り、優しい声で言った。「美月、江崎さんは自分の思い通りにならなかったから、必死になって君を引きずり下ろそうとしているだけだよ。君が会社のために積み上げてきた実績は、誰もが知っている。数年前に君が取ったプロジェクトだって、4兆もの大口契約だ。株主の皆さんからも高く評価されたんじゃないか」その言葉を聞いて、僕は思わず鼻で笑った。よくもあのプロジェクトのことを、まるで自分たちの実績みたいに語れるものだ。当時、美月は僕の父の会社との面談すら取り付けられず、ビルの前で途方に暮れ、一人で座り込んでいた。結局、僕が直々に彼女を連れて父のもとへ頼みに行き、父はやっと会ってくれたのだ。その4兆ものプロジェクトは、最初から最後まで僕が間に立っていたからこそ、決まったことだった。美月は戻るやいなや、その功績をすべて自分の手柄として報告した。僕はただの引き立て役だ。母はこの件を知って失望したが、何も言わなかった。父も表向きは例の取引を継続していたが、あれ以来、美月の会社との新規の取引は一切絶った。二人とも、「美月はやめておけ、あんたには手に負える相手ではない」と、何度も忠告してくれていたのだ。それでも当時の僕は聞く耳を持たなかった。まるで何かに取り憑かれたように、彼女しか見えていなかったのだ。今思えば、本当に愚かだった。僕が一歩も引かずにいると、会場の空気が少しずつ変わり始めた。「そういえば、社長って今まで夫のことは公表してなかったよね?」「確かに。社長、なんだか動揺してるように見えない」「江崎さんが言ってること、嘘じゃないような気がするな」あちこちから上がる疑念の声に、秋人は拳を固く握りしめた。彼が合図を岳へ送ると、岳はすぐさま手に持っていたワインを床に叩きつけた。「黙れ!こんなイカれた奴の話を本気で信じるのか!お前ら、自分の立場を分かってんだろうな!秋人さんこそ、ずっと姉さんの隣にいた人だ!俺は昔から二人を見てきた、二人がどんな関係だったか、俺が一番よく知ってる!」僕は思わず鼻で笑った。美月がどうして何度も僕を海外へ送ったのか、やっとわかった。社内の誰にも、彼女の本当の夫が誰なのか知られたくなかったからだ。小さい頃から海外経験が豊富だから、海外の取引先との交渉は僕
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第5話

会場の誰もが、目の前の光景に息を飲んだ。現れたのは財界の頂点に立つ男、江崎宗一郎(えざき そういちろう)だった。社交の場にもほとんど姿を見せない有名な人物だった。彼がなぜ、ここにいる?彼がボロボロになった僕に視線を向けると、嫌な予感が会場を駆け抜けた。まさか?誰もが固唾を呑んで見守る中、彼は真っ直ぐ僕の元へ歩いてきた。「親の忠告を聞かないから、こういう痛い目を見るんだ」その瞬間、会場中が凍りついた。まずい、完全に終わった。誰もがそう思った。この口ぶり。二人が知り合いなのは確定だろう。察しのいい人は、すでに出口へ向かい始めていた。今のうちに逃げようとしているのだ。そして頭の中では必死に言い訳を考えている――俺、今日ここに来てたっけ?招待客リストの名前も何かの間違いだろ。周囲の様子を見ながら、僕は床に倒れたまま苦笑した。「監視カメラ越しに息子がボコボコにされるのを見てるのも、計画のうちだったんですか?」父の顔がぴくりと引きつった。彼は小さく咳払いをする。「いや、それはだな……」僕は最後まで聞かなかった。スマホを取り出し、傷口がよく見える角度で何枚も写真を撮る。「言い訳は母に直接言ったらどうですか」「おい!何を考えてる。母さんは刺激に弱いんだ!」だが遅かった。写真を送って数秒後、父のスマホが鳴り響く。「もしもし?」「宗一郎、あなた一体何やってたのよ!息子があんな目に遭ってるのに、何をのんびりしてたの!」「いいから聞いてくれ……」「うるさい!長者番付トップだなんて、聞いて呆れるわね!息子はどこ?今すぐ行くから。私の息子に手を出した連中は、一人残らず許さないわ!」電話越しに怒鳴り散らす母と、父の青ざめていく顔を見て、僕は口の端を持ち上げた。やっぱり最後に頼りになるのは家族だ。通話を終えると、父の漂わせる威圧感がすぐに変わった。だが知っている。彼は報復しようというわけじゃない。母が来るまでに何もしなかったと言われないよう、慌てて実績を作ろうとしているだけだ。「今回のパーティーの招待客リストを持ってこい」さすがに仕事モードに入った父には凄みがある。周囲の幹部も逆らえるはずがなく、リストを差し出した。「江崎会長、こちらが本日の名簿でございます」さっきまで威張り散らして
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第6話

案の定、父は言い終えるなり手にしていた名簿を放り投げ、周囲を見回して言った。「たった今クビにした奴以外、名簿に名前がある全員、数億の負債を背負うことになる。江崎グループの名にかけて保証する。必ずそうなると断言しておこう」会場の空気が凍りついた。先ほどまで安堵していた者たちの顔が、一瞬で青ざめる。ついさっきまで高みの見物をしていたというのに、今や自分の頭上にまで数億もの負債がのしかかってきたのだ。誰がどう考えても、持ちこたえられる額ではない。会場は瞬く間に悲鳴に包まれた。普段、泣き叫ぶ声を何よりも嫌っていた父が、眉をひそめ、杖で静かに床を叩くとこう告げた。「次に声を上げた者は、さらに1億上乗せするぞ」会場はすぐに静まり返った。全員が呼吸音さえ殺し、父を刺激しまいと必死になっていた。用事を済ませた父は、まるで周囲の騒ぎなどに興味がないと言わんばかりに、いすに静かに腰かけていた。会場が重い空気に満ちる中、美月たちは、自分たちだけが後回しにされているのが怖かった。一番恐ろしいのは、まさにこういう状況だった。戦場で仲間が一人、また一人と撃ち抜かれていくのを見ながら、なぜか自分だけが生かされているようなものだ。その先が見えない恐怖が、じわじわと精神を蝕んでいく。未知の恐怖が、息さえも苦しくさせていた。まるで次の瞬間にも、自分の運命が決まってしまうかのようだった。誰一人、父の機嫌を損ねるようなことはできない。しかし周囲に煽られた美月は、勇気を振り絞って歩み寄った。「あ、あの……徹のお父様ですよね?何か誤解があるのではないでしょうか?私、徹の妻です、覚えていらっしゃいますよね?」父は鼻で笑った。そして彼女を一瞥する。「死人に用はない」その言葉を聞くまでは、薄々嫌な予感はしていた。でも今は、自分たちは本当に終わったのだと完全に悟ったのだ。さっきまで威勢よく騒いでいた岳が震えながらその場に崩れ落ちた。さらに自分を罰するかのように空の酒瓶を床に叩きつけ、砕け散った破片の上に、わざと膝をついた。「浅はかでした!とんでもない失礼をしてしまい申し訳ありません、どうか命だけはお助けください!」「誰の許しを得て、俺に口を出している?」父の声は決して大きくなかった、だがその一言だけで、会場の空気が凍りつく。岳は身じろぎ一
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第7話

この声を聞くと、僕は頭が痛くなるのと同時に、少し嬉しくなった。海外で何年も働いて、美月以外で一番会いたかったのは母だ。でも、母の振る舞いには本当に困らされる。小さい頃、ベタな小説に影響された母は僕が拉致されないか、ひどく心配して、地元の警察署に20億も寄付してしまったんだ。そのおかげで、町の警察署とは思えない規模にまで拡張されたのだ。当時の通学路では、車が少しでも線路を越えたらすぐ警告が鳴った。速度は制限より遅く、クラクションなんて鳴らそうものなら大目玉を食らう始末だった。中学に上がってから、ようやく少しは落ち着いた。今でも母のそういう過保護さには頭が痛くなる。昔、国外で現地調査中にハイエナに噛まれかけたことがある。母はすぐ地元のハンターたちを動かして、2億ドルを投じてその地域のハイエナを根絶やしにしようとしたんだ。「おいおい。わざわざ来なくても、部下に任せればいいだろう?」「私が冗談で言ってるように見える?」母のその一言で、父はその場に凍りついた。さっきまで周囲を威圧していた彼が、今では完全に小動物のようだ。「あ、あの……」「どいて!」母の一言に、父は言おうとしたことを飲み込んで、即座に道を開ける。すると、地面に倒れている僕の姿がさらされた。「もう!また私を心配させて!」母は手を振り上げたけど、僕の無残な姿を見ると、代わりに父の背中を叩いた。「何ぼーっとしてるの!息子が倒れてるのが見えないの!」その後、傍らに控えていたボディーガードたちへ向けて言った。「あなたたちも何してるの、徹をずっと地面に放っておくなんてどういうこと!」父が冷たい威圧感を放つ氷山なら、母はいつ噴火してもおかしくない活火山だった。ボディーガードたちに抱えられるようにして起こされながら、僕は思わず苦笑した。「母さん、もっと早く母さんの言うことを聞いていればよかったです」母は僕を見つめた。その目にはもう涙が溜まっている。「私が悪かったの。あなたの周りをしっかり見てあげられなかった。いいから今は安静にして。ここは私が片付けてあげるから」母が優しく髪をなでてくれたが、さっき殴られたところが痛くて顔をしかめた。「早く行って!」母はハッとしたようにビクッと手を引っ込めると、慌てた様子でボディーガー
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第8話

「そこの小娘、こっちに来なさい」まずい。美月はこれが母との初対面になるはずだけど、こんな展開になるとは思わなかった。徹、先にそう教えてくれれば、おとなしく従ったのに!美月は心の中でぶつぶつと文句を言い、後悔した。でも、もう手遅れだ。彼女はぐずぐずしながら、母の目の前まで歩いた。10メートルにも満たない距離が、とても長く感じた。ようやく母の目の前に立ち、口を開こうとした時、母はゆっくりと手を上げた。言葉を遮られた美月は、怖くて何も言えなかった。母はそばにあった箸を手に取り、それでゆっくりと彼女の顎を持ち上げた。青ざめた顔が露わになった。「きれいな顔なのに。もったいないわね」その言葉を聞いて、美月は堪えきれずに泣き出した。「何泣いてるの?私の息子のプロジェクトを、愛人に渡した時は泣きもしなかったくせに」「も……申し訳ありません」母はふっと笑い、首を振りながら言った。「あなたは自分が悪いなんて思ってないわ。ただ、自分が終わりを迎えることに怯えているだけ。でも、あなたは運がいい。言ったはずよ、江崎家はテロリストじゃないのよ。でも、あなたたちが受けるべき報いは、きちんと与えてあげるから」その言葉が落ちた直後、美月のスマホの着信音が響いた。手足がすくんで立ち尽くす美月を見て、母は彼女を冷ややかに見つめた。「何呆けてるの?電話に出なさい」今の美月にとって、その着信音が死神の足音のように聞こえた。彼女は震える手でスマホを取り出したが、恐怖で何度も落としてしまった。何度も繰り返して、ようやく床から拾い上げた。通話ボタンを押し、美月はおずおずとスマホを耳に当てた。「もしもし?」終わり。
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第9話

「美月さんですね?」電話口から響く凛とした声に、美月はなぜか少しほっとした。「はい、そうです。どちら様でしょうか?」「警視庁特別捜査部です。あなたには背任行為、傷害、業務上横領など複数の容疑がかかっています。現在、建物周辺は封鎖済みです。ただちに出頭してください」その言葉を聞いた瞬間、美月はかえって肩の荷が下りたような気がした。警察がなぜ突入してこないのか、その理由が痛いほどわかったからだ。「わかりました。すぐに行きます」まるで生きる目的でも見つけたかのように、美月は慌てて床から立ち上がった。「あの……すみません。警察が迎えに来たので、行ってきます」美月のうわずった声を聞いて、母は何を考えているのか即座に見抜いた。「そんなに急いでどこへ行くの?外でうまくやれなかった人間が、刑務所でうまくやれるはずがないでしょう?」美月の身体が強張る。その笑顔は、泣き顔よりも酷かった。「ありがとうございます。よくわかりました」一人片付けると、母はくるりと秋人の方を向いた。「あんたもよ。何も言いたくないわ。自分の力じゃ何もできなくて、女の陰に隠れて生きてるような男なんて、一生這い上がれるわけがないからね。まあ安心しなさい。息子の嫁を上手に甘やかすんだね。『人の世話をする才能』だけはあるんでしょう?あなたにふさわしい場所を用意してあげたわ」その直後、電話が鳴る。先ほどのやり取りを見ていた秋人は、動揺しながらも電話に出た。「もしもし……」警察が用件を伝える間もなく、秋人は言葉を遮った。「行きます、今すぐ行きます!」秋人がすがりつくように答えるのを、母は冷ややかな目で見つめていた。言い渡された通り、秋人は必死の形相で駆け出した。一階に着いた瞬間、二人の警察官が彼を取り押さえ、手錠をかけた。「警察の方!裁判はいつですか?弁護士を雇う金はあります!」「弁護士?何のことですか?」警察は怪訝そうに眉をひそめた。秋人の件は、すでに大量の証拠で裏付けられている。言い逃れの余地など最初からなかった。「そんな!このまま刑務所に放り込むなんて違法です!」「ほう。法律には詳しいんですね」その様子を見ていた裁判所の担当官が口を挟む。「そう言い出すと思っていましたよ。だから事前に必要な手続きはすべ
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