私・星河ひとみ(ほしかわ ひとみ)の彼氏、綾瀬悠人(あやせ ゆうと)には奇妙な癖がある。なんでも優先順位をつけて並べないと気が済まないらしい。冗談半分に、結婚は一番に決まってるでしょ、と訊いたことがある。ところが、返事はいつも同じだった。「今はちょっと、ほかにやることがあるから」その「やること」が何なのか、結婚より大事なことなんてあるのか、どうしてもわからなかった。ある日、虫垂炎の激しい痛みに襲われた。病院へ向かう車の中で、悠人が突然ハンドルを切った。「玲衣がケガをした。血を見ると倒れる体質だから、すぐ迎えに行かないと」白瀬玲衣(しらせ れい)──私の親友であり、今は悠人の助手をしている。痛みで身も起こせない私を、悠人は車に置き去りにした。そのとき、彼の仕事用パソコンが通知音を鳴らした。画面に表示されていたのは、【未処理のタスク】というフォルダ。リストには──【玲衣が助けを求めたら優先対応】【玲衣とアイスランドにオーロラを見に行く】【玲衣の借金を肩代わりする】そんな項目が延々と並んでいた。ざっと200件以上、すべて玲衣に関するものだった。一覧をいちばん下までスクロールすると、たった二文字。【結婚】。人生でいちばん大事なことが、彼のなかでは、いちばん最後だった。マウスを握り直し、その項目を消した。そんなに大事じゃないなら、結婚なんて、やめにしよう。……二人はマンションから降りてくるころには、私、痛みで意識が遠のきそうだった。悠人が助手席のドアを開けた。「玲衣は車酔いしやすいんだ。悪いけど後ろに座ってくれ」唇を噛みしめ、脂汗をにじませながら、私はかろうじて声を絞り出した。「私、もう限界……」しかし、彼は微動だにしない。結局、私は這うようにして後部座席に乗り込んだ。玲衣が涙声で、申し訳なさそうにうつむいた。「また私が助手席を取っちゃってごめんね。シートヒーター入れるから、ちょっとは楽になるかも」そう言って、慣れた手つきでボタンを操作した。この車は、悠人が初めてのまとまった収入で手に入れたものだった。「これで満員電車に乗らなくて済む」と、彼は当時、誇らしげに言ったものだ。だが、玲衣が「車酔いだから」とこぼしてから、彼女が助手席に座るのが常になった。
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