古びた撮影所の中央で、白峰凛花は正式な台本を抱えたまま、神代蒼真を見つめていた。 数日前までなら、蒼真と並んで立つことに何の違和感もなかった。 映画賞の授賞式。 完成披露試写会。 映画雑誌の表紙撮影。 二人は何度も同じ場所に立ち、世間から理想的な共演者として扱われてきた。 凛花が演技に厳しい言葉を口にすれば、蒼真が柔らかな言葉で場を和ませた。 取材では互いの演技を称え、舞台挨拶では息の合ったやり取りを見せる。 熱愛を疑う記事が出たこともあったが、それさえ新作を宣伝する材料として利用された。 だが、今は違う。 凛花は所属事務所を失い、薬物と暴行、不倫を疑われ、裏社会を支配する男の保護下に入った女だった。 主演映画も広告も失い、今後背負わされる違約金がいくらまで膨らむのかさえ分からない。 対する蒼真は、一連の騒動に名前を巻き込まれながらも、俳優としては傷一つ負っていなかった。 出演中の広告も放送されている。 撮影予定の映画が中止されたという話もない。 凛花だけが、二人で立っていた場所から突き落とされた。「どうして、あなたがこの作品に出るの?」 凛花が尋ねると、蒼真は以前と変わらない穏やかな笑みを浮かべた。「日下部監督から声をかけてもらったからだよ」「いつ?」「少し前に」「私が主演だと知っていたの?」「正式に聞いたのは昨日だ」「あなたの事務所が許可したの?」「ずいぶん反対された」 蒼真は苦笑する。「今の凛花と共演すれば、俺まで疑惑へ巻き込まれる。公開できるかどうかも分からない映画へ出る必要はないって」「その通りだと思う」「そうだね。事務所の判断としては正しい」「なら、どうして断らなかったの?」「出演する作品くらい、自分で決めたいからだよ」 蒼真は凛花の手にある台本へ視線を落とした。「それに、君が本当に戻ってくるなら、最初に向き合う相手は俺でありたいと思った」 優しい言葉だった。 凛花が撮影で苦しんだ時、何度も救われてきた蒼真らしい言い方。 撮影現場で監督と意見が衝突した時も、難しい役へ入り込みすぎて眠れなくなった時も、蒼真は凛花を否定しなかった。 自分ならできると信じてくれた。 以前の凛花なら、その言葉を疑わなかっただろう。 今は違う。「向き合うって、何に?」「君の演技に」「それだけ?」
最後更新 : 2026-07-27 閱讀更多