スキャンダルで追放された天才女優は、初恋の極道に奪い返される

スキャンダルで追放された天才女優は、初恋の極道に奪い返される

last update最後更新 : 2026-07-27
作者:  なつめ連載中
語言: Japanese
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評分不足
19章節
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故事簡介

歪んだ愛

GNアカデミー

現代

芸能人

極道

元カレ

復讐

歪んだ関係

逆転

十七歳で映画賞を受賞し、天才女優として頂点を極めた白峰凛花。だが二十七歳のある夜、後輩女優への暴行、不倫、違法薬物という身に覚えのない疑惑を同時に突きつけられ、事務所にも世間にも見捨てられてしまう。すべてを失った彼女が最後に頼ったのは、女優になる夢を選ぶため九年前に自ら別れた初恋の男、九鬼朔夜だった。今や巨大組織を率いる彼は、凛花を救う代わりに、自分の支配下へ入り、世間の前で「九鬼朔夜の女」として振る舞う契約を迫る。愛など残っていないと冷たく言い放つ朔夜の真意も分からぬまま、凛花は奪われた名誉と居場所を取り戻すため、華やかな芸能界と危険な裏社会を舞台に、再起を懸けた取引へ身を投じていく。

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第 1 章

第1話 天才女優が堕ちる夜

 白峰凛花が十七歳で初めて主演女優賞を受賞した夜、会場にいた誰もが、彼女の未来を疑っていなかった。眩しい照明が降り注ぐ壇上へ立った凛花は、両手で金色のトロフィーを受け取った。まだ少女らしさを頬に残していたが、満場の視線を浴びても背筋は伸び、大御所俳優へ一礼する所作にも迷いはない。客席から湧き上がった拍手が天井へ反響し、人々の顔が照明の向こうで揺れていた。

 候補に入ったと知らされた日から、受賞した場合の言葉は何度も考えていた。それでも用意した長い挨拶は、壇上へ着いた瞬間にすべて胸の底へ沈み、代わりに残ったのは一つだけだった。凛花は胸へ抱いたトロフィーの重みを確かめ、正面のカメラへ顔を上げた。緊張で指先は冷たくなっていたのに、不思議なほど声は震えなかった。

「この賞に恥じない女優になります」

 短い言葉が終わると、それまで以上に大きな拍手が起きた。翌朝の新聞は十七歳の天才女優誕生と書き立て、テレビは微笑む少女の映像を繰り返した。その夜を境に、白峰凛花は作品の題名より先に主演の名で人を呼べる、数少ない女優の一人になった。

 あれから十年が過ぎ、二十七歳になった凛花は、新作映画『白い残響』の完成披露試写会へ出席するため、都内の劇場前へ車で乗りつけた。窓越しにも、沿道を埋める数百人のファンと、隙間なく並んだ報道陣の機材が見える。車が止まり、スタッフが後部座席の扉を開いた。白いハイヒールの爪先を赤い絨毯へ下ろした瞬間、耳を圧するほどの歓声が押し寄せた。

「凛花ちゃん、こっち向いて!」

「主演女優賞から十周年、おめでとう!」

 呼びかけが重なり合う中、凛花は白いドレスの裾を乱さない歩幅で進み、報道陣の前に引かれた印へ立った。正面には顎を引き、横から声が飛べば肩を開き、髪が首筋を隠さないよう指先で整える。どこから切り取られても美しく見える動きは、十年の間に身体へ染み込んでいた。無数のフラッシュに視界を白く奪われても、凛花は一度も目を細めなかった。

 舞台の巨大なスクリーンには、『白い残響』の題名と雪原に佇む凛花の姿が映し出されていた。客席へ一礼した凛花の隣には、相手役を演じた人気俳優の神代蒼真が並ぶ。濃紺のスーツを着た蒼真は柔らかく微笑み、凛花が立ち位置へ着くまで半歩下がって待った。その気遣いに歓声が上がり、二人へ向けられるレンズが増えた。

「白峰さんは、十七歳で初めて主演女優賞を受賞されてから、今年でちょうど十年になります。今夜は、その節目に公開される主演作のお披露目となりましたが、どのようなお気持ちでしょうか」

 司会者からマイクを向けられ、凛花は客席を見渡した。照明の向こうにいる一人一人の顔までは見えない。それでも、胸元へ凛花の写真を掲げた少女も、自分の言葉を待っていることは伝わった。凛花は両手でマイクを支え、いつもと変わらない微笑みを浮かべた。

「十年続けられたのは、作品を観てくださった皆様のおかげです。長かったというより、いただいた役を追いかけているうちに、いつの間にかここまで来ていたという気持ちの方が強いですね。これからも、一つ一つの役と誠実に向き合っていきたいと思います」

 会場を満たした拍手に、凛花はもう一度頭を下げた。蒼真へ感想を求められると、彼は凛花へ穏やかな視線を向ける。カメラが二人を収めやすいよう、わずかに身体を寄せたことにも凛花は気づいた。その距離が親しさではなく仕事のために測られたものだと、互いに確かめる必要はなかった。

「白峰さんは、現場でも一切妥協しませんから。今回も、僕だけでなく共演者全員が引っ張ってもらいました。十周年の作品でご一緒できて光栄です」

「神代さんにそう言っていただくと、次の現場で怠けられなくなりますね」

 客席から笑いが起こり、蒼真も目元を緩めた。完璧な主演女優と人気俳優が並んだ一瞬へ、フラッシュが雨のように降り注ぐ。凛花は笑顔を崩さないまま、舞台挨拶の残り時間と、この後に挨拶すべき相手の順番を数えていた。華やかな夜ほど、間違いは許されないと知っていた。

 舞台袖へ入ると、拍手は厚い扉の向こうへ遠のいた。照明の熱が残る頬へ冷房の風が触れ、凛花は長く息を吐く。控室へ続く通路を歩いていると、壁際に一人で立つ天音真白の姿が目に入った。『白い残響』で主人公の妹を演じた二十歳の女優は、華奢な両腕で身体を抱き、床へ視線を落としていた。

 舞台では薄桃色だった唇から血の気が引き、呼吸も浅い。行き交うスタッフは次の仕事に追われ、立ち尽くす真白を気に留めていなかった。凛花はマネージャーへ目で合図し、真白の前まで歩み寄った。名前を呼ぶ前から、真白の細い肩がびくりと揺れた。

「真白ちゃん?」

 ゆっくり顔を上げた真白の瞳は、泣いた後のように赤かった。唇はわずかに震え、呼吸のたびに細い喉が上下している。凛花と目が合っても、安堵した様子はなかった。

「白峰さん……」

「顔色が悪いわ。気分が悪いなら、座れる場所へ行きましょう」

 凛花が手を差し出すと、真白はその指先を凝視した。助けを求めたいのか、逃げたいのか分からない表情で唇を開き、喉の奥から掠れた息を漏らす。何かを言おうとしているのは明らかなのに、言葉になる前に、背後から足早に近づく靴音がした。真白の担当スタッフが二人の間へ身体を滑り込ませ、凛花の手を遮るように頭を下げた。

「白峰さん、申し訳ありません。天音は少し疲れているだけですので」

「少しには見えないけれど、医務室へ連れていった方がいいんじゃない?」

「こちらで対応いたします。天音、行くよ」

 スタッフは真白の背へ手を当て、答えを待たずに別室へ連れていった。凛花が呼び止めても、真白は一度も振り返らない。その背中は、自分の意志で凛花から逃げているように見えた。目が合った瞬間の怯えが胸に残り、凛花はしばらくその場から動けなかった。

 試写会後のパーティーは、劇場に隣接した高級ホテルで開かれた。シャンデリアの下を映画会社の重役やスポンサーが行き交い、グラスの触れ合う音が絶えない。凛花は口をつける暇もなく、主演として挨拶を続けた。祝福へ笑顔で応じながらも、視線は何度となく会場の入口へ向かった。

 真白の姿は、一度も現れなかった。凛花はスポンサーとの会話が途切れた隙に、壁際にいたマネージャーの篠宮志保へ近づいた。四十代半ばの志保は十代の頃から現場を共にし、公の場で口にする言葉や立ち位置まで管理してきた。凛花が声を潜めると、志保は端末から顔を上げないまま眉を寄せた。

「真白ちゃんを見なかった? 舞台挨拶の後、様子がおかしかったの」

「体調不良で先に休んだんでしょう」

「スタッフに連れていかれたけれど、泣いていたみたいだった。何かあったのかもしれない」

「凛花、今日は余計なことに首を突っ込まないで。あなたは主演なのよ」

 志保はようやく顔を上げ、周囲に話を聞かれていないか確かめた。凛花が真白に声をかけただけでも、主演女優が若手を可愛がっているという宣伝に使われる。反対に、少し厳しい表情を切り取られれば、後輩を威圧したという記事にもできる世界だった。今夜は誰が何の目的で入り込んでいるか分からないほど、招待客も多い。

「新人にはよくあることよ。注目される席に慣れなくて、緊張が切れただけかもしれない。明日の取材も早いんだから、あなたは自分の仕事をしなさい」

「でも、あの怯え方は普通じゃなかった」

「あなたが助けなければならない子は、今夜ここにはいないわ」

 冷たい言い方だが、凛花を守るための忠告だとは分かっていた。長く仕事を続けるほど、善意だけで近づいてはいけない事情は増えていく。それでも、差し出した手を見た真白の目が忘れられない。凛花は反論を飲み込み、志保から渡された部屋番号を確認した。

「日下部監督が上の階にいるわ。パーティーへ下りられないそうだから、挨拶だけしてきて。長居はしないで、終わったら私に連絡してちょうだい」

 凛花は手土産を受け取り、一人でエレベーターへ乗った。扉が閉じると宴会場の喧騒は消え、鏡の中には白いドレスを着た自分だけが残る。階数表示を見つめながら、凛花は口紅と髪の乱れを確かめた。そこに映る女は今夜も完璧で、真白を案じる胸の内など、どこにも見せていなかった。

 監督の部屋がある階は人の気配がなく、厚い絨毯が凛花の靴音を吸い込んだ。等間隔に並ぶ扉は、どれも閉じている。指定された部屋の呼び鈴へ指を伸ばした時、廊下の向こうで何かがぶつかる音がした。続いて現れた人影を見て、凛花は手土産を抱え直した。

 真白だった。ほどけた髪を頬へ張りつかせ、危うい足取りで走ってくる。衣装の上へ羽織った上着は乱れ、頬には指で打たれたような赤い跡が浮かんでいた。凛花の姿を認めた瞬間、真白の顔が恐怖に歪む。その表情を見た凛花は、考えるより先に駆け寄った。

「真白ちゃん、どうしたの?」

 すれ違いかけた細い腕を掴むと、真白は全身を震わせた。凛花は力を込めていなかったが、真白は痛みに触れられたように顔を歪める。次の瞬間、その手を激しく振り払った。

「触らないで!」

 鋭い声が、静かな廊下へ反響した。同時に、遠く離れた曲がり角の辺りで、白い光が一度だけ瞬く。凛花がそちらへ顔を向けた時には、壁の陰に黒い端末の端が消えていた。誰かがスマートフォンを向けていると理解した瞬間、目の前で真白が膝から崩れ落ちた。

「真白ちゃん?」

「もうやめてください……」

 真白は床へ片手をつき、涙に濡れた顔で凛花を見上げた。腕を掴んだ痕がつくほど力を込めた覚えはない。それでも真白は痛みに耐えるように自分の手首を押さえ、撮影している何者かへ見せつけるように身体を小さくした。その仕草に不自然なものを感じながら、凛花は何が起きているのか理解できず、床へ落としかけた手土産を抱いたまま立ち尽くした。

「私、何も取っていません」

「何を言っているの?」

「役も、蒼真さんも、白峰さんから取ろうなんて思っていません。だから、もう許してください」

 意味の分からない言葉に、凛花の背中を冷たいものが走った。真白は凛花ではなく、廊下の奥に潜むレンズへ語りかけているように見える。再び白い光が瞬き、今度は撮られているという確信が生まれた。凛花は手土産を床へ置き、撮影者を捕まえるために走り出そうとした。

 その瞬間、廊下の照明が一斉に落ちた。足元さえ見えない闇の中で、真白が息を呑む音と、誰かが駆け去る足音が重なる。凛花は壁へ手をついて進みかけたが、床にいる真白を踏む恐怖に足を止めた。誰がどこにいるのかも、背後へ近づく者がいないかも分からなかった。

「真白ちゃん、そこにいる? 動かないで」

 返事はなかった。遠ざかる足音に続き、重い扉が閉じる音が一度だけ響く。凛花がもう一度名前を呼んだ時、掌の中でスマートフォンが震えた。着信画面から漏れたわずかな光に照らされた廊下には、真白の姿も、床へ置いたはずの手土産も見当たらなかった。

 数分後、照明が復旧しても、真白は戻らなかった。凛花は廊下の端にある待合室へ入り、志保へ連絡しようとした。だが先に、その名前が着信画面へ表示される。通話へ出ると、十年近く共にいる凛花でさえ聞いたことのない切迫した声が響いた。

「凛花、今すぐ部屋から出ないで」

「どうしたの? 真白ちゃんが――」

「インターネットを見ないで。誰から連絡が来ても、絶対に何も答えないで」

 通話中にも、スマートフォンが何度も震えた。ニュース速報、知人のメッセージ、事務所からの着信が、画面へ休みなく現れては消える。動画配信サービスやSNSからも、同じ言葉を含む通知が押し寄せていた。自分と真白の名前を見つけた凛花は、志保の制止を聞きながら、一つを開いた。

 表示されたのは、数分前まで自分が立っていたホテルの廊下だった。凛花が真白の腕を掴み、次の瞬間には真白が床へ崩れ落ちる。遠くから拡大された映像は滲んでいたが、白いドレスも横顔も、本人だと断定するには十分だった。そこへ、凛花によく似た声が重ねられていた。

『あなたみたいな子が、私の役を取れると思っているの?』

 背中から血の気が引き、指先が冷えていく。偽物の音声なのに、映像と重なると、自分が本当に言ったようにしか聞こえない。真白が許しを求める場面だけが残され、凛花が事情を尋ねた声も、撮影者へ向かおうとした動きも削られている。見出しには、目を逸らせない文字が並んでいた。

 ――国民的女優・白峰凛花、後輩女優への暴行映像流出。

「凛花、何を見ているの。閉じなさい、すぐに!」

 耳元から志保の声が響いても、指は動かなかった。再生回数は、画面を更新するたびに跳ね上がっていく。一万を越え、五万へ届き、十万を示しても勢いは落ちない。投稿から十分も経たないうちに、動画の下には数え切れない言葉が連なっていた。

『性格悪そうだと思っていた』

『天音真白がかわいそう』

『十七歳から持ち上げられて勘違いしたんだろ』

『白峰凛花を芸能界から追放しろ』

 知らない人間の言葉が、十年分の仕事へ火を放っていく。受賞作も、取材で語った言葉も、現場で積み重ねた時間も、一つの動画の前では何の証明にもならなかった。十七歳の夜に浴びた拍手と同じほど多くの人間が、今度は凛花の名を憎悪と共に叫んでいる。画面に照らされた白いドレスは、祝福の中心にいた女優のものとは思えないほど、冷たく色を失って見えた。

 再生回数が二十万を越えた頃、契約見直しを知らせる最初の連絡が事務所へ届いた。志保が電話の向こうで指示を飛ばし、部屋の外では慌ただしい足音が近づいてくる。それでも凛花は助けを呼ぶことも、偽物だと訴えることもできず、増え続ける数字を見つめていた。完璧な角度も選び抜いた言葉も届かない場所で、白峰凛花という名前だけが炎に包まれていく夜を、ただ立ち尽くしたまま見届けるしかなかった。

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19 章節
第2話 午前零時の炎上
 動画が公開されてから、まだ一時間も経過していなかった。 それにもかかわらず、ホテルの窓の下には、報道車両の白い屋根が次々と増えていた。 深夜の車寄せを照らす照明。その光の中を、肩へ機材を担いだ者たちが忙しなく行き交っている。正面玄関だけではない。通用口へ回る者、地下駐車場の出口で待ち構える者、宿泊客を呼び止める者までいた。 厚い窓硝子に遮られ、声までは届かない。 けれど彼らが誰を待っているのかは、確かめるまでもなかった。 凛花のスマートフォンは、テーブルの上で休みなく震えている。 所属事務所。映画会社。テレビ局。スポンサー企業。見覚えのない番号。着信が途切れた直後には、留守番電話とメッセージの通知が押し寄せた。 白い光が暗い室内で明滅するたび、凛花の名前が一人歩きしていく。 画面に表示される動画の再生回数は、すでに百万を超えていた。 扉が開き、篠宮志保が駆け込んできた。 普段なら乱れひとつ許さない髪が頬へ張りつき、黒い上着の襟も片側だけ折れている。走ったためか呼吸は浅く、廊下の冷気をまとった身体から、微かな雨の匂いがした。「誰とも話していないわね?」 志保は返事を待たず、テーブルからスマートフォンを取り上げた。電源を切り、続けて部屋のカーテンを閉める。 重い布が擦れる音とともに、窓の下に群がる白い光が遮られた。「話していない。でも、あの映像はおかしい」 凛花の声は、自分でも驚くほど平静だった。 舞台挨拶のために整えた化粧はまだ崩れていない。白いドレスも、髪も、つい先ほどまで喝采を浴びていた姿のままだった。 ただ、膝の上で重ねた指だけが、冷たく強張っていた。「私はあんなことを言っていない」「分かっている」「真白ちゃんに何があったのか確認しないと。頬に痕があった。誰かに――...」「今は近づかないで」 志保の声が低く落ちた。「あなたが連絡すれば、口止めをしたと書かれる。心配して電話をかけただけでも、脅迫したことにされるわ」「だったら、誰が真白ちゃんを守るの?」 志保の唇がわずかに動き、閉じた。 答えの代わりに、テーブルの端へ置かれた別の端末を引き寄せる。 凛花は映像をもう一度再生した。 音を消し、速度を落とす。 画面の中で、凛花が真白の腕を掴んでいる。その直後、真白が床へ膝をつく。凛花が何かを言っているように
last update最後更新 : 2026-07-21
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第3話 切り捨てられた主演女優
 午前十時。 LUXE ARTS本社の会見場には、百人を超える報道関係者が集まっていた。 無数のカメラが壇上へ向けられ、記者たちの低い話し声と、機材を調整する音が絶え間なく重なっている。前方には白い社名板が掲げられ、その下に長机と二脚の椅子が置かれていた。 用意されている席に、白峰凛花の名はない。 凛花は会見場から二つの廊下を隔てた、小さな応接室にいた。 窓のない部屋だった。 壁には何の絵も飾られておらず、古い空調が低く唸っている。革張りのソファの向かいには大型画面が置かれ、まもなく始まる会見の映像が映し出されていた。 凛花の左右には事務所の社員が一人ずつ立っている。 監視されているようだと思った。 その感覚を打ち消そうとして、膝の上で両手を組む。爪の先まで整えられた指は、触れ合わせてもほとんど温度を感じなかった。 警察署を出てから、まだ数時間しか経っていない。 一睡もしていなかったが、鏡の中の顔に疲労は残してこなかった。薄くなった化粧を直し、目元の腫れを冷やし、髪を結い直した。 誰かの前へ出るなら、女優として立つ。 それが十年間、凛花を守ってきた習慣だった。 画面の向こうで、会場の扉が開いた。 社長の葛城礼司と顧問弁護士が入ってくる。途端にシャッター音が激しくなり、白い光が壇上を埋めた。 葛城は濃紺のスーツに身を包み、沈痛な表情を浮かべていた。 四十代半ばでLUXE ARTSを立ち上げ、わずか十数年で業界最大手の一角へ押し上げた男だった。十七歳の凛花を初めて見た時、君のために世界一大きな舞台を用意すると言った。 凛花が受賞すれば、自分の娘のことのように喜んだ。 海外の仕事が決まれば、誰より先に祝福の花を贈ってきた。 その葛城が今は、凛花のいない壇上で深々と頭を下げている。「このたびは、弊社所属の白峰凛花に関する一連の報道により、多くの皆様へご迷惑とご心配をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます」 無数のシャッターが切られる。 葛城は十秒近く頭を下げ続けた。 やがて顔を上げた時、その表情には訓練された苦悩が浮かんでいた。誰が見ても、所属女優の不祥事に心を痛める責任者に見える。 凛花には分かった。 葛城は悲しんでいるのではない。 会社が責任を果たしているように見える角度と時間を、正確に選んでいるだけだった
last update最後更新 : 2026-07-21
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第4話 逃げ場のない街
 自宅マンションの前に、見慣れない車が何台も停まっていた。 凛花を乗せたタクシーが速度を落とした瞬間、歩道に集まっていた人々が一斉に振り返る。 カメラを抱えた男が、こちらを指さした。「白峰凛花だ!」 その声を合図に、数十人の報道陣が車へ殺到した。 窓ガラスの向こうで、無数のフラッシュが弾ける。 運転手が怯えた顔でバックミラーを見た。「お客さん、これ……正面からは無理ですよ」「構いません。玄関につけてください」「でも、危ないんじゃ……」「お願いします」 凛花が繰り返すと、運転手は渋々車を進めた。 車体が報道陣の群れへ近づく。警備員たちが慌てて駆け寄り、通路を作ろうとするが、押し寄せる人数に追いついていない。 凛花は一度だけ息を整え、ドアを開けた。「白峰さん!」「天音真白さんが、長期間にわたって嫌がらせを受けていたと発表しました!」「暴力を認めて謝罪するおつもりはありませんか!」「違法薬物の入手先はどこですか!」「交際相手とされる既婚の映画監督とは、いつから関係があったんですか!」「真白さんが自殺を考えるほど追い込まれていたことについて、どう思われますか!」 マイクが頬へ触れそうな距離まで突き出される。 誰も凛花の答えを求めてはいなかった。 彼らが欲しがっているのは謝罪か、逆上か、泣き崩れる姿だ。 何を口にしても、その一部分だけを切り取られる。沈黙すれば反省していないと書かれ、否定すれば被害者をさらに傷つけたと報じられる。 凛花は何も答えなかった。 警備員に守られながら正面玄関へ向かう。背後では記者たちがなおも叫び、ガラス扉を叩いていた。 ロビーへ入っても、フラッシュの光は背中を追い続けた。 エレベーターに乗り込み、扉が閉まる。 ようやく静かになった。 鏡に映る自分の顔は、朝よりもひどく疲れて見えた。 けれど、泣くことはできなかった。 ここで崩れたら、本当に何も残らなくなる気がした。 自宅のある階へ到着する。 扉が開いた瞬間、鼻を刺すような塗料の臭いがした。 廊下の白い壁に、赤い文字が殴り書きされている。 ――人殺し。 その隣には、さらに大きな文字があった。 ――消えろ。 ――二度と演じるな。 赤い塗料は完全には乾いていない。粘り気のある雫が壁を伝い、血のように床へ落ちていた。 凛花は足を
last update最後更新 : 2026-07-26
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第5話 九年ぶりの初恋
第5話 九年ぶりの初恋 KUKIホールディングス本社は、歓楽街の中心にそびえる黒い高層ビルだった。 雨に濡れた外壁は、周囲のけばけばしい看板の光さえ拒むように暗い。 無数の飲食店やクラブ、ホテルが密集する街で、その建物だけが別の秩序に支配されているように見えた。 タクシーを降りた凛花は、ビルを見上げた。 最上階は雨雲に近く、地上からでは窓の向こうまで見通せない。 九年前、朔夜は何も持っていなかった。 少なくとも、凛花にはそう見えていた。 将来の約束も、社会的な立場も、女優として生きる自分を守れるだけの力もない青年。 その彼が今は、この街そのものを見下ろしている。 凛花は濡れた髪を手で整え、自動扉をくぐった。 磨き上げられた黒い床に、みすぼらしい自分の姿が映る。 広いロビーには夜遅くまでスーツ姿の人間が行き交っていたが、話し声はほとんど聞こえない。警備員の立つ位置も、監視カメラの数も、一般企業の本社とは思えないほど多かった。 受付へ向かうだけで、何人もの視線が凛花に集まる。 顔を知られたのだろう。 だが、マンションの前にいた報道陣のように駆け寄ってくる者はいなかった。 見て見ぬふりをすることまで、この会社では統制されているようだった。「九鬼朔夜さんに会わせてください」 受付の女性は、完璧な微笑を崩さなかった。「恐れ入ります。お約束はございますか」「ありません」「それでは、お取り次ぎいたしかねます」「白峰凛花が来たと伝えてください」 名前を聞いた受付担当者の目が、一瞬だけ揺れた。 しかし、すぐに訓練された表情へ戻る。「申し訳ございません。会長は本日、すでに退社しております」「ここにいるんですよね」「会長の予定についてはお答えできません」「伝えるだけでいいんです」「お約束のない方からの面会は、すべてお断りしております」 凛花は受付の前から動かなかった。 背後で警備員がこちらを見ている。 騒げば、すぐに外へ出されるだろう。 今の白峰凛花には、面会を強要できる権力も、受付担当者を動かせる肩書もない。 それでも、ほかに使えるものはなかった。「お願いします」 凛花はもう一度言った。「白峰凛花が来たと、九鬼朔夜に伝えてください」「お客様――」「ここを追い出されても、外で待ちます。明日の朝になっても、明後
last update最後更新 : 2026-07-26
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第6話 助けを乞う代償
 執務室に、乾いたノックの音が響いた。「入れ」 朔夜が許可すると、分厚い書類を抱えた人物が入ってきた。 隙なく整えられたスーツ。細い銀縁の眼鏡。年齢の読み取りにくい端正な顔立ちには、笑みも同情もない。「槙野環です。九鬼会長およびKUKIホールディングスの法務を担当しています」 環は簡潔に名乗ると、応接用のテーブルへ書類を置いた。 凛花は、その厚みに目を奪われた。 先ほど朔夜が作れと命じたばかりとは思えない。最初から、凛花がここへ来る可能性を想定して準備されていたようにさえ見える。「お座りください、白峰さん」 環の声に促され、凛花はソファへ腰を下ろした。 朔夜は席につかなかった。 大きな窓の前に立ち、雨に沈む街を見下ろしている。 環は凛花の正面へ座り、手元の端末を操作した。「契約内容をご説明する前に、白峰さんが現在置かれている状況を確認します。訂正がある場合は、その場でお申し出ください」「はい」「本日までに出演契約を解除された作品は、映画三本、連続ドラマ二本、広告契約十一社。うち七社が正式に違約金および損害賠償を請求する準備へ入っています」 環は淡々と数字を読み上げる。「撮影済み映像の差し替え、広告物の撤去、代役を起用した再撮影、イベント中止に伴う損失まで含めた場合、現時点で算定可能な請求予定額は――こちらです」 端末の画面を向けられ、凛花は息を止めた。 一度では桁を数えられなかった。「こんなに……」「確定額ではありません。今後さらに増える可能性があります」「でも、契約解除を発表していない会社もあります」「発表していないだけです。複数社が対応を協議しています。週明けには追加の通知が届くでしょう」 環は次の資料を開いた。「所属事務所は、白峰さん個人へ責任を転嫁する方向で動いています。事務所が立て替えた費用についても、求償請求を受ける可能性があります」「事務所が私を守ると言ったことは、一度もありません」「口頭での約束に法的な効力を持たせるには、証拠が必要です」 持ち去られたノートパソコンと外付け記憶装置が脳裏をよぎる。 事務所とのやり取りも、撮影現場で起きたことも、自分なりに記録していた。 それだけを狙ったように盗まれた。「警察へ提出した被害届についても確認しました」 環の言葉に、凛花は顔を上げた。「どう
last update最後更新 : 2026-07-27
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第8話 契約の檻
 九鬼朔夜の屋敷は、都心から離れた高台に建っていた。 凛花を乗せた車が正門へ近づくと、雨に濡れた高い塀がヘッドライトの光の中に浮かび上がる。 塀の上には複数の監視カメラが設置され、死角を作らない角度で周囲を見張っていた。正門の警備室には黒い制服を着た男たちが控え、車が到着すると同時に二人が外へ出てくる。 蓮司が窓をわずかに下げた。 警備員は後部座席にいる凛花を一瞥したものの、名前も目的も尋ねなかった。すでに連絡が行き渡っているのだろう。 頑丈な門が音もなく左右へ開く。 車は長い私道へ入った。 窓の外には、夜の闇に沈んだ広大な敷地が続いている。一定の間隔で庭園灯が置かれ、その先には巡回中の警備員の姿もあった。 街から離れた静かな土地。 これだけ厳重に守られた場所なら、数時間前のように突然車へ押し込まれることはない。 そう思う一方で、凛花は胸の奥に冷たい息苦しさを覚えた。 外部の人間が入れない場所は、中にいる人間も簡単には出られない。 車が大きな建物の玄関前で停まった。「到着しました」 運転席の蓮司が告げる。 凛花は膝の上で自分の手を見た。 震えはすでに収まっている。 それでも、契約書へ名前を書いた感触だけは指先に残っていた。 白峰凛花。 自分の名前を書いただけなのに、人生の所有者を書き換えたような気がした。 先ほどまでは、自由を失うことが恐ろしかった。 だが、契約を拒絶して外へ出た直後、凛花は命まで奪われかけた。 あの車の中でどこへ運ばれるはずだったのか、男たちが何を目的としていたのかは分からない。 分かっているのは、朔夜が来なければ助からなかったということだけだった。 後部座席の扉が外から開けられる。 凛花は車を降りた。 玄関には使用人らしい人々が並んでいたが、誰も余計な言葉を口にしなかった。深く頭を下げ、濡れた凛花へタオルを差し出す。 朔夜は別の車で先に到着したらしい。 姿は見えなかった。 凛花は蓮司に案内され、広い玄関ホールへ入った。 天井は高く、床には艶のある石材が使われている。豪華でありながら、装飾は必要最小限に抑えられていた。 長く人が暮らしている家というより、誰かを迎え入れる準備だけが整った施設のようだった。「先に、屋敷内での規則をご説明します」 蓮司は廊下を歩きながら、淡々と話し始めた
last update最後更新 : 2026-07-27
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第9話 女優ではない女
 翌朝、五時半。 ほとんど眠れないまま、凛花はベッドから起き上がった。 昨夜渡された台本は、枕元に置いてある。 日付が変わってからも何度も読み返し、台詞も動きもすべて頭へ入れた。登場人物の生い立ちを想像し、感情の流れを自分なりに組み立て、どの場面を求められても演じられるよう準備した。 短い睡眠を挟んでも、台詞は一つも抜けていない。 これまでの撮影前と同じだった。 違うのは、専属のメイク担当も、衣装を持ってくるスタッフも、迎えに来るマネージャーもいないことだ。 鏡の前に座り、化粧品の置かれていない化粧台を見る。 昨夜のうちに、蓮司から指示されていた。 化粧はしないこと。 髪も必要以上に整えないこと。 用意された服を着ること。 衣装部屋には、白いシャツと濃い色のパンツ、飾りのない黒い靴が置かれていた。 凛花が普段仕事で着ていたものとは違う。 ブランドも分からない簡素な服だった。 着替えを終えた凛花は、鏡の中の自分を見つめた。 照明の下で作り込まれていない肌。 隠されていない目元の疲れ。 整えられていない髪。 そこにいるのは、映画の完成披露試写会でフラッシュを浴びていた白峰凛花ではなかった。 けれど、これから求められるのは演技だ。 見た目がどうであろうと関係ない。 それだけは、誰にも奪えない。 六時になる少し前、蓮司が部屋を訪れた。「出発します」「朔夜も行くんですか」「車でお待ちです」 凛花は『灰の鳥』の台本を持ち、蓮司の後について屋敷を出た。 空はまだ暗い。 正門が開き、黒い車が高台を下っていく。 後部座席には朔夜がいた。 凛花が隣へ乗っても、挨拶すらしない。手元の端末で何かの資料を読み続けている。「今日の審査には、何人来るの?」 凛花から尋ねても、朔夜は画面を見たままだった。「知らない」「ほかの候補者がいるかどうかも?」「日下部に聞け」「あなたが用意した仕事なのに、何も知らないの?」「俺が用意したのは、審査を受ける機会だけだ」 朔夜は指を動かし、次の資料を表示させた。「役を与えるとは言っていない」 それ以上、会話は続かなかった。 車は都心から離れ、古い工場や倉庫が並ぶ地区へ入っていく。 到着したのは、閉鎖された撮影所だった。 錆びた門の脇に、消えかけた名称が残っている。 かつて
last update最後更新 : 2026-07-27
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第10話 極道の女
第10話 極道の女 その夜、都内の高級ホテルで、KUKIホールディングス主催の慈善晩餐会が開かれた。 国内外の企業経営者や文化人、芸能関係者を招き、災害被災地の復興支援を目的とする催しだった。 例年、多くの報道陣が取材へ訪れる。 今年はそれ以上の人数が集まっていた。 九鬼朔夜が、ある女性を同伴するという情報が、事前に報道各社へ流されていたからだ。 ホテルの客室に用意された鏡の前で、凛花は深紅のドレスをまとっていた。 胸元から肩、背中にかけて大胆に開いたデザインで、身体の線に沿った生地が腰から足元へ流れている。 色も形も、大人びたものだった。 これまでの凛花なら、選ばなかった。 正確には、選ぶことを許されなかった。 清純派女優、白峰凛花。 スポンサーは、そのイメージを守るために衣装の色や露出まで厳しく管理した。胸元の開いた服は下品に見えると退けられ、赤や黒よりも白や淡い水色を着るよう求められた。 恋愛経験さえないような顔で微笑むことを期待されていた。 鏡の中にいる女は、その白峰凛花とは正反対だった。 担当者が髪を片側へ流し、露わになった首筋へ宝石を合わせる。 槙野環は少し離れた場所で、仕上がりを確認していた。「ネックレスはそちらで結構です。髪はもう少しだけ顔にかからないようにしてください」 指示を受け、担当者が凛花の髪を整える。「このドレスも、契約の一部ですか」 凛花が尋ねると、環は鏡越しに目を合わせた。「今夜の目的に適した衣装を選びました」「私の希望は聞かないんですね」「白いドレスをご希望でしたか」「そういう意味ではありません」「では、問題はないでしょう」 環は担当者から深紅の口紅を受け取り、色を確認した。「今夜、九鬼会長と一緒に会場へ入っていただきます」「今朝聞きました」「公の場で会長から離れないでください。会場内では必ず警護の視界に入る位置にいること。報道陣から質問を受けても、足を止める必要はありません」「交際を認めるの?」「質問された場合は、ご自身の意思で九鬼会長の保護下に入ったと答えてください」「保護下?」 凛花は眉を寄せた。「そんな言葉を使えば、余計に疑われる。普通の交際ではないと自分から認めるようなものでしょう」「疑わせるのが目的です」「何を?」「九鬼会長と白峰さんの関係です」
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第11話 もう一度、スクリーンへ
 翌朝、KUKIホールディングスは凛花に関する短い声明を発表した。 声明は、ホテルの防犯カメラ映像を独自に解析した結果、編集または時刻情報の改変が行われた可能性が確認されたとするものだった。 現在報道されている白峰凛花に関する一連の疑惑には、重大な事実誤認が含まれている。 映像を使用した報道機関と投稿者に対し、削除と訂正を求める。 悪質な情報拡散については、発信者情報の開示請求と法的措置を進める。 文面に記されていたのは、それだけだった。 監督の部屋へ入ったとされる時刻に、凛花が別の場所へいたことまでは明かされていない。 偽物と思われる女の正体にも触れていない。 凛花の無実を完全に証明する声明ではなかった。 それでも、世論には初めて小さな疑問が生まれた。『あの映像が偽物なら、ほかの証拠も怪しいんじゃない?』『そもそも警察の検査では薬物反応が出ていないって報道されていたよね』『事務所もスポンサーも、白峰凛花を切るのが早すぎた気がする』『音声も加工できる時代なのに、どうして最初から本物だと決めつけたんだろう』『九鬼会が都合のいいことを言っているだけでは?』『極道に守られている時点で信用できない』 凛花を非難する書き込みの方が、まだ圧倒的に多い。 薬物疑惑や天音真白への暴行を事実だと信じ、九鬼会が証拠を揉み消そうとしていると主張する者もいた。 だが、昨日までとは違う。 すべてを決めつける声の中に、わずかでも立ち止まる人間が現れた。 九鬼邸の応接室で、凛花はタブレット端末に表示された反応を読み続けていた。「どうして、あの映像を全部公表しないの?」 向かいに座る環へ尋ねる。「別の場所にいた私の映像を見せれば、少なくとも監督の部屋に入ったのが私ではないと分かるでしょう」「現段階で公開すれば、相手へこちらの手札を知らせることになります」 環は複数の報道番組を確認しながら答えた。「昨夜、九鬼会長が申し上げた通りです。映像の存在を知れば、相手は時刻情報が改竄されていると主張するでしょう。あるいは、映像の管理者へ働きかけ、別の記録を用意する可能性もあります」「では、声明を出した意味は?」「反応を見るためです」「世間の?」「世間だけではありません」 環が端末を閉じる。「声明に強く反応する報道機関、芸能事務所、関係企業。削除
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