Tous les chapitres de : Chapitre 1 - Chapitre 9

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第1話

1分20秒後、ジェットコースターはゆっくりと乗り場へ戻った。2人はそこでようやく、つないでいた手をそっと離した。篠原莉央(しのはら りお)は興奮した様子で大はしゃぎし、頬を赤く染めていた。「さっき心拍数150まで上がったんだけど!すっごくスリルあった!」藤堂晃希(とうどう こうき)は笑って莉央を見た。「俺も」2人はいつものように笑い合いながら、さっきのジェットコースターがどれだけ怖くて楽しかったかを話していた。それを聞いているうちに、私は背筋が冷たくなった。不意に莉央が、私――高梨結菜(たかなし ゆいな)へ目を向けた。「結菜は?さっき全然叫んでなかったよね」「私は……」一瞬言葉に詰まり、何と答えようか迷っていると、「はっくしゅん!」莉央が小さなくしゃみをした。ほんのかすかな音だったのに、晃希はすぐに気づいた。すぐに上着を脱ぎ、莉央の肩にかけた。「ミニスカートでジェットコースターに乗るからだ。ほら、冷えただろ」「好きで着てるんだからいいの!スリルあって楽しかったし!」莉央は晃希をじっと見つめ、わずかに眉を上げた。次の瞬間、晃希の頬に浮かんだ赤みが耳まで広がり、喉仏が何度か動くのが見えた。まだ身体に浮遊感が残っていたせいなのか。それとも、裏切られた痛みのせいなのか。目の前の光景に、めまいがして吐き気まで込み上げてきた。「晃希、低血糖みたい……」苦しさに耐えきれず、その場にしゃがみ込み、晃希へ手を伸ばした。だが、何の反応もなかった。もう一度顔を上げると、晃希と莉央はすでに10メートルほど先を歩いていた。陽の光の中で、晃希の影は長く伸びていた。莉央にはどんどん近づき、私からはどんどん遠ざかっていく。遊園地のスタッフが私を支えて立たせ、エナジードリンクを1本差し出してくれた。「お一人で回るときは、無理しないでくださいね。楽しい一日になりますように。お誕生日おめでとうございます!」私は苦く笑い、胸元のバースデーシールに触れた。今日は私の25歳の誕生日だった。入園してから、何人ものスタッフに誕生日を祝ってもらった。それなのに、すぐそばにいる一番親しい2人からは、ひと言の祝いすらなかった。スマホが震え、晃希から位置情報が送られてきた。【早く来て
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第2話

ステージにいた2人が、私に気づいた。莉央は大きく手を振ると、弾むような足取りで駆け寄ってきて、手にしていた景品のぬいぐるみを私に押しつけた。「結菜、誕生日プレゼント!ヤキモチしないでよ?これを結菜にあげたくて、仕方なく晃希くんとカップルのふりをしたんだから!」また、私のため?手の中のぬいぐるみを見つめた。大きく口を開けて笑うその顔が、まるで私の愚かさをあざ笑っているように見えた。2人は再び肩を並べて歩き出し、いつものように左側だけを私のために空けていた。私は追いついて晃希の服の裾をつかみ、小さな声で言った。「別れよう」「え?」聞き取れなかったらしく、晃希は身をかがめ、左耳を私の顔のそばへ寄せた。「別れようって言ったの!」声を張った。それでも晃希は、何を言われたのか分からないという顔をしていた。もう一度言おうとしたとき、莉央が小さく口を挟んだ。「もうすぐ花火が始まるよ。遅れたら場所なくなっちゃう」晃希はすぐに身体を起こし、莉央の手を取って駆け出した。私は1人、その場に取り残された。喉元まで出かかった言葉を、気に留める人は誰もいなかった。遠くの高台で、晃希が莉央を背負うのが見えた。鮮やかな花火が夜空に咲き、遊園地全体を明るく照らした。その光の中で、莉央が晃希の右耳に顔を寄せ、そっとキスするのがはっきり見えた。その瞬間も、周囲には大勢の人の声があふれていた。けれど、私には何も聞こえなかった。無意識に胸へ手を当てた。どこにも傷はないはずなのに、そこにぽっかりと穴が開き、風が吹き込んでくるようだった。寒い。私は黙って踵を返し、人の流れに逆らって遊園地の出口へ向かった。スマホが震えた。母からだった。【結菜、誕生日おめでとう。今日は楽しかった?晃希くん、何かサプライズしてくれた?】付き合い始めた年、20歳だった晃希は母の前で、私が25歳になるまでにプロポーズすると約束した。そして今日は、私の25歳の誕生日だった。待っていたのは花でも指輪でもない。最初から最後まで、裏切りだけだった。画面の上で指を止め、何度も文章を打っては消した。最後に送ったのは、ほんのひと言だけだった。【お母さん、もう結婚したくない。家に帰りたい】遊園地からタクシ
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第3話

晃希と暮らし始めて1年になる家へ戻った。結婚後の新居として用意したはずなのに、カーテンは私が一番嫌いな漆黒だった。床も、私の好きなフローリングではなく、灰色のタイル張り。壁に飾られた絵まで、一目見ただけで不安になるような暗い雰囲気のものばかりだった。部屋全体が暗すぎるから、もう少し明るい色合いに変えられないか、せめて小物だけでも替えたいと、私は何度か話したことがある。けれど晃希は返事をせず、こちらを見ることさえなかった。聞こえなかったのかもしれない。あるいは、聞こえていても気に留めなかっただけなのかもしれない。私は照明もつけず、暗闇の中で簡単な退職届を書いた。故郷へ帰る片道の航空券を取り、スマホの電源を切って眠った。午前4時、玄関のドアが大きな音を立てた。帰宅した晃希は、そのまま寝室の照明をつけた。白い光が、刃物のように目を刺した。「結菜、どうして何も言わずに勝手にいなくなったんだよ。俺と莉央がどれだけ心配したと思ってる?」反射的に目を細め、かすれた声で聞き返した。「夜が明ける頃まで帰ってこないくらい、心配してたの?」晃希は一瞬言葉に詰まり、先ほどまでの勢いを失った。「それは……ずっとお前を捜してたからだよ。莉央まで泣き出したから、落ち着かせてから帰ってきたんだ」私は力なく笑い、スマホを掲げた。「こうやって?」画面には、晃希の背中におぶさった莉央が、親しげに耳元へ顔を寄せている姿が映っていた。しばらく、部屋の中に沈黙が流れた。晃希は軽く咳払いし、後ろめたそうに目をそらした。「莉央は背が低くて、人に遮られて花火が見えなかったんだ。ちょっとおぶってやっただけだろ。親友にまでヤキモチするのか?」ちょっと、しただけ?本当は聞きたかった。上着をかけてあげたのも、ちょっとしただけ?指を絡めて手をつないだのも?あの一瞬のキスも?2人はこれまで、そんなふうにどれほど多くの親密なことをしてきたのだろう。けれど結局、私は背を向け、目を閉じただけだった。「これからは、2人で何をしても構わないよ」翌朝、目を覚ますと、隣には誰もいなかった。枕元には、まだ温かい飲み物が置かれていた。起き上がって部屋を出ると、晃希がキッチンで忙しそうに動いていた。「起きたの
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第4話

航空券の予約完了を知らせるメッセージが届いて、ようやく少し我に返った。航空券の情報をスクリーンショットで保存し、立ち上がって荷造りを始めた。書斎の前を通りかかったとき、わずかに開いたドアの隙間から、晃希がスマホを持ち上げ、スピーカー部分を右耳に当てているのが見えた。まるで大切な宝物を扱うように、莉央の言葉を一つも聞き逃すまいとしていた。以前、外にいて文字を打てなかったとき、私も晃希に音声メッセージを送ったことがある。あのとき、晃希は初めて私に怒った。「結菜、俺の耳が聞こえにくいって分かってるのに、どうして音声を送ってくるんだよ。少しは俺のことも考えてくれないか?」それから1週間、口を利いてもらえなかった。以来、私は二度と晃希に音声メッセージを送らなかった。それなのに今、晃希は莉央から届いた音声を、何度も繰り返し再生していた。「指輪、どうだった?結菜、気に入ってくれた?」「言ったでしょ。私と結菜は指のサイズが同じなんだから、私が実際にはめて確かめた指輪なら絶対大丈夫だって!」「それで?どうやってお礼してくれるの?」いたずらっぽい声に、晃希は目元を緩めて笑った。「数日後には、ウェディングドレスの試着にも付き合ってほしいし、式のリハーサルも手伝ってほしいんだ。そのときまとめて礼をするよ」莉央は少し間を置き、拗ねたような口調で言った。「晃希くん、結婚する相手って結菜なの?それとも私?」晃希はすぐには答えなかった。長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。「相手がお前なら、少なくとも心から嬉しいと思えるんだろうな」急に目の奥がひどく痛んだ。私は手を上げ、手の甲で目元を強く押さえた。しばらくそうしていると、ようやく熱が引いていった。私は背を向け、それ以上2人のやり取りを聞かず、パスポートや普段着ている服を数着、スーツケースに詰めた。ファスナーを閉めた瞬間、晃希がドアを開けた。スーツケースを見ると、一瞬動きを止めた。「何してるんだ?」「別に。会社の出張が入っただけ」私は顔も上げずに答えた。晃希は少しためらい、外のどんよりとした空を見た。「送っていくよ」断る理由もなかった。「うん」車は高速道路を走っていた。晃希が音楽を流すと、ゆったりとしたジャズが車内に
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第5話

晃希が部屋に入るなり、莉央は駆け寄って抱きついた。「晃希くん、やっと来てくれた……さっき、すごく怖かったの」「もう大丈夫だ。俺が来たから」晃希は莉央の髪を撫でながら、優しく宥めた。そのとき、窓の外で激しい雷鳴が轟いた。たちまち雨脚が強まり、大粒の雨が窓を激しく打ちつけた。だが、晃希はどこか上の空だった。こんな大雨の中、結菜はどうしているだろう。雨に濡れていないだろうか。傘は持っていただろうか。さっきは急いでいて、何も聞かずに置き去りにしてしまった。腰に回された腕が、ふいに強くなる。莉央が甘えるような、どこか誘うような声で囁いた。「晃希くん、今夜はこのまま泊まっていってくれない?」莉央に真っすぐ見つめられ、晃希の鼓動は速くなった。喉仏が無意識に動く。その瞬間、稲妻が走り、部屋中が白く照らされた。晃希の脳裏に、車を降りる直前の結菜の細い背中が浮かんだ。胸の奥が鋭く痛み、晃希は腕の中の莉央を押し離した。「駄目だ。結菜がまだ外にいる。捜しに行かないと!」激しい雷雨にも構わず、晃希は車を飛ばし、先ほど結菜を降ろした場所へ戻った。だが、そこにはもう誰もいなかった。どうやら結菜はタクシーを拾って立ち去ったらしい。安堵したわけでも、落ち込んだわけでもなかった。ただ、胸のあたりが重苦しかった。こんな暗い中、しかも雷雨まで来ていたのに、結菜を一人で置き去りにするべきではなかった。きっと怒っているだろう。帰ってきたら、きちんと謝ろう。晃希が車を方向転換させようとしたとき、助手席で小さな光がきらめいた。手を伸ばして拾い、目の前に持ち上げる。あのダイヤの指輪だった。今朝、確かに自分の手で結菜の薬指にはめたはずなのに、どうして車内に落ちているのか。たちまち嫌な予感に襲われた。結菜が自分で外したのか?いや、そんなはずはない。今朝、指輪をはめたとき、結菜は感激して泣いていたではないか。きっと、何かの拍子に外れてしまっただけだ。晃希は指輪をそっと掌に載せて写真を撮り、LINEで結菜に送った。【指輪、車の中に落ちてた。俺が預かっておくから、帰ってきたらもう一度つけてあげる】メッセージは送信できたものの、いつまで待っても既読がつかなかった。晃
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第6話

「結菜!結菜、帰ってきたのか……」晃希は勢いよく玄関へ向かった。だが、ドアを開けた瞬間、顔に浮かんでいた笑みが固まった。立っていたのは莉央だった。「どうして来たんだ?」声には、隠しきれない落胆がにじんでいた。「晃希くん、うちで水漏れしちゃって……しばらくここにいさせてもらってもいい?」莉央は大きな目を瞬かせ、じっと晃希を見つめた。「好きにすれば」晃希は力なく背を向けた。莉央は部屋に入るなり、玄関に置かれた小さな指輪に目を留めた。「どうして指輪がここにあるの?結菜は?」その言葉が、針のように晃希の胸へ突き刺さった。晃希は答えず、目の前の水を一気に飲み干した。返事がないのを見ると、莉央は指輪を手に取り、そのまま自分の薬指にはめた。何度も手を返しながら、満足そうに眺める。そして晃希に身体を寄せて座ると、胸元を撫でながら、甘ったるい声で囁いた。「晃希くん、結菜がいなくなったなら、私があなたのお嫁さんになってあげる」晃希の身体がわずかに震えた。「今、何て言った?」莉央は、晃希が嬉しさのあまり動揺しているのだと思った。右耳へ顔を寄せ、もう一度繰り返した。「私が結菜の代わりになって、あなたのお嫁さんになるって言ったの」「いい加減にしろ!」晃希は勢いよく立ち上がった。目を真っ赤にし、莉央を睨みつける。「何を馬鹿なこと言ってるんだ。俺と結菜の5年間を、お前なんかが簡単に取って代われるわけないだろ!」突き飛ばされた莉央はよろめき、ソファへ倒れ込んだ。信じられないという顔で晃希を見る。「藤堂晃希、今さら何を取り繕ってるの?結菜がどうして出ていったのか、本当に分からないわけ?あの子だって馬鹿じゃないんだから、私たちが友達の範囲を越えてたことくらい気づいてるに決まってるでしょ」「もう黙れ!」晃希の胸が激しく上下した。「俺とお前の間に、何があったっていうんだ!」急にすべてを否定し始めた晃希を見て、莉央はかえって笑い出した。「何もない?手をつないだのも、抱きしめたのも、キスしたのも、全部ただの友情だったって言うつもり?婚約指輪の試着も、ウェディングドレスも、式のリハーサルまで付き合わせておいて、本当にただ手伝ってもらっただけだと思ってるの?」晃希は何も言
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第7話

何時間のフライトを終え、私は故郷の空港に降り立った。こちらは穏やかに晴れ渡り、雲一つない青空が広がっていた。実家へ向かうタクシーに乗ると、女性運転手が聞き慣れた訛りで話しかけてきた。「その格好を見ると、都会から帰ってきたんでしょう?」私は笑ってうなずいた。「はい」「今度はいつ戻るの?」窓の外へ目を向ける。見慣れた町並みが、次々と後ろへ流れていった。「もう戻りません」家のドアを開けた途端、料理のいい匂いが漂ってきた。「お母さん、ただいま」母はまだ台所で忙しくしていた。私の声に振り返る。「おかえり。疲れたでしょう。早く手を洗って、もうすぐご飯だから」忙しく動く母の背中を見つめて、私は初めて気づいた。いつからか、その背中はすっかり丸くなっていた。不意に鼻の奥がつんとした。父が亡くなってから、母はずっと1人でこの家を守ってきた。以前の私は、仕事と晃希のことで頭がいっぱいだった。晃希と都会で家庭を築くことしか考えていなかった。そして、たった1人の家族である母を置き去りにしていた。食事が始まると、母は次々と私の皿へ料理を取り分けてくれた。「結菜、これ好きだったでしょう。豚の角煮。こっちのスペアリブの甘酢煮も、子どもの頃はたくさん食べてたじゃない」私たちは暗黙のうちに、あの恋愛の話を避けていた。どちらからも口にしなかった。そのとき、家の電話が鳴った。母は私を一度見てから、電話の前へ向かった。「晃希くんから」そう言って受話器を取った。「おばさん、結菜はそちらに戻っていますか?」「ええ。娘ならここにいるわ」「よかった!」電話の向こうで、晃希がほっと息をついたのが分かった。「結菜に代わってもらえませんか?話したいことがあるんです」母はもう私を見ず、落ち着いた声で受話器に向かって話した。「結菜はもう、あなたとは別れたつもりでいるの。今は一人で静かに過ごしたがってる。晃希くん、あなたがしっかりした優しい子だったことには、今でも感謝しているわ」「おばさん、お願いします。もう一度だけ機会をください。結菜ときちんと話をさせてください!」「晃希くん、気持ちは無理にどうにかできるものじゃないわ。縁がここまでだったということもあるのよ。結菜は理由もなく
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第8話

「結菜、迎えに来た!一緒に帰ろう!」久しぶりに会った晃希は、ひどく痩せていた。しわだらけの上着は身体に合わず、だぶついている。髪は乱れ、目の下には濃い隈ができていた。長い間、まともに休んでいないように見えた。私がほとんど反応を示さないのを見て、晃希は慌てて口を開いた。「結菜、本当に悪かった!莉央に惹かれたのは、ほんの一時の新鮮さや刺激に目がくらんだだけなんだ。誓ってもいい。最初から最後まで、俺が愛していたのは結菜だけだ」晃希は胸に手を当て、必死な顔で誓った。私は手を止めず、そのまま商品棚を整理しながら静かに言った。「晃希、もう元には戻れないよ。帰って。これ以上、無駄なことはしないで」小さな声だったが、晃希にははっきり聞こえた。一言も聞き漏らすまいとするように、無意識に右耳をこちらへ寄せてくる。「頼むよ、結菜。今回だけ許してくれ。本当に一度だけでいい……5年も一緒にいたのに、どうして簡単に捨てられるんだよ……」私はかすかに笑った。「晃希、この関係を先に捨てたのは、あなたでしょう」晃希は焦ったように顔を赤くしたが、何も言い返せなかった。次の瞬間、彼は突然、私の前にひざまずいた。その目には涙が浮かんでいた。「そうだ。全部、俺が悪かった。結菜、もう一度だけ機会をくれないか?」そう言ったあと、何かを思い出したように、慌ててポケットから1枚の写真を取り出した。そこには、温かみのあるシンプルな内装の部屋が写っていた。「この数日で、新居を改装し直したんだ。結菜が好きな、明るい色合いにした。一緒に帰ろう、結菜。この家で、これからの人生を2人で過ごそう。信じてくれ。今度こそ、きっと幸せにするから」私は長い間、その写真を見つめた。そして、声もなく笑った。聞こえていなかったわけでも、私の望みに気づいていなかったわけでもない。ただ、それほど大切に思っていなかったから、何度訴えても見て見ぬふりをしていただけだった。「晃希、私たちは本当に終わったの」そう言うと、私は視線をそらし、それ以上彼を相手にしなかった。どれほど懇願されても、心が揺れることはなかった。その後、晃希は帰っていき、私の前には姿を見せなくなった。けれど、毎朝決まった時間に店先へ置かれる朝食。夜、店を閉めて帰る
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第9話

店の中では、莉央が母の前にひざまずき、服の裾をつかんで泣き叫んでいた。「おばさん、お願いです。結菜に、もう晃希くんとの仲を邪魔しないよう言ってください!」母は怒りのあまり胸を押さえ、震える指で莉央を指したまま、言葉も出ない様子だった。私は莉央の頬を力いっぱい平手で打った。乾いた音が響き、莉央の顔が横を向いた。「莉央。長年の友達だったから、私は今まで一度もあなたを問い詰めなかった。でもあなたは、もうすぐ結婚するはずだった私の恋人と、平気で恋人同士のようなことまでして、今度は母まで傷つけに来た。いったい何がしたいの?」莉央は頬を押さえながらも、少しも悪びれなかった。それどころか、当然だと言わんばかりに言い返した。「私はただ、晃希くんを本気で好きになっただけ。初めて会ったときから惹かれてたの。それの何が悪いの?私たち、親友だったでしょ?だったら晃希くんを譲ってくれたっていいじゃない!」「黙れ!」人だかりの中から、怒鳴り声が響いた。晃希が足早に店へ入ってきた。額には青筋が浮かび、怒りを抑えきれない様子だった。「何度もはっきり言っただろ。俺は一度もお前を愛したことなんてない。最初から最後まで、俺の心にいたのは結菜だけだ。こんなところで、何を勝手に騒いでるんだ!」莉央は怒るどころか、笑顔で晃希に飛びついた。「晃希くん、やっと口を利いてくれた……ずっと会いたかった」次の瞬間、晃希は莉央を強く押し離した。莉央はそのまま床へ倒れ込んだ。晃希はすぐに私と母の前へ来ると、深く頭を下げた。「おばさん、結菜……本当にすみませんでした」私はもう彼を見なかった。母を落ち着かせている間に、晃希は莉央を引きずるようにして店から連れ出していた。それ以来、2人が私の前に現れることはなかった。後になって、2人はまた揉め事を起こし、そろって警察沙汰になったと聞いた。けれど、私の心は少しも動かなかった。私は母と一緒に店を守りながら、穏やかな毎日を大切に過ごした。やがて店は少しずつ繁盛し、客も増えていった。そこで私たちは、2号店を出すことにした。新しい店の開店日。私は母の腕を取り、一緒にテープカットの壇上へ上がった。周りでは、多くの親戚や友人たちが拍手を送ってくれていた。テープを切った
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