雨が降っていた。 夜の繁華街は、雨が降ると少しだけ静かになる。 人の声も、車の音も、水音に溶けて丸くなる。酔った客を乗せたタクシーが水たまりを跳ね、古びた雑居ビルの看板が濡れた路面に赤や青の光を落としている。ネオンの色は、水面の上でだけ本物より鮮やかに見えた。 記者は、その光の中を歩いていた。傘は差していない。差すのが面倒だったというより、雨に濡れることに慣れすぎていた。 この街を十年近く歩き続けていると、雨も夜も仕事道具の一部のように思えてくる。 今夜の取材相手は、表向きには飲食店をいくつか経営する実業家だった。市内に三軒の焼肉店と、二軒のバーを持っている。 地元の経済誌には「若手成功者」として何度か紹介されたこともある男だ。 しかし記者が追っているのは飲食店ではない。男が裏で動かしている違法賭博と、土地の買収、それに絡んだ政治家への裏金だった。 半年かけて集めた証言と資料は、すでに記者の中で一本の線としてつながっていた。あとは本人の口から、決定的な一言を引き出すだけだった。 事務所に入ると、男は一人で待っていた。応接セットのソファに深く腰かけ、テーブルの上には水割りのグラスが一つ。氷はもう半分溶けていた。壁には賞状めいた額がいくつも並び、どれも地元の商工会や青年会議所から贈られたものだった。 「遅かったな」 「時間通りです」 「新聞記者ってのは、もっと偉そうな顔をしてくるもんだと思ってた」 「偉そうにしたら、話してくれますか?」 男が笑った。 こういう笑い方をする人間を、記者は何人も見てきた。 相手を馬鹿にしているわけでもない。かといって親しみを持っているわけでもない。 ただ、こちらがどこまで踏み込んでくる人間なのかを測っている。 値踏みの笑いだ。長年この業界にいると、その笑いの奥にある計算まで見えるようになる。 「三年前の土地買収について聞きたい」 「何のことだ?」 「あなたの会社が買った土地のことです」 「合法だろ」 「土地を売った会社の社長は、翌月に海外へ逃げています」 「知らないな」 「その社長の借金を肩代わりしたのは、あなたのところでしょう」 男の笑顔が消えた。 ほんの一瞬だったが、記者はその変化を見逃さなかった。 記者は録音機をテーブルの上に置いた。 「質問を変えます。あなたは、あの土地に
Last Updated : 2026-08-12 Read more