All Chapters of シンデレラ証券口座 ~私と御曹司と恋の利回り~: Chapter 1 - Chapter 10

26 Chapters

第1話:冷酷御曹司の誘い

 報酬は三千円。新宿の貸し会議室に午後19時集合。 それは、社会人向け無料セミナーのアルバイトだった。 説明には「就業後に話を聞くだけの簡単な副業体験モニター」と書かれていた。 当然、怪しい。 普通なら、こんな案件には手を出さない。「話を聞くだけで三千円」なんて、裏があるに決まってる。マルチ商法の勧誘か、怪しい投資セミナーか、最悪の場合は詐欺の片棒を担がされるか。 ——でも私はもう、選べる立場じゃなかった。 給与だけでは、もう生活がままならないのだ。昼間の仕事に影響のない時間で、少しでも収入を増やさなければならなかった。 電車に揺られながら、窓に映る自分の顔を見た。 疲れている。目の下に隈がある。化粧で隠しきれないくらいの。 ——27歳。もうすぐ28歳。 同年代の友達は、結婚したり、昇進したり、海外旅行に行ったりしている。SNSを開けば、キラキラした写真ばかり。 私だけが、取り残されている気がした。 でも、他人を羨んでも仕方ない。今の私にできることは、目の前の三千円を確実に手に入れることだけだ。 会社では毎日、上司の嫌味に耐えている。「天道さん、また間違えてる」「こんな簡単なこともできないの?」——そんな言葉を浴びせられながら、私は愛想笑いを浮かべるしかない。 辞めたい。何度もそう思った。 でも、辞めたところで次がない。転職活動をする余裕もない。貯金はゼロ。いや、マイナスだ。 だから私は今日も、怪しいと分かっていながら、この会場に来てしまった。 ——情けない。本当に、情けない。 心の中で、自分を嘲笑う。でも、笑ったところで現実は変わらない。      ◇  会場には、スーツ姿のビジネスマン風の男たちが十数人。 私のような「仕事に疲れ果てた末に藁にもすがるような顔をした人」は、ほんの数人だった。 壁際のテーブルにペットボトルの水と資料が並び、前方にはスクリーンと演壇。最前列にはスタッフらしい若い女性が数人いて、どこかで見たことがあるようなモデル風の美人が揃っていた。 ——こういう綺麗どころで釣るのは、マルチやネットワークビジネス系が使う常套手段だ。 私も、見た目で彼女らに負けているとは思わない。 母譲りの目鼻立ちは、よく「綺麗」と言われる。でも、私はその言葉が嫌いだった。母は、その美貌を使って男から金を引き出すよう
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第2話:九条という“怪物”

 終えて、私は麻布に向かった。 電車の中で、昨夜のことを何度も思い返していた。100万円という数字。三條圭の冷たい目。 ——夢じゃなかった。 指定された麻布のカフェ『アリル』は、まるで一般人を寄せつけない雰囲気を纏っていた。 表には真鍮の看板もない。無機質な壁に大きめのドアらしき造作が施されていて、一見カフェだとは分からない。 深呼吸する。 ——大丈夫。私は、変わるって決めたんだ。 中に入れば、漆黒の壁と大理石のカウンター。控えめな照明。並ぶのはスーツの男と、MacBookを開く女性ばかり。値段の書いてないメニュー表。 庶民の私には「場違い」という言葉すら控えめに思える。「九条様がお待ちです」と言われ、奥の個室に通されたとき、私は直感的に理解した。 ここが、異世界の入り口だと。      ◇ 「ああ……やっと来たか。三條の坊ちゃん、ずいぶん気まぐれなことをする」 部屋の奥にいたのは、50代くらいの男だった。 第一印象は——「危険」。 無精ひげに、革ジャン。だがシャツは高級イタリア仕立てで、腕にはロレックス。指には、ミニマルだが重厚なシルバーリング。 アウトローと紳士が、矛盾なく同居している。 座り方にも風格があった。背もたれに深く寄りかかっているのに、どこか隙がない。身体の芯に、緊張が宿っている。 顔には、深い皺が刻まれていた。でも、それは老いではなく、経験の証に見えた。何かを乗り越えてきた人間だけが持つ、重みのある皺。 ——この人、ただ者じゃない。 その空気が、皮膚に刺さるほど強烈だった。 三條圭とは、また違う種類の「怖さ」。圭は氷のような冷たさだったけど、この人は——炎。触れたら、焼かれる。「……あの、九条先生、で……すか?」「そうだよ。美咲ちゃん」 彼は書類を閉じ、私の顔をじっと見た。 その目は、どこまでも冷静で、洞察的だった。まるでCTスキャンのように、私の内側まで見透かしているような。「今度はあんたが新しい犠牲者ってわけ?」「……犠牲者?」「まったく、三條の坊ちゃんの道楽には毎度付き合いきれない。飽きれば捨てる、気まぐれで拾う」 その言葉に、胸がチクリと痛んだ。 ——やっぱり、そうなんだ。私は「拾われた」側。「……」「だがな」 九条が、身を乗り出した。私の顔を近くでまじまじと見つめる。
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第3話:投資はギャンブルじゃねぇ

 目の前には、ノートとペンと、スマホの証券アプリ。 九条に渡された革の手帳の最初のページには、ボールペンで力強くこう書かれていた。 ――「自分のルールを書け。負けたくないなら、まず“|損を減らす設計《リスクヘッジ》”から始めろ。」 そう言われてまず書いたのは—— 『下がってる時に売らない』    ……当たり前過ぎる、我ながらアホっぽいルールだ。 九条をチラッと見ると、身を乗り出してノートを覗き込み、ニヤッと笑った。「ほう、悪くないルールだ」 褒められたのが意外だったが、それ以降はずっと手が止まっていた。 損を減らす? 設計? そもそも、投資にそんなルールがあるなんて初めて聞いた。「考えても分からないか?じゃあまず、1万円だけ何か買ってみろ」 ソファにふんぞり返ったまま、九条が言った。「緊張する必要はねぇ。入門者はとにかく“場数”だ。だが——適当に選ぶなら、今すぐ帰れ」「……はい、真剣に選びます」 預かってるお金とはいえ、今の私にとっては一万円でも大金だ。  息を整え、スマホの証券アプリを開いた。 慣れない指でログインし、「人気銘柄ランキング」へ。「今上がってる株……注目されている銘柄」 つい、検索画面にそう打ち込もうとした時。「——おい、やめろ」 九条の声が低く響いた。「それ、やってる時点でお前は“負け組”だ。『上がってるから買う』は、バカの思考だ」 思わず手が止まる。「どういう……意味ですか?株って結局は人気投票みたいなものですよね」「バカたれ……“上がってる”ってのは、もう他人が仕込んでるってことだ。 つまり、今のお前は“爆発した打ち上げ花火をジャンプして掴みにいこう”としてる。な?バカだろ」「……たしかに」 言い方はキツイが間違ってはいない。「値動きの結果を見て判断するな。“理由”がなけりゃ、選ぶな。銘柄じゃなく“構造”を見ろ」 ていうか構造って何? まるで経済学の教科書をいきなり開かされたような気分だった。「じゃあ……こういうことかな」 私は九条に聞かれないよう、無言のまま有名企業の銘柄を探し始めた。「正直に言ってみろ。いま、“有名”なのを探してただろ」「……はい。やっぱり、それが安心かなって……」 九条は鼻で笑った。「女ってのは、どうしても“ブランド信仰”が抜けねぇん
last updateLast Updated : 2026-08-26
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第4話:港区女子の誘惑と決意

  ——初めての「投資」を体験した翌朝。 私は、いつものように駅前の売店で焼きそばパンとコーヒーを買い、出勤ラッシュの波に揉まれながら会社の自動ドアをくぐった。  頭の中には、昨晩の九条の声がこだましていた。  ——底辺には底辺の上がり方がある。  言葉にすると短いのに、やけに刺さる。 私のような“持たざる女”にとって、あれは脅しでも慰めでもなく、一つの「現実」だった。  実家も地味な団地、両親も早くに離婚し、母は副業で夜の仕事しながら私を育てた。 奨学金で大学に入り、仕送りのない学生時代もバイトで乗り切った。 だから、就職先が「とりあえず潰れない中小企業」だっただけでも、私は運が良かったのかもしれない。  ただ……九条に言われたように、“見た目”に恵まれているとは自分でも思う。  でも、それに頼って生きる女にはなりたくなかった。 そう思っていた。いや、そう「思おうとしていた」。 それはきっと——母への反発だったのだろう。  でも今はそんな私情よりも、週末のABCフーズの中間決算のほうが心配だ。  昼休みに給湯室に入ると、コーヒーの香りが漂い、いつも通りの昼下がりの静けさがあった。 ——カチッ。  その音に顔を上げると、給湯機の前に派手な女性が立っていた。「天道さん、ここにいたのね」 声の主は、同僚の窪田カヲリ。 インスタのフォロワーは5千超え。Diorの小さなハンドバッグをさりげなく机に置き、ネイルは今季の流行色で塗り上げられている。 そして手首にはさりげなくシャネルの時計、ヒールの裏からのぞくルブタンの濃い赤色が「私は持ってる女」を醸し出している。  その指先で何度も小物をいじって、それをアピールしているようだった。  正直、こういう“承認欲求を全身で着てる女”は苦手だ。  「ねえ、天道さんて……もっと稼ぎたいと思わないの?」 その唐突な問いに、私は思わずお茶を噴きそうになった。 「え?どういう意味( まさかマルチの勧誘じゃないよね?!)」 内心構えた瞬間、彼女は小首をかしげた。「六本木のLUXって知ってる?」「知らない……けど、なんか夜っぽい?」 「そう、いわゆるラウンジ系でさ。客として座るだけで、時給数万円。容姿と愛想があればOLでも、夜だけで結構な稼ぎになるよ」「
last updateLast Updated : 2026-09-03
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第5話:私を守れるのは私

 ——“仮説が崩れたら即撤退” それは、私がノートに書いた、ルールだった。 しかし、そのルールを守るには、あまりにも心が揺れてしまった。  金曜日、九条のオフィスを訪れた。 コンクリートうちっぱなしのミニマムなその部屋は思ったより整頓されていて、九条の雰囲気に反して几帳面さを感じた。 (この人、意外と真面目なのかな) 本人は部屋に中央にある、使い込まれたル・コルビジェのソファにどかりと腰を落とし、ここが自分の定位置だと言わんばかりにふんぞり返っていた。「さあて、お前の仮説はどうなるかな」 私は対面に置かれたアーロンチェアに座り、スマホでABZフーズの中間決算を見守る。 仮説では30%以上の業績上方修正。 その結果は—— 売上は予想以上に増加。  しかし利益が、市場予想を下回る“微増”に留まった。 宅配アプリの利用者の増加、物価高に伴う単価上昇、ライバルの撤退ニュース——好材料が揃ってたのに何故!? その理由というのが「仕入れコストの上昇」「人件費の圧迫」といった、四季報にない、私が考慮していなかった要素ばかりだった。 結果株価は、購入時から5%マイナスのまま止まっていた。 ——仮説は崩れた。 『下がってる時に売らない』というのは下落中に狼狽売りをしないというルール。 株価が落ち着いている今、自分ルールに従うなら 『仮説が崩れたら即撤退』ということになる。 私はスマホを握る手を震わせながら、売却ボタンを押した。 初の投資結果は500円の損失。    しかしその数字以上に、ショックは大きかった。    「——なんで、あんなに考えたのに」  そうつぶやいた時、速報が飛び込んできた。 【ABZフーズ、競合企業ピナックと経営統合・合併を視野に協議】 次の瞬間、株価が急騰した。マイナスから一転、+12%へ反転する。  「……え? なによそれ……」  売った直後に上昇?  目の前のチャートが信じられなかった。 こんなの、仮説でも何でもない。完全な“想定外”。 だけど——    「……今買い戻せば、損失を取り戻せるかも!」   それをじっと見ていた九条が、静かに呟く。  「——おい、お前が最初に決めたルール、忘れたのか?」   その言葉に、背筋が冷たくなる。 「お前が今やろうとしてるのは、“
last updateLast Updated : 2026-09-06
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第6話:六本木レジェンド倶楽部

 六本木プラザタワー。  東京で最も有名なビルの一つであり今夜の社交界の舞台。 私が向かったのはそのエントランスの奥、ひっそりとした通路の先にある「六本木レジェンド倶楽部」へつながる専用エレベーター。 ほのかな光壁に照らされた淡いグレーのエレベーターホールは、東京のど真ん中とは思えない静寂に包まれている。 そこには、一組のカップルが居た。 男性はグレーのスーツを纏った壮年紳士。 女性はエルメスのドレスに髪を美しく巻き上げた淑女。 その姿勢、身なり、身のこなしを見るだけで「持つ者たち」だとわかる。 私は彼らの後に続き、静かにエレベーターへと足を踏み入れる。 ——行き先ボタンは一つ、“58階”のみ。 まさに選ばれた人間だけが辿り着ける場所。 エレベーターがゆっくりと昇るにつれ、あの男女が時折こちらをチラリと見た。 (まさか、一人で来たのが変……?) (服装はちゃんとしてるし、プロにメイクしてもらったし……大丈夫だよね) その時、本庄マイクが最後に言っていた言葉を思い出す。 ——「完璧に仕上がったわ。 あとはあなたが堂々と歩けば完成……自信を持ちなさい」 心の中で深く息を吸う。緊張は消えない。でも、顔に出すわけにはいかない。 58階に到着すると、金属の重い音を残して扉が開いた。 受付前で先ほどのカップルが金色の会員カードを提示し、慣れた様子で奥へと案内されていく。 私は……カードなんて持っていない。 一瞬だけ足がすくみそうになったが、拳を小さく握り自らを鼓舞する。 「——本庄さんに、何より三條さんに、恥をかかせるな!」 私は姿勢を正し、ゆっくりと、そして堂々と受付カウンターへと歩き出した。 すると周囲にいた人々が次々と私を見る。 明らかに、妙に注目されている。 それでも怯まず受付に事情を説明しようと声を出す。 「あの、私は——」 そう言いかけた瞬間、脇に控えていた黒服の男性が、穏やかな声で話しかけてきた。 「失礼いたします。天道様でいらっしゃいますね?」 「え? はい、そうです。天道美咲です」 「お待ちしておりました。三條様がいらっしゃる特別控室へご案内いたします」 私は少し戸惑いながら、その男性にエスコートされる。 円形の建物に沿った緩やかなカーブを描く廊下の先、柔らかい絨毯を踏みしめて歩く。 「あ
last updateLast Updated : 2026-09-08
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第7話:『私の覚醒』情報の海へ

 そして舞台は六本木レジェンド倶楽部のイベントホールと移る。 巨大なクリスタルのシャンデリアが天井から降り注ぎ、深紅の絨毯の上には光沢のある革靴とドレスヒールが静かに舞っていた。 それらが眩い光となって瞳に刺さり、立っているだけで全身がこわばる—— これが、社交界。三條財閥グループが仕切る——財界パーティ。  私は、たしかにここに立ってはいるけれど、 あまりにも場違いな気がしてならなかった。  どこを見ても“名のある者”たち。  某メガバンクの頭取に、総合商社の会長。政財界のパトロン、医療系ベンチャーの創業者、有名なキャスターや作家まで。 男性たちは笑顔でグラスを掲げ、女性たちは静かに相づちを打ちつつ、自然に名刺を交換していた。 三條圭の周りにもひっきりなしに人が訪れ、名刺を差し出している。  ——名刺。そう、ここでは“名刺”こそが自分の存在そのものなのだ。  でも、私はこの人たちに見せられるような名刺を持っていない。 もちろん肩書きも、実績も、何もない。   しいていえば、三條圭の同伴者ということだけ。   もし声をかけられたらどうすればいい? まさか、三條財閥と無関係の、中小企業の会社員で、資産どころか借金を背負う立場だなんてとても言えるわけがない。 三條圭の隣に立っているけど、なんだか孤独だった。  周囲の誰もが流れるように会話をしているなか、私だけが浮いている。 そんな気がしてならなかった。  気づけば、三條圭の側を離れ、胸元で手を組み、テーブルの隅に寄っていた。  (私、何してるんだろう……)  そのとき、目に入ったのはテーブルの上に並んだ美しい料理たちだった。 まるで芸術品のように盛り付けられたフィンガーフード。キャビア、トリュフ、フォアグラ。 すべてが雑誌でしか見たことのないような、高級食材ばかり。  (そういえば、最近、昼食もろくに食べてない。せめてひと口だけでも……)  手を伸ばそうとした、その瞬間。 「——およしなさい」 背後から、静かな、けれど鋭さを帯びた声がした。 振り向くとそこに立っていたのは、三條愛。 三條圭の母であり、社交界の女王として知られる人物だ。  側に立っているだけでも、今もなお場の空気を変える“本物の気配”を纏った淑女だった。  
last updateLast Updated : 2026-09-09
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第8話:もう一人の御曹司

 パーティも終盤となり、参加者たちの飲酒も進んでいた。 そのせいか六本木レジェンド倶楽部のホールの空気はさらに濃密になっていた。 豪奢なシャンデリアが煌めき、グラスの鳴る音、低く抑えた会話、立ち上る香水と酒の混じる匂い。 そんな中で、私はさらに神経を静かに研ぎ澄ませていた。 「なるほど……このなかでシラフを保っているのって、有利かもしない」 あのまま料理に手をつけていたら、当然お酒も増えて私の感覚もアルコールに飲まれてしまっていたような気がする。 三條愛は、そういうことも見越していたんだろうか。 「すごいな……あの人は、どんな次元でこの風景をみているんだろう」  すると突然、ホールの片隅にいた私に、三條圭が声をかけてきた。 観察に集中し過ぎて、彼が近づいている気配にまったく気づいていなかった私は、驚きを隠せなかった。 「あ! 三條さん、ごめんなさい。私、人を見るのに夢中で」  三條圭。彼はパーティの中心に立ちながらも、どこか浮いているような孤高の存在感を放っている。 でも今夜は、そんな彼の目線に、少し近づけたような気がする。 「……さっきまでと、君の目の色が違うように見えるな」 ふと彼が私を見て言った。  その言葉に、私は少しだけ微笑んでみせる。「はい……この世界の“構造の見え方”が変わった気がします」 圭はわずかに驚いた表情を見せる。 「……もう“それに”に気がついたのか」 すると彼は、私の視線の先に圭の母・三條愛がいることに気がついた。    彼女もその視線に気づいたのか、一瞬私たちを見て僅かに微笑んだ。 その眼差しは優雅で、そして優しかった。  「……なるほど、母が何かを教えたか。あの人が、初めて会った人間を“認める”とは珍しいな」  私は無言で頷いた。  「いえ、ちょっとお叱りと激励をうけただけですよ」  この世界で、自分がただの“同伴者”で終わらないために——。    私は、もっと私の意思で、変わらないといけないんだ。 その時—— 三條圭は、ゴールドベージュを纏った美咲の、洗練されたコーディネートと美しさに目を奪われていた。これまでの誰とも違う、媚びることのない強さと、不器用な誠実さ。 ——なぜこうも、美咲の存在が気になるのか。 圭は自問しながらも、簡単に答えを出すこと
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第9話:見える者へ

 数日後の夜。  コンクリート打ちっぱなしの九条オフィス。  壁際の棚には資料の山。だが机の上は意外なほど整然としている。  私は、いつもより少し背筋を伸ばして椅子に座っていた。 対面のソファでは、九条がやや前のめりに身体を傾け、手元のレポート用紙をじっと睨んでいる。  その表情は真剣そのものだった。 「……なあこれ、お前が……ひとりで考えたのか?」  九条の声が低く響く。 「はい。これが、私の——残る999,500円の投資プランです」  私は、胸の内で緊張をなだめるように、ゆっくり息を吐く。  九条は黙ってページをめくる。 その目が細くなった。   (……ダメな部分があれば、きっとズバズバ指摘される——)  彼は何度もレポートをめくり直し、ため息をつく。 沈黙が続く中、私は耐えきれず口を開いた。 「……もし、足りないところがあれば、また作り直しますので——」  九条は手元の紙をトンと揃え、こちらを見た。「いや、悪くない。というか……正直、驚いている」 その声色に、思わず目を見張る。「……官民連携のAIヘルスケア、都市型再開発、資本提携直前の通信大手……どれも“現場の情報”が仮説のベースになっている」「そうです。“上昇材料の先回り”で、まず発表が早い一銘柄に資金を集中します」 九条が小さく頷く。「で、上がったら売って移ると?」「はい。仮説に達したら伸び切る前に利確。次の“材料待ち銘柄”に即移動。これを繰り返します」「……リスクは?」「当然あります。でも、“仮説”が外れても、次に移るだけ。重要なのは“回転力”と“判断の速さ“で複利の化物を短期で育てること」 一瞬の沈黙のあと、私は言い切る。「これは希望とか夢じゃなく、情報と速度で積み上げる資産形成プランです」 すると九条がニヤリと笑みを浮かべた。「つまり……“見えない構造”に仕込む。三條圭のやり方によく似てる——彼に聞いたのか?」 私は思わず首を横に振った。「いいえ。三條さんからアドバイスは受けてません。ただあのパーティで見たり聞こえた“情報”を、各社の四季報、経済誌の記事などに照らして全部仮説に組み込んだんです」 (——パーティで、“見聞きした”だけだと?   なんてやつだ……もうその“目”を持ち、しかも構造に落とし込める
last updateLast Updated : 2026-09-14
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