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28 Capítulos

一石

その子と初めて出会ったのは、師走の晴れた早朝。オープンとほぼ同時に来店したからよく覚えている。大学……いや、高校生だろうか。黒のジャケットに派手めの髪色。女性客は年齢問わず多いけど、若い男の子ひとりの来店は珍しい。ただ陳列された石を見る顔は真剣そのもので、不意の横顔に見蕩れてしまった。「なにかお探しでしたら、遠慮なくお声がけくださいね」少し離れた場所からゆっくり声を掛ける。すると彼はソワソワしながらこちらに顔を向けた。他にお客がいないことを確認し、目の前の大理石のトレイに置かれた石を指さす。「この石は、何か意味とかあるんですか?」彼の隣に立ち、指し示された品を見る。それは白く、傾けると七色の光を放つ石だった。「シンセチックオパールですね。小さな幸せを届けてくれると言われてますよ。あとは創造力を高める、明るさや希望を与えてくれるという石言葉があります。ただ……」「ただ?」「パワーストーンとしての効果に興味がおありでしたら、他の石の方が良いかも。シンセチックオパールは人工石なんです。オパールなんて言ってるけど、実はオパールじゃなくてガラス石ですし」「えぇ……」男の子が露骨にがっかりして見せたので、笑いながら「でも綺麗でしょう?」と持って見せた。この石に限らず、市場の低価格で販売されている天然石は合成石であることが珍しくない。それでもその石が持つ石言葉を信じれば、御守りとして持つのに充分だ。神社で買える御守りの効力を信じない人はたくさんいるし、パッと入った海外の雑貨屋の魔除けを信じて買って帰る人もいる。結局気の持ちようだ。だから普段何が売れようと傍観してる方なんだけど、この子があまりに真剣に見てるから、聞かれてもないことを喋ってしまった。こんなこと初めてだ。何となく、店に入ること自体緊張しているように見えたから……いつかの自分と重なったのかもしれない。「優しい色と光を帯びてて、僕も好きな石です。部屋 にも置いてるぐらいなんで」短く笑うと、彼はわずかに目を見開いた。「お差し支えなければ、ご自身用か贈り物かお聞かせ願えませんか」「プレゼント……。ばあちゃんが入院しちゃって、そういやこういう石が大好きだったな、って思って」「そうでしたか……。大変でしたね」彼はわずかに俯き、小声で答えた。気になるが、プライベートなことを深く聴くわけには
last updateÚltima actualización : 2026-08-31
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#1

「な……何言ってんの」「何って、宙さんが言わせてるんじゃないですか。俺が本気だってこと分かってるのに」言葉を失った。彼は気付いていたんだ。彼の好意を、俺がどう思っているか。そして、俺の態度が全て演技だということも。「人とあまり深く関わりたがらないのも、そのせいなんでしょう? でもすみません、俺はこうと決めたら頭より体が先に動くんです。宙さんが俺と会うことを不安に思ってるなら、尚さらぐいぐい関わるつもりです」多分、彼は俺の想像よりずっと意志が固い。本気だろう。でも、だからこそ申し訳なくなる。「……ごめん。俺は最低な奴だよ。嫌われたくないし、頼りになるって思われたいから、君の前ではかなり無理してる。騙してるのと一緒だ」「じゃあ今度は演技じゃなくて、本音をぶつけてください。何言われても傷つかない自信あるので」顔が熱くて仕方ないし、できれば今すぐ走って逃げたい。本音……。それこそ、口が裂けても言えない。額を押さえて俯くと、彼は頷き、泣きそうな顔で笑った。「時間をください。貴方を守る覚悟はできてるけど、貴方を幸せにするっていう確信も一緒に渡したいから。景さんを安心させられる大人になるんで、それまで待っててもらえませんか?」う……。恥ずかしいやら嬉しいやら、もうどうしたらいいのか分からない。一応大人だっていうのに、歳下の熱烈過ぎる告白にフリーズしてしまった。駄目だ。引っ張られそう。俺の中にかろうじて残ってる優しさを、彼に全部あげてしまいたい。「……絶対その前に他の子を好きになると思うよ?」「いいえ。宙さんじゃなきゃ絶対嫌です」雨は降ってないのに足の力が抜けて、フラフラしてきた。段々、お互い意地になって言い合ってる。でも人が増えてきたし、通行の邪魔になっていたので、両手を上げて降参のポーズをとった。「気持ちは分かったけど、この話はもうやめ。ほら、帰るよ」踵を返して別の路線へ行こうとすると、透夜は最後にもう一言、声を張り上げた。「宙さん。大好きです」それはどんな雑踏の中でも、荒れた心の中に優しく響いた。「…………っ」振り返りかけたけど、心を鬼にして立ち去った。視線を感じたけど、なるべく歩くことに集中して電車に飛び乗る。「はぁ……っ」疲れた。情けないことにまだドキドキしてるし。ドアの付近に立つと、自分の顔がガラスに映っ
last updateÚltima actualización : 2026-09-02
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#2

『戸波の奴、文化祭当日に休むとかないよな。あいつ実行委員なのに』『まーまー、期待を裏切らないってことで逆に分かりやすいじゃん』『うん、キャラ徹底してるよな。尊敬するわ』雨音を掻き消すように、ひどいノイズが頭の中に反響する。『また学校を休んだのか? 甘えるのもいい加減にしろ』ある日、暗い部屋に閉じ込められた。出してほしいと伝えたけど、父はそれきり現れなかった。何時間か経ってから扉を開けてくれたのは母だった。暗い場所が怖い。曇り空が怖い。窓を叩く水音が怖い。家族や友人、教師から見放されて。それでも何とか大学は卒業できた。雨の日の前日は大学にこっそり泊まって、何がなんでも単位を落とさないようにしたし。……こんな面倒くさい人間を選ぶ必要がどこにあるのか。春、四月の頭は桜が散り始めていた。キャンパス前には入学式を終えた新入生や保護者が集まり、賑わっている。雨だったら来れなかったから、晴れて本当に良かった。自分はもちろん、ここにいる全員の為にも。少しそわそわしながら門の前で待っていると、こちらに気付いた一人の青年が小走りでやって来た。「宙さん! 来てくれたんですね!」「うん」息を切らしてやってきたのは、晴れて大学生となった透夜だった。チャコールグレーのスーツを着こなし、ヘアセットしている彼は別人に見える。思わず感慨深くなって、前に屈んで笑った。「……似合ってるじゃん」「そうですか? へへ、やった」軽く一回りして、素直に喜んでいる彼に相好を崩す。無事に休みを取れて良かった。宙から久しぶりに連絡が来たと思ったら、明後日入学式なのだと言われ、つい晴れ姿を見に来てしまったのだ。医療系に進みたいと思ってるのは意外だったけど……。大学の碑石を見ながら不思議に思っていると、シンプルなパンツスーツの女性がやってきた。「透夜、そちらの方は?」「前に話した宙さん」「あぁ! 透夜と一緒に、母のプレゼントを選んでくださった……!」「えっ。ええと、戸波宙と申します。初めまして」 慌てて挨拶すると、彼は透夜の母親だった。透夜は俺のことを色々と話してるらしく、彼らの家では周知の存在になっていた。普通に恥ずかしい。「その節は本当にありがとうございました。これからも透夜をよろしくお願いします。それではまた……」「いえいえ、こちらこそ。……あれ、一緒に
last updateÚltima actualización : 2026-09-03
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#3

相変わらずどストレートだなぁ……。ため息をつきたくなったけど、諦めて周りを見回した。幸い人はいない。いるのは、道路で突っ立っている自分達だけ。「別に、前と変わんないよ。……好き」思ったより大きかった声も、あっという間に風に攫われる。ポケットに手を突っ込んで、透夜の綺麗な瞳を見据えた。「でも、俺にとって今のお前は子どもなんだ。大人になるまでは駄目。絶対駄目」これから新生活が始まって、忙しい毎日になるのだ。そんな大事な時に自分が割り込むわけにはいかない。本当は会いたいけど、拳を強く握り、彼の眼を見た。「分かりました。……じゃあ大人になったら必ず迎えに行きます。それまで恋人をつくらないで待ってるって約束してください」「それは……強制?」思わずつっこむと、彼は悪びれずに視線を逸らした。何なんだ。彼は案外頑固。そして、純粋だ。もういい加減わかってきてる。「宙さん、俺は」「あ~、はいはい。わかったからもう戻りな。無理せず勉強頑張れよ」「……はい。ありがとうございます」視界の端で、ちりちりと光の粒が弾け。ゆっくり顔を上げて、美しい真空色に息をついた。時間の経過を教えてくれる存在は近くに溢れている。宙に舞う桜吹雪と、流れる雲。大切なひと。世界は変わっていく。どんなに辛くても、取りこぼさないよう受け止めるしかない。 ずっと一人で生きるとしても……。そう思った時、そんなことにはならない、と言った彼の言葉を思い出して笑ってしまった。未来のことは分からない。でも叶うなら、“その時”が来るまで壊れずにいたい。烏兔匆匆。季節は流れ、四年の歳月が流れた。春うらら、と言うには余裕がない。何故なら今は人生のどん底、絶体絶命に窮地に立たされているのだから。戸波宙、二十六歳。もうひとつプロフィールをつけるとすれば、現在無職。昨日まで一応肩書きは会社員だったのだが、時の流れとは本当に怖い。手続きがスピーディ過ぎて、もはや感動してしまった。「とは言え全然驚きませんけどね。むしろ四年も俺みたいな穀潰しをおいてくれたことに心から感謝してます。あっそれはそうとお菓子買ったのに荷物片付けるのに夢中で渡すの忘れちゃったんですよね。なので叔父さんどうぞ。すごーく甘いカヌレです」「尋常じゃなく早口だな。動揺を隠しきれてないぞ」ここは丘の上にある、閑静な住宅地。
last updateÚltima actualización : 2026-09-04
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#4

「お前の病気は伝えない限り理解されないからな。理解はしても納得してもらえるとは限らないし」タバコの煙が上空に立ち上る。灰皿に灰を落とすと、一時的に途切れた。「上手く仕事をサボる奴はいくらでもいるが、お前は違う。病欠する奴を真っ先に淘汰するのが、会社、組織だ」「……分かります」「本当に? 次も正社員で仕事を探そうとか考えてないか?」うぐっ。図星だった為、思わず視線を逸らしてしまった。そんな自分の弱さを見透かすように、叔父は眼を細める。「週五勤務どころか、もう出勤する仕事は無理だと思うぞ。お前の負担はもちろん、雨の日必ず休むなんて、職場にとっちゃ大迷惑だ」叔父の言うことは正論だ。ため息を飲み込み、口を噤む。少ししてからようやく、そうですよね、と答えた。「晴れの日はこうして元気に歩けるのに。雨の日もそれぐらい動けよ、って皆思ってたでしょうね」バイトをしていた時は、オーナーが叔父だから考慮してもらえていた。でも現実問題、雨の日に必ず体調不良になる人間なんて社会のお荷物でしかない。「久しぶりに会ったのに、愚痴を吐いてすみませんでした。それじゃ……叔父さんもご無理なさらず。煙草も少し控えてくださいね。吸殻たまりすぎですよ」「それは約束できないな。あぁ後、反省はするなよ。お前が今どれだけ反省しても、辞めた会社には一銭も入らないんだから」「でも、反省はしませんと」「病気を持って生まれたことを? それこそ馬鹿馬鹿しい」叔父は少々乱暴に煙草を灰皿に押し付けた。「理解されないなら、理解されなくても問題ない環境を探せ。───ちょうどウチのオフィシャルサイトを運営してくれる人間を捜していてな。まだ募集はかけてないから、お前がやってくれるなら広告費をかけずに済むんだが」「叔父さん……」「プログラミングも商品知識も多少あるから言ってるんだ。リモートで良いから、まずは簡単な修正からやっていけ」また大事な人に助けてもらってる。申し訳なさと、自身に対する歯がゆさと、……とめどない感謝の念に押し潰されそうになった。「でも、本当に良いんですか? も、もちろん、受ける際は全力でやりますけど」「二回も言わないから今決めろ。お前は考え込むと長いだろ。」「……」さすがによく分かってる。下手したら、彼は俺の親より俺の性格を理解しているかもしれない。知識や技術は
last updateÚltima actualización : 2026-09-05
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#5

春とはいえ、夜はまだ冷える。ぶるっと震えながら飲み屋の通りを抜け、駅へ向かった。寒いな。風邪ひきそう。一年中おでんがあれば良いのに……いや、たまには自分で作ろうか。せっかく明日から時間があるんだし。これからは自炊がベターだ。駅ビルのスーパーに入り、買い物カゴに大根を入れる。大根が一番重要だと思っているので、もう大丈夫だ(←?)。練り物コーナーに向かい、目に入ったはんぺんやちくわぶ、それにガンモを入れていく。あとは何だっけ。スマホを取り出して調べようとすると、ちょうど着信音が鳴った。数年ぶりに表示されな名前に、一瞬手が滑りそうになった。何度か親指を上げたり下げたりしていたけど、諦めて電話マークをスライドさせる。「……もしもし」『もしもし。……宙さん?』最後に聞いた時より、いくらか低い声。電話だから実際の声とは違うだろうけど、たったひと言で心臓が跳ねた。自分に動揺し、ドン引きしている。たかが電話で、脳みそがとけそうなほど幸福を感じていることに。「久しぶりだな。どした?」『あはは、その感じ、宙さんだ。お久しぶりです。……お元気でしたか?』「……」商品を吟味してるふりをして、実際は眼を泳がせていた。スマホを耳に当て、質問を理解しようとする。なるべく冷静に、余裕そうに、……大人らしく。「元気、じゃない」おっっっっっと。秒で破った自分に驚く暇もなく、スピーカーの穴から張り詰めた声が響く。『だっ大丈夫ですか!? 今どこです!?』「いやいや嘘、元気! それよりどうしたんだよ、今まで一度も連絡してこなかったのに」それは俺も一緒だけど。内心自嘲的になりながら、料理酒をカゴに入れる。『えぇ。そりゃもう死ぬ気で自制してました。声を聞いたら会いたくなっちゃうから』「……っ!」また、どくんと心臓が跳ねる。有り得ないのに、心音まで聞こえそうな気がして怖い。彼に聞こえたら怖いな。てか、声震えたりしてないたまろうか。『宙さんは? 俺に会いたいと思ったこと、一度もありませんでした?』試すような、諭すような声音。歳上に話すトーンじゃないよなと思いつつ、軽く天井を仰ぐ。「会いたかった。……って言えば満足か?」『ふふ、相変わらずツンツンしてますね。そんなところが可愛いけど』かわ……。男に使う言葉じゃない。注意してやりたかったけど、近くに客がい
last updateÚltima actualización : 2026-09-06
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二石

人生とは不思議なものだ。代わり映えのない生活が何百日も続いていたのに、大きな変化が一日のうちに二回も起こる。いや、知ってたじゃないか。神様はいつも気まぐれなんだって。「お邪魔します」「……や」透夜が家に来たのは二十一時過ぎ。大学生の時より良い、濃紺のスーツを着ていた。そして何より、大人になったな、と思った。最後に会った時は幼さを残していたのに、今は笑顔を浮かべても、成人男性の凛々しさを感じる。四年ぶりに会う透夜は、思わず見惚れてしまうぐらい立派な青年に成長していた。「お久しぶりです、宙さん」「久しぶり。あれ、医療職だよな? スーツなんだ」「今日までです。外部の研修会に参加する為に新宿まで。明日からは正式に配属先で勤務します」「お~。そりゃあお疲れ様。寒いだろ、早く入んな」彼を招き入れ、散らかり放題のリビングに案内する。ソファの上に置かれた服やら本を隣の部屋に投げ入れ、慌てて座る場所をつくった。「あ、酒飲むっ? 確か貰い物のビールがあるよ」「いえいえ。それよりおでん作るんでしょう? 手伝いますよ」透夜は袖をまくり、水道で手を洗った。「鍋はどこですか?」「えーと……」緊張してるのは俺だけか。モタモタする俺と違い、透夜の手際は良かった。うーん、モテそう。当たり前だ。顔良し性格良し、将来有望の男に彼女がいないわけがない。むしろこんな事を考えてる自分が気持ち悪くて、張り倒したい。時間はかかったものの、無事におでんのタネを煮込むことができた。鍋敷きをローテーブルに置き、一応冷えたグラスとビールも透夜の前に差し出す。「何で急に連絡してきたんだ?」「宙さんは何でおでんを作ろうと思ったんですか?」「べっ別にいいだろ。おでんはいつ食べたって美味いんだから」恥ずかしくなって、乱く床に座った。透夜はソファに浅く座り、無表情で俺を見る。「じゃあ、質問を変えます。何で急な俺の誘いに応えてくれたんですか?」「それは……あ、あまりに久しぶりだから」かつて可愛がってた知り合いが久々に電話してくれたんだから、乗らない理由はないだろう。そう思うのに、彼は前屈みになり、考える仕草をした。「本当にそれだけ?」「え?」「いえ。あ、おでん持ってきます」透夜が鍋を運んでくれたので、ひとまず夕食にありつくことができた。というか、ほとんど夜食に近い
last updateÚltima actualización : 2026-09-07
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#1

箸を置き、膝を抱える。恥ずかしくて、彼の方は絶対向けなかった。飲まないようにしてたけど、これ以上シラフで本心を話すのは無理だ。透夜が手をつけなかったビールを煽り、胸のうちを零す。「会わないようにしよう、って俺から言ったのに、電話なんか掛けられるわけないだろ。お前は友達多いし、明るい未来があるし、俺みたいな社会不適合者に構ってちゃいけない奴なんだよ」「はは。自己肯定感の低さも健在ですね」遠夜は困ったように笑っている。そんな表情すら久しぶりで、ずっと見ていたい。空になったグラスを置いて、徐ろに立ち上がった。「俺のようになるなよ。会えたのは嬉しいし、また会いたいけど……せっかく社会人になったんだし、新しい交流を大事にしな」「それは本心ですか? 俺が他の奴と仲良くなったり、手を繋いだり、抱き合ってもいいと?」「え?」またまた話しの雲行きが怪しくなり、窓際へ寄ったものの振り返った。「それは……遠夜の人生なんだから。俺が口を挟むことじゃないだろ」嘘だ。……想像したくない。彼が、他の誰かと触れ合ってるところなんて。「宙さん」透夜も床に手をつき、静かに立ち上がった。あれ。透夜ってこんなに背高かったっけ。見上げる形になり、今さら焦り出す。壁際に追い込まれ、背中にひやりとした感触が走った。後ろは冷たいのに、前は溶けそうなほど熱い。息が当たりそうな距離に、彼の顔がある。近い。彼の整った顔が、睫毛の一本一本まで確認できる位置にある。「それが貴方の本心なら、黙って聞き入れます。でも、少しでも違うなら……押し殺してる気持ちがあるなら、隠さないで。どんな言葉もまるごと受け止めて、愛せるぐらい、俺は強くなったから」不意に喉が鳴った。ずっと感じていた緊張と違和感はこれが原因なのだと確信した。今の透夜は、俺が知らない独りの男なんだ。経歴とか立場とかではない。もっと野趣を帯びた、熱烈な感情。気付かないふりをしていたけど、これ以上は無理だ。俺の腕を掴む手も、全てを暴くような眼差しも、到底逃げ切れるものじゃない。「四年間、ずっと思ってました。早く就職して、宙さんに相応しい人間になれるように、って。理不尽な目にも遭ったけど、貴方のことを思えば何とか耐えられた」「ばっ……何で、俺なんか」「宙さんは優しいですよ。それに可愛い。ひねくれてるところも、たまに見
last updateÚltima actualización : 2026-09-08
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#2

「え。一人暮らしするの?」「はい」翌週。仕事が終わった透夜と待ち合わせ、駅近のカフェに入った。俺と違って疲れてるはずなのに、彼は疲れの色なんて微塵も見せない。俺を先に席に座らせ、飲み物を買ってきてくれた(※俺がやると言ったけど数分死闘を繰り広げた為諦めた)。「今までは実家にいながらバイトしてたんです。でないとお金貯めることもできなくて」「そりゃそうか」学生の一人暮らしほどキツいものはない。友人との付き合いがあるほど、むしろマイナスだ。ちなみに俺は交友関係無いに等しいから交際費はかかんなかったぞ。という台詞をグッと飲み込み、人生の先輩として遠夜の話にうんうん賛同する。「いまいち良い部屋が見つからなくて困ってるんですけど。なりたい職には就けたし、こうして宙さんと会えるようになったし、ここ数年で一番幸せです」「そ、そりゃ良かった。そういえば何の仕事に就いたんだ?」「それは……内緒で」「何でだよ……まぁ危険な仕事じゃないなら何でも良いけど」チョコミントのドリンクを飲み、行儀悪く頬杖をつく。周りを見ると仕事帰りらしき男女のカップルが複数組談笑していた。誰にとっても、あれが見慣れた景色だ。「なぁ。ちょっと散歩しないか」「はい!」遠夜が快く動いてくれたので、ドリンク片手に夜の公園を歩いた。港沿いの公園で、遠くには大桟橋と客船が泊まっている。全然考えてなかったけど、ここはデートスポットだ。気付いた途端何だか顔が火照って、手をグーパーした。「うーん、夜も風が気持ちいいですね」「そうだな。あんまり一人で歩いたことなかったから知らなかった」「デートスポットですもんね」そう言うやいなや、彼は俺の手を握った。「俺達もこういう風に歩かなくちゃ。ですね?」「お前は本当、その……勇気あるよな」夜とはいえ、人目が気にならないのか。怖々尋ねると、彼は至極真剣な表情で即答した。「全然。むしろ世界中に見せびらかしたいです」「…………」潔いというか、逞しいというか。俺とは脳の構造が違い過ぎる。「もしかして嫌ですか? 俺と手を繋ぐの」「い、嫌じゃないけど。俺らは恋人じゃないし」「嫌じゃないなら何も問題ないでしょう」してやったりみたいな笑顔を見せられて、あ、はめられたな、と気付いた。こいつワンコっぽくしつつ、結構計算してるよなー……。恋愛経験
last updateÚltima actualización : 2026-09-09
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#3

彼の口から出逢った日のことを聞かされるのは初めての為、不思議と集中していた。あの日のことを思い出しながら、自然と手に力が入っていく。「ははっ。そういえば俺、あの頃クラスに男の友達いなかったんですよ」「え? どうして!」「クラスの中心的な女子に告白されて、断ったんです。その子が周りにどうこう言ったわけじゃないんですけど、噂が広まったら皆絶妙に俺のこと避け始めて。でも俺もそれでいいと思って、ひとりで行動するようになったんです」「それは……大変だったな」そんなことで避ける理由が分からない。よっぽど美人な子だったのかもしれないけど、妬む前に告白すればいいのに。男の嫉妬も存外怖いよな。「昔のこと、でも何か腹立ってくるな」「大丈夫ですよ。俺はメンタル鬼強いというか、宙さん以外のことではまず動じないんで」「いやちょっとは動じろ。理不尽なことには抗議していいんだからな」って、俺は抗議したことないんだけど。透夜の為を思って言った言葉が全てブーメランとして返ってきて、複雑な心境になる。それでも、彼がそんな辛い想いをしていたなんて……想像しただけで胸が苦しくなる。「ごめんな。何も力になってやれなくて」「とんでもない。宙さんから、たくさん力をもらいましたよ。学校だけが重要じゃないって思えたのは貴方に会えたからです」遠夜は懐かしそうに目を細めて、話を続けた。祖母の為に訪れたお店で、偶然会った綺麗なひと。初めは大人しそうで、落ち着いてる人だと思った。でもこちらの不安を感じ取ってくれてるのがよく分かった。あまりに不安そうにしていたのか、目が合うといつも「大丈夫」と言うように微笑んでくれた。ところどころ冗談を挟んで笑わせてくれたり。そういう優しさも持ち合わせた人なんだと分かった。「太陽みたいな笑顔の宙さんに心を持っていかれたのは、一瞬でした」「聞けば聞くほど恥ずかしいから、勘弁してくれ……」「何でですか。あんな完璧に振舞ってたのに」「違うよ。俺は普段はミスばかりするし、接客業のくせに客対応も苦手なんだ。透夜が来た時は良い店員だと思われたくて、……ぶっちゃけ頑張った」あんなに真剣に石を見る人は久しぶりだったから。……なんて、それだけじゃない。俺は彼に一目惚れしていたんだ。下心あったから丁寧に接客したみたいで、本当最低だ。絶対引かれるよな。言えねえ……
last updateÚltima actualización : 2026-09-10
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