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欠けるほど、光る
欠けるほど、光る
Author: 七賀ごふん

一石

last update publish date: 2026-08-31 19:33:38

その子と初めて出会ったのは、師走の晴れた早朝。

オープンとほぼ同時に来店したからよく覚えている。大学……いや、高校生だろうか。黒のジャケットに派手めの髪色。女性客は年齢問わず多いけど、若い男の子ひとりの来店は珍しい。

ただ陳列された石を見る顔は真剣そのもので、不意の横顔に見蕩れてしまった。

「なにかお探しでしたら、遠慮なくお声がけくださいね」

少し離れた場所からゆっくり声を掛ける。すると彼はソワソワしながらこちらに顔を向けた。他にお客がいないことを確認し、目の前の大理石のトレイに置かれた石を指さす。

「この石は、何か意味とかあるんですか?」

彼の隣に立ち、指し示された品を見る。それは白く、傾けると七色の光を放つ石だった。

「シンセチックオパールですね。小さな幸せを届けてくれると言われてますよ。あとは創造力を高める、明るさや希望を与えてくれるという石言葉があります。ただ……」

「ただ?」

「パワーストーンとしての効果に興味がおありでしたら、他の石の方が良いかも。シンセチックオパールは人工石なんです。オパールなんて言ってるけど、実はオパールじゃなくてガラス石ですし」

「えぇ……」

男の子が露骨にがっかりして見せたので、笑いながら「でも綺麗でしょう?」と持って見せた。

この石に限らず、市場の低価格で販売されている天然石は合成石であることが珍しくない。それでもその石が持つ石言葉を信じれば、御守りとして持つのに充分だ。

神社で買える御守りの効力を信じない人はたくさんいるし、パッと入った海外の雑貨屋の魔除けを信じて買って帰る人もいる。結局気の持ちようだ。

だから普段何が売れようと傍観してる方なんだけど、この子があまりに真剣に見てるから、聞かれてもないことを喋ってしまった。こんなこと初めてだ。

何となく、店に入ること自体緊張しているように見えたから……いつかの自分と重なったのかもしれない。

「優しい色と光を帯びてて、僕も好きな石です。部屋 にも置いてるぐらいなんで」

短く笑うと、彼はわずかに目を見開いた。

「お差し支えなければ、ご自身用か贈り物かお聞かせ願えませんか」

「プレゼント……。ばあちゃんが入院しちゃって、そういやこういう石が大好きだったな、って思って」

「そうでしたか……。大変でしたね」

彼はわずかに俯き、小声で答えた。気になるが、プライベートなことを深く聴くわけにはいかない。

でも、見た目尖ってそうなのにおばあちゃん想いの良い子だな。ますます余計な世話を焼いてしまいそうな自分を咎めつつ、店の奥を指さした。

「話してくださってありがとうございます。きっとおばあ様は貴方が選んだものなら何だって喜んでくれると思いますが……石言葉ぐらいならお伝えできるので、僕も一緒にお探ししますよ」

「あ。……ありがとう、ございます」

普段ならここまで踏み込んだりしないだろう。

でもホッとしたような、輝いた眼を見たら、他のことなんてどうでも良くなってしまった。

大学四年。このパワーストーン専門店でのバイトも今年が最後。

店長には申し訳ないけど、他にお客もいないので、その男の子と長いことプレゼントを探した。結果おばあさんの好きな苺色のストロベリークォーツのペンダントに決めた。

ストロベリークォーツは高価な宝石なのだが、その名称は広義に使われている。先程と同様、クォーツではない場合もあるが、重量に内包物、産地にもよる為、判断基準は無いに等しい。苺に近い色をしていれば全部そうだと言い張る猛者もいる。

けど女性が秘める輝きを高める為、贈り物にはぴったりだと思う。疲労を和らげるなんて言葉もあるし。

「良かった……。お兄さん、ありがとうございます」

「いえいえ。お役に立てて良かったです。おばあ様、早く良くなると良いですね」

ギフト用に包み、男の子に手渡す。

「はい。あの、後……」

「?」

「また来ても良いですか? 今度はその、自分用にも何か欲しいなって……」

彼は視線を下げ、頬を掻いた。よく見るとほんの少し赤くなっていて、照れてるんだと分かった。

「もちろん。今度はあなたの石を一緒に見つけましょう」

笑って言うと、彼はまたパァッと明るくなった。

なんて純な子だろう。見た目はパンキッシュというか、結構尖ってそうなのに。

ぶっちゃけ今まで対応した客の中で、一番素直で可愛い。

「そんじゃまた!」

「またのお越しをお待ちしてます。帰りお気をつけて」

学校もバイトも辛いことばかりだけど、続けて良かったと思える瞬間がある。まさに今みたいに。

彼は才木透夜《さいきとおや》君と言って、近くの高校に通う二年生だった。二回目の来店も運良く晴天で、無事接客ができた。最初は妙に緊張していたけど、次に会った時は色んなことを話してくれた。

おばあさんは無事快方に向かっていて、透夜くんが渡したペンダントをとても喜んでくれたらしい。笑顔で話す彼に、俺も自分のことのように嬉しくなった。

「わ、この水晶すごい。苺の形してる」

「あぁ、可愛いでしょ。天然石はカットの仕方や形でも効果が変わってくるんだ。苺の形に整えると素敵な出会いが訪れるんだって」

「へぇ~……」

「後はそうだな……ハート型や丸型も多いけど、お金持ちの人の家にありそうなのは大きなピラミッド型とか」

「あはは、何か分かるかも」

天然石に興味を持ってくれた彼と過ごす時間は楽しかった。

「戸波宙《となみそら》さん」

「ん?」

彼は石を持ちながら、少し掠れた声で呟いた。視線は、俺の胸にある名札に注がれている。

「うん。戸波って言います」

「……宙さんて呼んでもいいですか?」

「もちろん良いけど」

いきなり名前で呼ばれると何か照れるな。

でも、悪くない。弟ができたみたいで嬉しかった。

透夜君は俺が今年でここのバイトを辞めることを知るととてもショックを受けていた。今すぐいなくなるわけじゃないから、と宥めると何とか気を取り直していた。

でも彼もふと暗い顔を見せる時があって、人には言えない悩みを持ってるんだろうな、と思った。

気になるけど、あまり深く踏み込むことはできない。代わりに彼がここへ来た時は、精一杯の笑顔で話をしたい。

「またおいで。あ、晴れの日にね。雨の日はいないから」

「……? 雨の日はいないの?」

「うん。傘持ってないんだ」

わざとおどけて言うと、彼は肩を揺らして笑った。

そんなやり取りを繰り返し、冬を越し、バイトを辞めた。

親戚のお情けで雇ってもらったお店だった。

俺は“普通”と違う。それを人に知られることが、呆れられることがたまらなく怖かった。

晴れの日は外に出られるのに、雨の日は一歩も動けなくなる。……なんて。

働くどころか学校すら行けなくなる。

晴れの日しか来ないようあの子に言ったのは、体質のことで嫌われたくなかったからかもしれない。天候で体調が左右されるような弱い人間だと思われたくなかった。

事実弱いくせに。弱いと思われたくない、と思うことこそ弱い証拠だ。分かってるのに、彼と会うときは必ず晴れが続く週に約束した。

「宙さん! ごめん、待った?」

「ううん、全然。じゃあ行こっか」

遠夜くんとは連絡先を交換して、プライベートに会うぐらい仲良くなった。近くの天然石ショップ巡りをしたり、他愛もない雑談をしたり。大学で友人がいない俺は久しぶりに楽しい休日というものを謳歌した。

最初こそ話を合わせられるか緊張したけど、何回も会ううちにその不安もどこかへ消え去った。今は彼の顔を見ると安心感に包まれるほど。

街は緑も増えつつある。陽だまりの中を歩きながら、当時は珍しかった西洋建築の建物を見上げた。

「この辺って綺麗な街並みだから、デートスポットとしても人気なんだよね。ウチの店もカップルが多いし」

「あー、確かに。さっきからめっちゃベタベタしてるカップル多いですもんね。……宙さんは彼女いるんですか?」

「あはは、いないよ」

「じゃ、募集中?」

「んー……」

募集したところで誰も来ないし、いずれ呆れられ、向こうから去っていくに決まってる。

「俺はそういうの向いてないから。ずっと独り身かな」

苦笑しながら答えると、彼は急に険しい顔で前を塞いだ。

「宙さんが一生独りなんて、ありえませんよ。俺が保証します」

「そ、そう……? ありがとう」

お世辞だと分かってるけど、あまりに真っ直ぐな瞳で言いきるから否定できなかった。

不思議な子だ。

本当は俺なんかより、気のおけない友達や受験勉強に時間を割くべきだろうに。

せっかくの晴れの日を奪って良いんだろうか……。

楽しいからこそ募っていく不安がある。けど、彼から与えられる光が、会う度に視界を明るくする。

優しくされることも慣れてないし、半トーン高い声で話すのも慣れてない。でも必死に彼と同じ目線になろうとしていた。

そして、確かに救われていた。

この気持ちの正確な名前は分からないけど、間違いなく言えることがある。

俺はこの子が好きだ。

「洋館巡り楽しかったですね!」

「ね。でも、渋いね。透夜君なら遊園地とかの方が好きそうだけど、こんな静かな場所を歩くだけで良かったの?」

「遊園地。好きですけど、宙さん絶叫系平気なんですか?」

「駄目」

「ほら」

笑い合って、近くの繁華街に入った。ここは観光地で、カップルやファミリーはもちろん、修学旅行生も多い。

「どうしよう。豚角煮まんは絶対食べたいんですけど、パンダ餡饅も絶対……死ぬほど食べたい」

死んでも食べたい、じゃなくて死ぬほど食べたい、なのか。それはちょっと薦められないけど……。

「じゃあ一個ずつ頼んで、半分こしようか」

「あぁ! そうしましょ!」

饅頭を買って、道の端に寄った。皆食べ歩きをしてるから、俺達も互いに半分に割る。

「はい、宙さん。あーん」

「え!?」

でも彼は、半分にした饅頭を俺の口元に差し出してきた。

いやいや、カップルじゃないんだから! 

自分で食べるよ、と言いたかったけど、眼をキラキラさせて待ってる彼を見たら嫌だとは言えなかった。

頼む、誰も見ないでくれ。密かに祈りながら、差し出された饅頭を口にした。

こし餡が死ぬほど熱かった。

「どうですか? 美味しい?」

「うん……」

間違いなく舌と上顎を火傷した。微妙な反応をしてしまったけど、俺も負けじと豚角煮まんの半分を透夜くんに差し出す。

「ほら。あーん」

彼にもこの羞恥心を味わってほしいとやり返したけど、これ、自分で口にするのもかなり恥ずかしいな。

しかも透夜くんは何の躊躇いもなく饅頭にかじりつき、「うまー」とハフハフしている。

何か俺の方が顔熱くなってて悔しい……。

それにしても、彼の人なつこさは素で間違いないみたいだ。

きっと周りから愛されて育ったんだろう。

ちょっとだけ羨ましくもあるけど、できればずっとそのままでいてほしい。

「宙さんは何で彼女作らないんですか? そんなに綺麗なのに」

「俺の恋愛事情なんか知っても楽しくないと思うよ。あと綺麗じゃない」

フルーツ飴を渡して、近くの壁にもたれかかる。俺はもう腹がいっぱいで、これ以上食べられそうになかった。

「綺麗です。今まで見た男の人の中で一番綺麗です」

「ふぅ……」

ため息をついてしまったのは、素直に「参った」と思ったからだ。

顔と胸が熱い。生まれて初めて言われたし、周りに聞こえてないかとヒヤヒヤする。

「クラスの女の子にもそうやって言い寄ってない?」

「してません!! 命懸けます!!」

尋常じゃなく大きい声が返ってきた為、質問した俺の方が「ほあっ」と情けない声を上げてしまった。

「女子に告白されることはありますけど、知らない子のことが多いし、知りたいとも思わなかった。でも宙さんは違う。初めて、もっとたくさん知りたいと思ったんです。友人や先輩みたいな、切ろうと思えば簡単に切れる関係じゃなくて……もっと一緒にいたい」

「それって……」

告白じゃんか。

喉元まで出かかった言葉は、すんでのところで叩き落とされた。

「俺は宙さんが好きです」

言葉の意味や感情より、一番に頭に浮かんだのは綺麗な声だ、ということ。

あまりに自然過ぎて、告白だと気付くのに数秒かかった。

「……っ」

でも、俺には誰かと付き合えるような資格はない。

「俺も……遠夜くんのこと好きだよ。友達っていうか、本当の弟みたいで」

少しわざとらしくなったかもしれないが、精一杯の笑顔で答えた。

少し逸れて路地に入り、賑やかな大通りを横目に見る。

楽しい、どころかずっと一緒にいたい。

でも俺なんかに使う時間があったら、他のことに使ってほしいと本気で思った。卑下してるわけでも、意地悪でもない。……彼のことが本当に好きだから。

人間には二パターンいる。日向を歩く人と、日陰を歩く人。

ちょっとフラフラ迷っただけで、ここみたいに日当たりの悪い道に入ってしまうんだ。ひとたびこちらに慣れると、表が眩し過ぎて、出ていくこともできなくなる。

彼は日向にいるべき人間だ。

俺は違う。ただでさえ低い位置から、今後さらに降下していくだけ。

「そろそろ帰ろっか。ちょっと曇ってきたし」

上手く話が逸れたことに安堵しながら日陰を出た。

透夜くんはなにか言いたそうにしてたけど、その言葉を聴く勇気がないから、彼の手を引いて通りまで進んだ。

「宙さんは、自分を卑下し過ぎだと思います」

最寄り駅まで送った際、透夜くんは不貞腐れたように頬を膨らました。

それが何か可笑しいのと可愛くて、思わず吹き出してしまった。

「何で笑うんですか。俺は怒ってるのに」

「え、そうなの? 全然怖くない。可愛いよ」

むくれてるところを見ると子どもだなぁとしみじみ思う。

改札口を抜けた彼が、低い柵越しにこちらへ来たので、頭を軽く撫でてやった。

俺の場合、自己肯定感なんてある方が疲れそうだ。

「俺なんかにここまで付き合ってくれたのは透夜くんだけだよ」

嘘じゃなく、事実だ。そう零すと、「宙さん」とまた名前を呼ばれた。

  

「俺はこれからも付き合っていきたいです。今度は弟でも友人でもなく……恋人として」

「こ……っ」

とうとう、逃れられない言葉を聞いてしまった。

瞼を閉じ、必死に逃げ道を考える。

「よく言うだろ、友達と先輩は選べって。恋人はもっとそう」

休日だから人の出入りが激しい。たくさんの人がやってきては、俺達の横を通り過ぎる。

「その通りです。それで、次はいつ会えますか?」

「…………」

何とか諭そうとしてるのに、彼はブレる気配がない。打たれ強いことに内心驚いた。

でも彼はこれから受験がある。同級生の友達と遊ぶことも大事だ。俺なんかに時間を割いたらいけない。

本当はずっと分かっていたけど、彼と過ごす時間が楽し過ぎてズルズル伸ばしてしまった。

俺は最低だ。もういい加減、彼を解放しないと。

「……いや、会えない。悪いけど、俺も春から会社員だし、忙しくなるから」

「でも雨の日は動けないんでしょう?」

時間が止まった。

頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃に襲われ、立ちすくんだ。

「何で、それを」

「すいません。プライベートなこと訊くのはいけないと分かってたけど、宙さん時々顔色が悪いから気になって。……雨の日に店に行って、店長さんに訊きました。雨天の日は歩くのもままならない、重度の気象病だって……」

視界が霞む。心臓がいやに跳ねて、ばくばくうるさい音を立てている。耳も遠くなってるのか、周りの雑音がシャットアウトされた。

「普通に生活するのも大変だって聴きました。でも俺、なにか貴方の力になれないかと思って……貴方が困った時に、傍で支えていきたいんです。初めて会った日、俺を助けてくれたみたいに」

そう叫ぶ透夜の目元は赤い。まるで泣いてるみたいに。

自分に対する歯がゆさと負い目。彼の優しさで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

まずいと思った。

このままじゃ本当に彼を好きになる。

でも駄目だ。

大事で、幸せになってほしい彼だからこそ……俺と一緒にいてはいけない。

「そんなの……仕事なんだから、親切にするのは当然だよ」

震えそうになる声を必死に振り絞り、吐き捨てた。

拳を強く握り締め、彼の眼を見返す。少しでも気を抜いたら心が揺れてしまいそうだったから、容赦ない雨の冷たさを思い出していた。

優しくしたいって思ったばかりなのに、自分が弱いせいで彼を傷つけようとしている。

「優しくても、知らない人を簡単に好きになっちゃ駄目だよ。俺みたいに、雨の日だけ介護に呼ばれる関係にされかねないし」

これ以上は無理、というぐらい皮肉を込めて言い放った。存外返ってきた言葉は、また俺の予想の斜め上をいくもので。

「それでも構いません。貴方が望むなら」

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