雨脚は細く、しかし絶え間なく降り続いていた。空港ロビーに足を踏み入れた鈴音は、濡れた傘をたたむ間もなく、真っ先にアナウンス板へ視線を向けた。次の瞬間、世界が音を失った。父の乗った便番号が、赤い警告灯のように点滅している。「遅延」ではない。「欠航」。その理由欄に浮かぶ文字──墜落事故。胸の奥がきしむ。スマートフォンを握る手が震え、画面の光が涙で滲んだ。職場へ連絡を入れる声はかすれ、母へ電話をかける勇気はどうしても出なかった。術後の回復期で、心も身体も不安定な母にこの事実を告げることなど、とてもできなかった。一夜が明け、冷たい蛍光灯の光が漂う警察署。身元確認のため差し出された写真を見た瞬間、鈴音の喉から嗚咽が漏れた。確かに父だ。だがそこに横たわる顔は、生前の温かさをすっかり失い、まるで別人のように青ざめていた。遺体収容袋からはみ出した手が、見覚えのある高級ボールペンを握りしめている。商談のときも、契約書に署名するときも、いつも父の指にあった一本。その最期の姿が、あまりにも父らしくて──胸が締め付けられた。葬儀は、あまりにもあっけなく終わった。雨に濡れた黒い傘の列も、香の煙も、まるで父の死を急かすように静かに消えていった。 五月の雨は、まるで季節を間違えた冬の名残のように冷たかった。墓所に並ぶ白い花々は雨粒を吸い、色を滲ませている。鈴音は震える指で黒い傘を支えながら、骨壷の白さが雨に濡れる錯覚に胸を締めつけられた。妹はで泣き崩れ、術後の母は病室から出ることさえ叶わなかった。「――この度はお悔やみ申し上げます。」その声は、一人になった鈴音に、雨音の隙間から不意に落ちてきた。振り向くと、背広姿の男がひとり立っていた。艶のある黒髪、細身のスーツ。三十代後半だろうか。整った顔立ちの奥に、氷のような光が潜んでいる。「……父のお知り合いの方でしょうか?」表紙に金色で刻まれた文字──TOKYO FIRST FINANCIAL。代表取締役 楔 京介「東京ファーストファイナンシャルの楔と申します。」名刺が静かに差し出される。その紙片の白さが、雨に濡れた墓石よりも冷たく見えた。「ご尊父にご融資をしておりまして……」鈴音の手が固まった。父が抱えていた借金のことを知る親戚はほとんどいない。それは家
Last Updated : 2026-09-22 Read more