Todos os capítulos de 雪華ー妖狐に嫁いだ花魁ー: Capítulo 1 - Capítulo 8

8 Capítulos

第1話 雪の簪

花魁の雪乃が、その男の前で初めて「あたし」と口にしたのは、行方知れずの妹の簪を見せられたときだった。その夜も、花霞楼は賑わっていた。格子の向こうから三味線の音が流れ、廊下には白檀の香りが漂う。赤い行灯に照らされた座敷で、雪乃は馴染みの客に酒を注いでいた。「雪乃殿。今宵も美しいな」「まあ。旦那さまは、お上手でございますこと」雪乃は微笑んだ。目の前の男は、名の知れた商家の主人だった。身なりがよく、言葉遣いも穏やかで、女をぞんざいに扱うことはない。花霞楼の中でも、雪乃は客に恵まれているほうだった。けれど、どれほど優しくされても、心が動くことはなかった。男というものが、雪乃は好きではない。彼らの褒め言葉も、熱のこもった眼差しも、朝になれば消えていく。そこに永遠の約束などないと、とうに知っていた。それでよかった。雪乃が欲しいのは、恋ではない。金だ。妹を捜すために使う、金だった。「……雪乃殿?」呼ばれて、雪乃は顔を上げた。「失礼いたしました。わらわ、少し考え事を」「珍しいな。何か悩みでも?」「いいえ。旦那さまにお聞かせするほどのことではございません」微笑みを返す。それだけで、男は満足したようだった。雪乃は二十二歳。花霞楼の花魁として、客が何を求めているのかを見抜くことには長けていた。優しくしてほしい男には、優しく。話を聞いてほしい男には、聞き役に。美しい女を自慢したい男には、誰よりも美しい花魁として。求められる姿を演じることは、難しくなかった。ただ、そのどれもが、本当の雪乃ではなかった。「雪乃」襖の向こうから、女将の声がした。「次のお客さまだよ」雪乃はわずかに眉を動かした。「次、でございますか?」「おまえをご指名だ。どうしても今夜、会いたいとおっしゃる」「ですが、旦那さまが――」「構わんよ」商家の主人が笑った。「今夜は十分楽しませてもらった。また来るとしよう」雪乃は深く頭を下げた。「ありがとう存じます」客を見送り、廊下に出る。女将は珍しく、落ち着かない様子だった。「雪乃。今からお会いする方には、失礼のないようにおし」「……いつも失礼などいたしません」「そういう意味じゃないんだよ」女将は声を潜めた。「おまえのお座敷を、言い値で買うとおっしゃった」「まあ」それは、ずいぶんと羽振りのよ
last updateÚltima atualização : 2026-09-25
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第2話 恩返しの男

翌朝、雪乃は妹の簪を握ったまま目を覚ました。障子の向こうから、遊女たちの話し声が聞こえる。昨夜、花霞楼に現れた黒羽朔夜。あの男の金色の瞳が、頭から離れなかった。「……小雪は、無事なのよね」雪乃は簪に問いかけた。昨夜、朔夜は妹が生きていると告げた。けれど、それ以上のことは何も話さなかった。小雪は今、どこで暮らしているのか。どうして、姉が贈った簪を朔夜が持っていたのか。それに、あの奇妙な言葉。「おまえの妹は、もう人間の世にはいない」あれは、いったいどういう意味だったのだろう。雪乃は深く息を吐いた。小雪が暮らす町へは、毎月、仕送りをしていた。家族の借金を背負ったあの日、雪乃は妹を守るため、花霞楼へ入った。本来、売られるはずだったのは小雪だった。まだ幼かった妹を、あのような場所へ行かせるわけにはいかなかった。だから、雪乃が代わった。男は嫌いだった。それでも、妹が衣食住に困ることなく暮らせるのなら、それでよかった。小雪から届く手紙には、いつも同じ言葉が書かれていた。『お姉ちゃん、ありがとう』その文字を見るたび、雪乃は翌日も働こうと思えた。しかし、朔夜は知っているようだった。雪乃の知らない、小雪の何かを。「……今夜、ちゃんと聞かなきゃ」簪を懐にしまい、雪乃は立ち上がった。いつまでも、わけの分からない男に振り回されている場合ではなかった。昼を過ぎた頃、女将が雪乃の部屋を訪れた。「雪乃。黒羽さまがお見えだよ」「……もう?」「おまえに渡したいものがあるそうだ」雪乃は眉をひそめた。昨夜は迎えに来ると言っていたくせに、まだ昼間ではないか。「ずいぶんと気の早いお方ですね」「口の利き方に気をつけな」「はいはい」「雪乃」「……かしこまりました」雪乃はため息をつき、髪を整えた。昨夜のように取り乱すつもりはない。相手がどれほど美しい男でも、花霞楼では自分のほうが場数を踏んでいる。いつもどおりに微笑み、話を聞き出せばいい。そう思っていた。座敷の襖を開けるまでは。「お待たせいたしました。わらわに、ご用でございましょうか」朔夜は昨日と同じ場所に座っていた。白銀の髪。黒い羽織。そして、相変わらず何を考えているのか分からない顔。雪乃を見ると、短く答えた。「ああ」「本日は、どのようなお話を?」「座れ」
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第3話 白狐の恩返し

雪が降っていた。まだ雪乃が幼かった頃。山道の奥から、か細い鳴き声が聞こえた。「……なに?」雪乃は足を止めた。家へ帰る途中だった。母には、暗くなる前に戻りなさいと言われていた。それでも、その声を無視することができなかった。木々の間を進む。そこで見つけたのは、一匹の白い狐だった。真っ白な毛並み。金色の瞳。そして、後ろ脚には鉄の罠が食い込んでいる。「かわいそう……」雪乃は狐のそばにしゃがみこんだ。狐が牙を剥く。「大丈夫。何もしないよ」もう一度、低く唸る。「怖いよね」雪乃は自分の羽織を脱いだ。「でも、このままだと死んじゃうよ」狐はじっと雪乃を見ていた。雪乃は震える指で、鉄の罠に手をかけた。硬い。子どもの力では簡単には開かない。何度も指を挟みそうになりながら、雪乃は必死に力を込めた。「……もうちょっとだから」ようやく罠が外れる。白狐は飛び退いた。その脚から、赤い血が雪へ落ちた。雪乃は羽織を裂き、狐の脚に巻いた。「これで少しはいいかな」狐は逃げなかった。ただ、金色の瞳で雪乃を見つめている。「もう、人間に捕まっちゃ駄目だよ」雪乃は笑った。「今度会ったら、ちゃんと逃げるんだからね」狐は一度だけ、雪乃の手に鼻先を寄せた。そして雪の中へ消えていった。それが、雪乃の記憶に残る白狐だった。「……あの狐が、朔夜?」翌朝。雪乃は布団の上で天井を見つめていた。眠れなかった。黒羽朔夜。白銀の髪。金色の瞳。言われてみれば、あの日の狐と同じ色だった。「いやいや……」雪乃は起き上がった。「狐が男になるわけないじゃない」口に出してから、昨夜見たものを思い出す。屏風に映った、白い尾。「……いや、なるの?」自分で問いかけても、答えてくれる者はいない。雪乃は頭を抱えた。花霞楼には、怪談好きの客も来る。狐が人に化ける話。狸が旅人を騙す話。山には人ならざる者が棲むという昔話。それを本気で信じたことなどなかった。なのに。朔夜だけは。「……人間じゃないっていうの?」襖の向こうから声がした。「雪乃姉さん。黒羽さまがお見えです」雪乃は顔を上げた。「また!?」昨日、明日来ると言っていた。確かに来るとは聞いていた。それでも早すぎる。「朝から何なのよ、あの男……」文句を言いながら、雪乃
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第4話 悪代官と百夜の花嫁

「お姉ちゃん、もう少し食べて」 「小雪こそ食べなさい。細すぎるわよ」 「お姉ちゃんだって!」 「私はいいの」 「よくない!」 小さな膳を挟み、雪乃と小雪は向かい合っていた。 再会してから、まだ一刻も経っていない。 それなのに雪乃は、小雪が何を食べているのか、夜は眠れているのか、着物は足りているのかと、聞きたいことが尽きなかった。 「本当に、困ってることはない?」 「ないよ」 「お金は?」 「黒羽さまが、取り返してくれたから」 小雪はそう言って、ちらりと朔夜を見る。 少し離れた場所で、朔夜は静かに茶を飲んでいた。 まるで姉妹のやり取りなど聞いていないような顔をしている。 雪乃は眉を寄せた。 「ねえ、朔夜」 「なんだ」 「あなた、小雪に何をしてくれたの?」 「必要なことをしただけだ」 「それじゃ分からないのよ」 小雪がくすりと笑った。 「黒羽さまね、怖そうだけど優しいよ」 「怖そうは余計だ」 「あ、ごめんなさい」 「別にいい」 雪乃は朔夜をじっと見た。 「……小雪には優しいのね」 「おまえの妹だからな」 「それだけ?」 「ああ」 あまりにも迷いなく答えるので、雪乃は少し拍子抜けした。 小雪は首を傾げる。 「黒羽さま、お姉ちゃんのこと本当に好きなんですね」 雪乃がむせた。 「ちょ、小雪!」 「だって、お姉ちゃんの話をするときだけ、少し声が優しいもん」 「そうなの?」 雪乃が朔夜を見る。 朔夜は平然としていた。 「知らん」 「知らんって何よ!」 「自分の声など聞かん」 「そういう話じゃないでしょ!」 小雪がまた笑う。 その笑顔を見て、雪乃の胸が緩んだ。 ああ。 この子が笑っている。 それだけでいい。 花霞楼で過ごした年月が無駄ではなかったと思える。 雪乃はそっと小雪の手を握った。 「……元気でいてくれて、本当によかった」 「お姉ちゃん」 「もう二度と、あんな男に近づかせないから」 小雪の表情が曇る。 「鷹司さま……?」 「そうよ」 雪乃の声が低くなった。 「借金は返し終わってたんでしょう。それなのに私の金を取って、小雪にまで手を出そうとするなんて」 「でも――」 「許さない」 雪乃はきっぱりと言った。 花魁として客の前にいるときとは違う。 姉として
last updateÚltima atualização : 2026-09-26
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第5話 百夜の呪い

「百夜目まで、生きた花嫁はいない」 鷹司蓮の言葉が、部屋に残った。 雪乃は朔夜を見つめた。 いつもと変わらない顔。 静かな金色の瞳。 だからこそ、怖かった。 「……朔夜」 返事はない。 「嘘だって言って」 小雪が雪乃の袖を握る。 朔夜は、ゆっくり目を伏せた。 「嘘ではない」 雪乃の胸が冷えた。 「じゃあ、本当なの?」 「ああ」 「九尾の妖狐に嫁いだ人間は、百日で死ぬ?」 「正確には違う」 鷹司が鼻で笑った。 「大差あるまい」 朔夜の視線が鷹司へ向く。 「黙れ」 声は低かった。 怒鳴ったわけではない。 それなのに、空気が凍ったように感じた。 鷹司も笑みを消す。 雪乃は立ち上がった。 「二人とも、あたしを置いて話を進めないで」 朔夜を見る。 「説明して」 「ああ」 「最初から全部」 「分かった」 朔夜は座り直した。 雪乃も、その正面へ座る。 小雪は姉の隣から離れなかった。 鷹司だけが柱に寄りかかり、腕を組んでいる。 朔夜が口を開いた。 「九尾の一族には、古い契りがある」 「契り?」 「人の女を伴侶として妖の領域へ迎えると、百夜の間に、その女の命が妖気に侵される」 雪乃は黙って聞いた。 「身体が耐えられなければ、百夜を迎える前に死ぬ」 小雪の指が、雪乃の袖を強く掴む。 「じゃあ……お姉ちゃんが黒羽さまと結婚したら……」 「必ず死ぬわけではない」 朔夜が言った。 「助かる方法はある」 鷹司が薄く笑う。 「成功した者はいないがな」 「鷹司さま!」 小雪が睨んだ。 蓮が眉を上げる。 「何だ」 「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」 「事実を言っただけだ」 「でも、お姉ちゃんが怖がるでしょう」 「怖いなら嫁がなければいい」 「それはそうですけど」 小雪は少し考えてから、 「……鷹司さまって、言い方が嫌な人ですね」 と言った。 「…………」 蓮の眉間に皺が寄る。 「おまえにだけは言われたくない」 「どうしてですか?」 「もういい」 「そうですか」 小雪は `( '꒳' )すんっ` と姉のほうを向いた。 蓮が何か言いたそうに口を開き、やめる。 雪乃はこんなときなのに、少しだけ笑いそうになった。 だが、すぐに朔夜へ視線を戻した。 「助かる
last updateÚltima atualização : 2026-09-27
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第6話 花魁・雪乃の最後の夜

翌朝。花霞楼は、いつもとは違うざわめきに包まれていた。遊女たちが廊下の隅に集まり、小声で話している。「黒羽さまがいらしたって」「雪乃姉さんを身請けするって、本当?」「でも鷹司さまが許さないって……」雪乃は鏡台の前で、黙って紅を引いていた。いつもと同じ化粧。いつもと同じ髪。いつもと同じ、花霞楼の雪乃。けれど。今日が最後になるかもしれない。鏡の中の自分を見つめる。「……最後、か」昨日までなら、そんなことを考えるだけで怖かった。花霞楼を出たら、自分に何が残るのだろう。男を楽しませる術。酒を注ぐ手つき。客が欲しい言葉を見抜く目。ここで身につけたものは、外の世界で何になるのだろう。けれど今は。不思議と、少しだけ楽しみだった。小雪がいる。そして。「……朔夜」名前を口にすると、胸の奥がほんの少し温かくなる。「何考えてるのよ、あたし」雪乃は自分の頬を軽く叩いた。今日は恋に浮かれている場合ではない。まず、自分の人生を取り戻す。そのための日だ。大広間には、すでに三人の男がいた。花霞楼の主人。鷹司蓮。そして黒羽朔夜。女将が雪乃を迎える。「来たね」「はい」雪乃は座敷へ入り、静かに座った。仕事中の一人称に戻す。「お待たせいたしました」鷹司が薄く笑った。「相変わらず、こういう席では完璧だな」「お褒めいただき、ありがとう存じます」「褒めてはいない」「まあ。残念でございます」鷹司の眉が動く。朔夜は何も言わない。ただ雪乃を見る。それだけで、なぜか落ち着いた。主人が咳払いをした。「では、雪乃の身請けについてですが……」鷹司が一枚の証文を畳へ置いた。「話すことなどない」昨日、雪乃が見せられたものだ。新たな借金。保証人、鷹司蓮。「この女には、まだこれだけの負債がある」朔夜は証文を一瞥した。「偽物だ」座敷が静まり返った。鷹司の目が細くなる。「何?」朔夜は懐から、別の帳簿を取り出した。「三年前からの入金記録だ」雪乃が目を見開く。「それ……」「小雪の家から回収した」帳簿を開く。雪乃が花霞楼から送り続けていた金。鷹司側へ渡った金。借金として差し引かれた額。すべて記録されている。朔夜が淡々と言った。「元金も利息も、とっくに払い終わっている」鷹司は鼻で笑った。「だか
last updateÚltima atualização : 2026-09-27
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第7話 初めて恋をした夜

朔夜の指が、雪乃の頬に触れていた。ただ、それだけだった。なのに。雪乃は動けなかった。男に触れられることなど、珍しくもない。花霞楼では、それが仕事だった。手を握られる。肩を抱かれる。甘い言葉を囁かれる。相手が何を望んでいるのかを察し、それに応える。雪乃にとって、それは呼吸と同じくらい自然な仕事だった。けれど。今は違う。「……雪乃」朔夜が呼ぶ。低い声。それだけで、胸の奥が熱くなる。「何?」「嫌なら言え」雪乃は目を瞬いた。「……何が?」「触れられることだ」雪乃は少し笑った。「今さら?」「ああ」「花魁だった女に聞くこと?」朔夜の表情は変わらない。「花魁だったことは関係ない」「…………」「今ここにいるのは、俺の客ではないだろう」雪乃の胸が、ぎゅっと締めつけられた。朔夜の手が離れようとする。反射的に。雪乃はその手首を掴んだ。「……待って」朔夜が止まる。雪乃自身が、一番驚いていた。今まで。客の手を止めたいと思ったことはあっても。離れていく手を追ったことなどなかった。「どうした」「……分からない」「何が」「あたし、自分でも分からないの」雪乃は朔夜の手を握ったまま俯いた。「こういうとき、いつもなら分かるのよ」相手が欲しい言葉。欲しい表情。欲しい仕草。全部。「でも、朔夜の前だと……何をしたらいいのか分からない」「何もしなくていい」雪乃が顔を上げる。「え?」「おまえは俺を楽しませるためにいるわけじゃない」朔夜は淡々と言った。「笑いたくなければ笑わなくていい」「…………」「触れたくなければ、触れなくていい」雪乃の指が、朔夜の袖を握る。「じゃあ……」「なんだ」「触れたいときは?」朔夜の金色の瞳が、雪乃を見る。「触れればいい」「……簡単に言うのね」「難しいのか」「難しいわよ」雪乃は小さく笑った。「好きな男になんて、触れたことないもの」初めて口にした。好きな男。朔夜は驚きもしない。赤面もしない。ただ。「そうか」と言った。雪乃は眉を寄せる。「もうちょっと何かないの?」「何が欲しい」「知らない!」「困った女だな」「あなたにだけは言われたくない!」雪乃が睨む。朔夜はほんの少しだけ目を細めた。笑った。たぶん。それを見たら、余計に悔
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第8話 百夜目の花嫁

百夜が始まった。朔夜の言葉を聞いても、雪乃にはすぐ意味が理解できなかった。左肩に浮かんだ白銀の紋様。雪の結晶にも、狐の尾にも見えるその印は、淡い光を放っている。「……消えない」雪乃は指先で触れようとした。「触るな」朔夜がその手を止める。いつもの淡々とした声。けれど、手に込められた力が少し強い。雪乃は朔夜を見た。「痛くはないよ」「今はな」「今は?」朔夜は答えなかった。「朔夜」「……朝になったら話す」「今聞きたい」「雪乃」「百日後に死ぬかもしれないって言われて、眠れると思う?」朔夜が黙る。雪乃は彼の手を振りほどかなかった。「隠さないで」「…………」「もう、あたしの人生なんだから」その言葉に、朔夜の目が僅かに動いた。やがて。「分かった」朔夜は雪乃の前に座った。「百夜の印が現れた者は、一夜ごとに妖の気を受ける」「妖の気?」「俺の力だ」「それが、あたしの身体に入ってくるってこと?」「ああ」「それで人間の身体が耐えられなくなる」「そうだ」雪乃は肩の印を見る。「じゃあ、百日経つ前に半妖になればいいんでしょう?」「それほど簡単ではない」「どうして?」「人としての身体が、妖の力を拒む」朔夜の声が低くなる。「過去の花嫁たちも、それで死んだ」雪乃は息を止めた。「……何人?」朔夜は答えない。「朔夜」「七人」雪乃の表情が固まる。「七人……」「俺だけの花嫁ではない」「え?」「黒羽の一族全体だ」雪乃は少しだけ息を吐いた。けれど。胸の中に生まれた違和感は消えなかった。「それでも……あなたも、花嫁を迎えたことがあるの?」沈黙。雪乃の胸がざわつく。自分でも驚いた。百夜の呪いより。その質問の答えを聞くほうが怖い。朔夜は首を横に振った。「ない」「……本当に?」「ああ」「じゃあ、あたしが初めて?」「そうだ」雪乃は思わず胸を撫で下ろした。そして。すぐに我に返る。「って、何安心してるのよ、あたし」「嫉妬か?」「違う!」「そうか」「ちょっとくらい否定させなさいよ!」朔夜の表情は変わらない。雪乃はむっとして、布団へ座り直した。「でも、変ね」「何がだ」「あなたは千年生きてるんでしょう?」「ああ」「その間、一度も好きな人がいなかったの?」「いなかった」
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