LOGIN『雪華 ― 妖狐に嫁いだ花魁 ―』 男を愛さず、金のために生きてきた花魁・雪乃。そんな彼女の前に、行方不明の妹の手がかりを持つ美貌の武士・朔夜が現れる。 彼の正体は、千年を生きる九尾の妖狐。 初めて知った恋に溺れ、雪乃は花魁として生きられなくなっていく。だが、二人が結ばれた夜、雪乃の肌に不吉な紋様が浮かび上がった。 「百夜目、おまえは俺の前から消える」 過去に命を落とした花嫁たち。妹の失踪。そして、妖狐にかけられた呪い。 それでも雪乃は、朔夜の手を離さない。 「あたしは、あなたと生きたい」 人の世を捨てても、愛する人の隣へ――。 これは、運命に抗う花魁と九尾の妖狐の、禁断の恋物語。
View More花魁の雪乃が、その男の前で初めて「あたし」と口にしたのは、行方知れずの妹の簪を見せられたときだった。
その夜も、花霞楼は賑わっていた。 格子の向こうから三味線の音が流れ、廊下には白檀の香りが漂う。赤い行灯に照らされた座敷で、雪乃は馴染みの客に酒を注いでいた。 「雪乃殿。今宵も美しいな」 「まあ。旦那さまは、お上手でございますこと」 雪乃は微笑んだ。 目の前の男は、名の知れた商家の主人だった。身なりがよく、言葉遣いも穏やかで、女をぞんざいに扱うことはない。 花霞楼の中でも、雪乃は客に恵まれているほうだった。 けれど、どれほど優しくされても、心が動くことはなかった。 男というものが、雪乃は好きではない。 彼らの褒め言葉も、熱のこもった眼差しも、朝になれば消えていく。そこに永遠の約束などないと、とうに知っていた。 それでよかった。 雪乃が欲しいのは、恋ではない。 金だ。 妹を捜すために使う、金だった。 「……雪乃殿?」 呼ばれて、雪乃は顔を上げた。 「失礼いたしました。わらわ、少し考え事を」 「珍しいな。何か悩みでも?」 「いいえ。旦那さまにお聞かせするほどのことではございません」 微笑みを返す。 それだけで、男は満足したようだった。 雪乃は二十二歳。 花霞楼の花魁として、客が何を求めているのかを見抜くことには長けていた。 優しくしてほしい男には、優しく。 話を聞いてほしい男には、聞き役に。 美しい女を自慢したい男には、誰よりも美しい花魁として。 求められる姿を演じることは、難しくなかった。 ただ、そのどれもが、本当の雪乃ではなかった。 「雪乃」 襖の向こうから、女将の声がした。 「次のお客さまだよ」 雪乃はわずかに眉を動かした。 「次、でございますか?」 「おまえをご指名だ。どうしても今夜、会いたいとおっしゃる」 「ですが、旦那さまが――」 「構わんよ」 商家の主人が笑った。 「今夜は十分楽しませてもらった。また来るとしよう」 雪乃は深く頭を下げた。 「ありがとう存じます」 客を見送り、廊下に出る。 女将は珍しく、落ち着かない様子だった。 「雪乃。今からお会いする方には、失礼のないようにおし」 「……いつも失礼などいたしません」 「そういう意味じゃないんだよ」 女将は声を潜めた。 「おまえのお座敷を、言い値で買うとおっしゃった」 「まあ」 それは、ずいぶんと羽振りのよい客だ。 雪乃はさほど驚かなかった。 金を持つ男が、気に入った花魁のために大金を使うことは珍しくない。 けれど、女将はさらに続けた。 「ただし、酒も料理もいらない。おまえと二人で話したいそうだ」 「……話を?」 妙な客だった。 女将が頷く。 「名は、黒羽朔夜さま」 その名に、覚えはなかった。 雪乃は襟元を正し、座敷へ向かった。 襖を開けた瞬間、息を呑む。 窓辺に、一人の男が座っていた。 白銀の髪を後ろで束ね、黒い羽織をまとっている。端正な横顔には、どこか人を寄せつけない冷たさがあった。 男がゆっくりと振り返る。 金色の瞳。 その眼差しが雪乃を捉えた途端、なぜか胸の奥がざわついた。 「……お待たせいたしました」 雪乃は膝をつく。 「花霞楼の雪乃と申します。今宵は、わらわをご指名いただき――」 「雪乃」 男が名を呼んだ。 低く、静かな声だった。 「顔を上げろ」 雪乃は微笑みを崩さず、視線を上げる。 「はい。朔夜さま」 「……そうか」 男は、それきり黙った。 何だというのだろう。 雪乃は小さく首を傾げた。 「わらわの顔に、何か?」 「いや」 朔夜は、苦しげにも見える表情を浮かべた。 「よく似ていると思っただけだ」 「どなたに?」 「……昔、知っていた女に」 雪乃の胸に、わずかな警戒が生まれた。 花魁を誰かの代わりにしようとする客はいる。 亡くした妻。 別れた恋人。 手に入らなかった女。 けれど、雪乃は誰かの代わりになるために、ここにいるわけではなかった。 「お望みでしたら、その方のお話をお聞きいたしましょうか」 「必要ない」 朔夜は答えた。 「俺は、おまえに会いに来た」 その言葉に、雪乃は目を瞬いた。 「……わらわに?」 「ああ」 男は懐へ手を入れた。 取り出したのは、小さな包みだった。 紫色の布。 その色を見た瞬間、雪乃の心臓が跳ねた。 朔夜は包みを開く。 銀細工の簪が、行灯の光を受けて輝いた。 雪の結晶をかたどった飾り。 六つあるはずの先端の一つが欠け、そこだけ白い糸が巻かれている。 「……え?」 雪乃の声が震えた。 見間違えるはずがない。 その白い糸を巻いたのは、雪乃自身だった。 幼い妹が、簪を落として泣いた夜。 「お姉ちゃん、壊れちゃった」 「大丈夫。あたしが直してあげる」 小さな指で糸を結びながら、雪乃は妹に約束した。 いつか、もっと綺麗なものを買ってあげる。 だから、それまで大切にしていてね、と。 妹は嬉しそうに笑った。 その笑顔を、雪乃は今でも覚えている。 「……どうして」 膝の上で、指が震えた。 「どうして、それを……」 「見覚えがあるか」 雪乃は答えなかった。 答えられなかった。 朔夜の手から目を離せない。 「それ、は……」 喉が詰まる。 「……あたしの、妹の……」 言ってしまってから、雪乃ははっとした。 「あたし」。 花霞楼では、決して使わない一人称。 けれど、今は取り繕うことなどできなかった。 雪乃は、朔夜へ身を乗り出した。 「どこで手に入れたの!?」 朔夜は動じない。 「落ち着け」 「答えて!」 雪乃は男の袖を掴んだ。 「それは小雪のものなの! あの子、ずっと持ってたのよ! どこにいたの? 今どこにいるの!?」 「雪乃」 「お願い……!」 声が裏返った。 花魁としての作り笑いなど、とうに消えていた。 「お願いだから、教えて……!」 朔夜は、雪乃の手に視線を落とした。 それから簪を彼女の前に置く。 「持っていけ」 雪乃は息を止めた。 「……いいの?」 「もともと、おまえの妹のものだろう」 雪乃は両手で簪を拾い上げた。 冷たい銀の感触。 あの日、妹の髪に挿してやったものと、何も変わっていない。 涙が落ちそうになり、雪乃は唇を噛んだ。 「小雪は……」 怖かった。 尋ねて、もし最悪の答えが返ってきたら。 今まで何のために、花魁として生きてきたのか分からなくなる。 それでも、聞かなければならなかった。 「……生きて、いるの?」 朔夜は、しばらく雪乃を見つめた。 やがて、低い声で答える。 「生きている」 雪乃の目から、一粒の涙がこぼれた。 「……よかった」 何年も、聞きたかった言葉だった。 「よかった……!」 胸に簪を押し当てる。 その姿を見て、朔夜は一度だけ目を伏せた。 「だが、安心するのは早い」 雪乃が顔を上げる。 「どういう、こと……?」 「小雪を迎えに行くには、条件がある」 「条件?」 「ああ」 朔夜は窓の外へ目を向けた。 庭には、春の桜が咲いている。 「まず、おまえはこの花霞楼を出なければならない」 雪乃は眉をひそめた。 「……どうして?」 「ここにいては、あの娘には会えない」 「だったら、あたしが出ていけばいいんでしょう」 雪乃は簪を握りしめた。 「でも、あなたについていくかは別よ。小雪がどこにいるのか、先に教えて」 朔夜の口元が、わずかに緩んだ。 「……変わらないな」 「何が?」 「いや」 男は立ち上がった。 「今夜は、そこまでだ」 「待って!」 雪乃も立ち上がる。 「勝手に話を終わらせないで!」 朔夜が足を止めた。 雪乃は真正面から彼を見た。 「あたしには、あの子しかいないの」 声は震えていた。 けれど、目は逸らさなかった。 「お金なら払う。足りなければ、いくらでも稼ぐ。だから、お願い。小雪に会わせて」 朔夜の表情から、微かな笑みが消えた。 「……金の問題ではない」 「じゃあ、何なのよ」 「おまえには、まだ信じられないだろう」 男は静かに言った。 「小雪を連れ去ったのは、人ではない」 その瞬間。 ふわり、と冷たい風が吹き込んだ。 閉じていたはずの窓が、音もなく開いていた。 雪乃は振り返る。 庭の桜が揺れている。 その花びらの間に、白いものが混じっていた。 「……雪?」 春だというのに。 雪が降っていた。 背後から、朔夜の声がした。 「雪乃」 振り返ると、男の金色の瞳が、暗闇の中で不思議な光を帯びていた。 「おまえの妹は、もう人間の世にはいない」 雪乃は簪を握りしめた。 「……それ、どういう意味?」 朔夜は答えなかった。 ただ、襖の向こうへ歩き出す。 「明日の夜、迎えに来る」 「待って! 朔夜!」 男が振り返る。 「……次に会うときは、わらわではなく、あたしとして話せ」 雪乃が言葉を失った、その一瞬。 行灯が揺れた。 屏風に映る朔夜の影が、奇妙に伸びる。 人の背には、あるはずのないものが揺れていた。 長く、白い――尾のような影。 「……え?」 雪乃が瞬きをすると、影は消えていた。 廊下に、もう男の姿はない。 残されたのは、妹の簪だけ。 雪乃は窓辺へ駆け寄った。 桜の枝に、雪が積もり始めていた。 「……小雪」 胸に抱いた簪は、氷のように冷たかった。 そのとき、背後で誰かが囁いた。 「見つけた」 雪乃は振り返る。 誰もいない。 ただ、誰も触れていないはずの襖に、細い爪で引っ掻いたような傷が刻まれていた。 一本。 二本。 そして、三本。 傷の隙間から、黒い煙がゆっくりと滲み出す。 「……なに、これ」 煙の奥で、何かが笑った。 「次の花嫁は、おまえか」 雪乃は、声も出せずに立ち尽くした。百夜が始まった。朔夜の言葉を聞いても、雪乃にはすぐ意味が理解できなかった。左肩に浮かんだ白銀の紋様。雪の結晶にも、狐の尾にも見えるその印は、淡い光を放っている。「……消えない」雪乃は指先で触れようとした。「触るな」朔夜がその手を止める。いつもの淡々とした声。けれど、手に込められた力が少し強い。雪乃は朔夜を見た。「痛くはないよ」「今はな」「今は?」朔夜は答えなかった。「朔夜」「……朝になったら話す」「今聞きたい」「雪乃」「百日後に死ぬかもしれないって言われて、眠れると思う?」朔夜が黙る。雪乃は彼の手を振りほどかなかった。「隠さないで」「…………」「もう、あたしの人生なんだから」その言葉に、朔夜の目が僅かに動いた。やがて。「分かった」朔夜は雪乃の前に座った。「百夜の印が現れた者は、一夜ごとに妖の気を受ける」「妖の気?」「俺の力だ」「それが、あたしの身体に入ってくるってこと?」「ああ」「それで人間の身体が耐えられなくなる」「そうだ」雪乃は肩の印を見る。「じゃあ、百日経つ前に半妖になればいいんでしょう?」「それほど簡単ではない」「どうして?」「人としての身体が、妖の力を拒む」朔夜の声が低くなる。「過去の花嫁たちも、それで死んだ」雪乃は息を止めた。「……何人?」朔夜は答えない。「朔夜」「七人」雪乃の表情が固まる。「七人……」「俺だけの花嫁ではない」「え?」「黒羽の一族全体だ」雪乃は少しだけ息を吐いた。けれど。胸の中に生まれた違和感は消えなかった。「それでも……あなたも、花嫁を迎えたことがあるの?」沈黙。雪乃の胸がざわつく。自分でも驚いた。百夜の呪いより。その質問の答えを聞くほうが怖い。朔夜は首を横に振った。「ない」「……本当に?」「ああ」「じゃあ、あたしが初めて?」「そうだ」雪乃は思わず胸を撫で下ろした。そして。すぐに我に返る。「って、何安心してるのよ、あたし」「嫉妬か?」「違う!」「そうか」「ちょっとくらい否定させなさいよ!」朔夜の表情は変わらない。雪乃はむっとして、布団へ座り直した。「でも、変ね」「何がだ」「あなたは千年生きてるんでしょう?」「ああ」「その間、一度も好きな人がいなかったの?」「いなかった」
朔夜の指が、雪乃の頬に触れていた。ただ、それだけだった。なのに。雪乃は動けなかった。男に触れられることなど、珍しくもない。花霞楼では、それが仕事だった。手を握られる。肩を抱かれる。甘い言葉を囁かれる。相手が何を望んでいるのかを察し、それに応える。雪乃にとって、それは呼吸と同じくらい自然な仕事だった。けれど。今は違う。「……雪乃」朔夜が呼ぶ。低い声。それだけで、胸の奥が熱くなる。「何?」「嫌なら言え」雪乃は目を瞬いた。「……何が?」「触れられることだ」雪乃は少し笑った。「今さら?」「ああ」「花魁だった女に聞くこと?」朔夜の表情は変わらない。「花魁だったことは関係ない」「…………」「今ここにいるのは、俺の客ではないだろう」雪乃の胸が、ぎゅっと締めつけられた。朔夜の手が離れようとする。反射的に。雪乃はその手首を掴んだ。「……待って」朔夜が止まる。雪乃自身が、一番驚いていた。今まで。客の手を止めたいと思ったことはあっても。離れていく手を追ったことなどなかった。「どうした」「……分からない」「何が」「あたし、自分でも分からないの」雪乃は朔夜の手を握ったまま俯いた。「こういうとき、いつもなら分かるのよ」相手が欲しい言葉。欲しい表情。欲しい仕草。全部。「でも、朔夜の前だと……何をしたらいいのか分からない」「何もしなくていい」雪乃が顔を上げる。「え?」「おまえは俺を楽しませるためにいるわけじゃない」朔夜は淡々と言った。「笑いたくなければ笑わなくていい」「…………」「触れたくなければ、触れなくていい」雪乃の指が、朔夜の袖を握る。「じゃあ……」「なんだ」「触れたいときは?」朔夜の金色の瞳が、雪乃を見る。「触れればいい」「……簡単に言うのね」「難しいのか」「難しいわよ」雪乃は小さく笑った。「好きな男になんて、触れたことないもの」初めて口にした。好きな男。朔夜は驚きもしない。赤面もしない。ただ。「そうか」と言った。雪乃は眉を寄せる。「もうちょっと何かないの?」「何が欲しい」「知らない!」「困った女だな」「あなたにだけは言われたくない!」雪乃が睨む。朔夜はほんの少しだけ目を細めた。笑った。たぶん。それを見たら、余計に悔
翌朝。花霞楼は、いつもとは違うざわめきに包まれていた。遊女たちが廊下の隅に集まり、小声で話している。「黒羽さまがいらしたって」「雪乃姉さんを身請けするって、本当?」「でも鷹司さまが許さないって……」雪乃は鏡台の前で、黙って紅を引いていた。いつもと同じ化粧。いつもと同じ髪。いつもと同じ、花霞楼の雪乃。けれど。今日が最後になるかもしれない。鏡の中の自分を見つめる。「……最後、か」昨日までなら、そんなことを考えるだけで怖かった。花霞楼を出たら、自分に何が残るのだろう。男を楽しませる術。酒を注ぐ手つき。客が欲しい言葉を見抜く目。ここで身につけたものは、外の世界で何になるのだろう。けれど今は。不思議と、少しだけ楽しみだった。小雪がいる。そして。「……朔夜」名前を口にすると、胸の奥がほんの少し温かくなる。「何考えてるのよ、あたし」雪乃は自分の頬を軽く叩いた。今日は恋に浮かれている場合ではない。まず、自分の人生を取り戻す。そのための日だ。大広間には、すでに三人の男がいた。花霞楼の主人。鷹司蓮。そして黒羽朔夜。女将が雪乃を迎える。「来たね」「はい」雪乃は座敷へ入り、静かに座った。仕事中の一人称に戻す。「お待たせいたしました」鷹司が薄く笑った。「相変わらず、こういう席では完璧だな」「お褒めいただき、ありがとう存じます」「褒めてはいない」「まあ。残念でございます」鷹司の眉が動く。朔夜は何も言わない。ただ雪乃を見る。それだけで、なぜか落ち着いた。主人が咳払いをした。「では、雪乃の身請けについてですが……」鷹司が一枚の証文を畳へ置いた。「話すことなどない」昨日、雪乃が見せられたものだ。新たな借金。保証人、鷹司蓮。「この女には、まだこれだけの負債がある」朔夜は証文を一瞥した。「偽物だ」座敷が静まり返った。鷹司の目が細くなる。「何?」朔夜は懐から、別の帳簿を取り出した。「三年前からの入金記録だ」雪乃が目を見開く。「それ……」「小雪の家から回収した」帳簿を開く。雪乃が花霞楼から送り続けていた金。鷹司側へ渡った金。借金として差し引かれた額。すべて記録されている。朔夜が淡々と言った。「元金も利息も、とっくに払い終わっている」鷹司は鼻で笑った。「だか
「百夜目まで、生きた花嫁はいない」 鷹司蓮の言葉が、部屋に残った。 雪乃は朔夜を見つめた。 いつもと変わらない顔。 静かな金色の瞳。 だからこそ、怖かった。 「……朔夜」 返事はない。 「嘘だって言って」 小雪が雪乃の袖を握る。 朔夜は、ゆっくり目を伏せた。 「嘘ではない」 雪乃の胸が冷えた。 「じゃあ、本当なの?」 「ああ」 「九尾の妖狐に嫁いだ人間は、百日で死ぬ?」 「正確には違う」 鷹司が鼻で笑った。 「大差あるまい」 朔夜の視線が鷹司へ向く。 「黙れ」 声は低かった。 怒鳴ったわけではない。 それなのに、空気が凍ったように感じた。 鷹司も笑みを消す。 雪乃は立ち上がった。 「二人とも、あたしを置いて話を進めないで」 朔夜を見る。 「説明して」 「ああ」 「最初から全部」 「分かった」 朔夜は座り直した。 雪乃も、その正面へ座る。 小雪は姉の隣から離れなかった。 鷹司だけが柱に寄りかかり、腕を組んでいる。 朔夜が口を開いた。 「九尾の一族には、古い契りがある」 「契り?」 「人の女を伴侶として妖の領域へ迎えると、百夜の間に、その女の命が妖気に侵される」 雪乃は黙って聞いた。 「身体が耐えられなければ、百夜を迎える前に死ぬ」 小雪の指が、雪乃の袖を強く掴む。 「じゃあ……お姉ちゃんが黒羽さまと結婚したら……」 「必ず死ぬわけではない」 朔夜が言った。 「助かる方法はある」 鷹司が薄く笑う。 「成功した者はいないがな」 「鷹司さま!」 小雪が睨んだ。 蓮が眉を上げる。 「何だ」 「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」 「事実を言っただけだ」 「でも、お姉ちゃんが怖がるでしょう」 「怖いなら嫁がなければいい」 「それはそうですけど」 小雪は少し考えてから、 「……鷹司さまって、言い方が嫌な人ですね」 と言った。 「…………」 蓮の眉間に皺が寄る。 「おまえにだけは言われたくない」 「どうしてですか?」 「もういい」 「そうですか」 小雪は `( '꒳' )すんっ` と姉のほうを向いた。 蓮が何か言いたそうに口を開き、やめる。 雪乃はこんなときなのに、少しだけ笑いそうになった。 だが、すぐに朔夜へ視線を戻した。 「助かる