「――というわけで、殿下に教わったの。病弱な幼なじみを優先するのは、当然なんですって」その夜、寝支度を手伝ってくれていたミナに薔薇園でのことを話すと、彼女は私の髪を梳く手をぴたりと止めた。鏡越しに目が合う。ミナは、昼間と同じ何とも言えない顔をしていた。「……お嬢様。それは、たぶん、そういう意味では」「そういう意味?」「殿下はきっと、お嬢様に我慢しろと……いえ、何でもございません」ミナは小さく咳払いをして、また櫛を動かし始めた。「でもね、ミナ。殿下ははっきり当然だとおっしゃったのよ。王族の方がそうなさるなら、王家に嫁ぐ私も見習わなくちゃ」「それで、ルカ様に」「ええ。ルカも小さい頃は、よく熱を出していたでしょう?」ミナは私が八つのときから仕えてくれているから、隣のお屋敷に通っていた頃のこともよく知っている。しばらく黙っていた彼女は、やがて櫛を置いて、ふっと息をついた。「……かしこまりました。明日の朝、魔術院へ馬車を回すよう申しつけておきます」「ありがとう!」「ただし、お嬢様」「なあに?」「殿下に何か言われたら、必ず、殿下に教わった通りにしているとお答えくださいませ」「もちろんよ。本当にそうなんだもの」ミナは、なぜか満足そうに頷いた。翌朝は少し早起きをして、厨房でフィナンシェを焼き直した。昨日の残りは、夜のうちにお父様が「これはうまいな」と言いながら全部召し上がってしまったのだ。お見舞いに持っていくなら、焼きたてのほうがいい。ルカは昔、レモンよりも蜂蜜のほうが好きだった。今も変わっていないといいのだけれど。籠いっぱいの蜂蜜のフィナンシェを抱えて、私は王立魔術院の門をくぐった。魔術院の中は、思っていたよりずっと静かだった。石造りの廊下には、薬草と古い紙のにおいが漂っている。案内してくれた若い魔術師は、私がヴァレンティ侯爵家の者だと名乗ると目を丸くして、それから「ノーラン様のお部屋は、その、少々散らかっておりますが」と言いにくそうに付け足した。少々、ではなかった。扉を開けた先は、本と巻物の山だった。机の上にも床の上にも、羊皮紙が雪のように積もっている。窓辺では、青い光を放つ石がいくつも宙に浮かんでゆっくりと回っていた。その山の真ん中に、黒髪の青年が背中を丸めて座っていた。「……悪いけど、報告書なら机の端に置いておいて」
Last Updated : 2026-10-21 Read more