「やったぞ、美咲。とうとう俺が総帥だ! これでもう誰にも文句は言わせない。ようやくお前を――」 返事がなかった。「美咲……?」 わずかに開いた小窓から、春風が吹き込んだ。 薄いカーテンがそよぎ、こたつの上から、かさりと紙の音がした。 音のした方に目をやると、見覚えのある小箱があった。 あれは、美咲に贈った指輪の箱だ。 胸を満たしていた熱が、すっと冷えた。 駆け寄って蓋を開けると、ダイヤの指輪がきちんと収められていた。 箱の下から、銀色の包装紙が覗いていた。 美咲が「もったいない」なんて言い、大事そうにしまっていたものだった。 折り返された紙の端に、小さな文字が見えた。 貴彪は急いで箱をどけると、震える手で包装紙を広げ、裏返した。 白い裏面に、見慣れた右上がりの文字がびっしりと並んでいた。「……何だよ、これは」 最後の一行を読み終えても、貴彪はしばらく動けなかった。 銀色の紙を持つ指先がわなないた。 貴彪の視線は、手紙のある一文に戻っていった。 ――『どうか、たくさんの人に愛されてください』「……ふざけるな」 貴彪は声を絞り出した。「お前以外の誰かに愛されたって、意味がないだろ。俺は、ようやくお前を妻に迎えられると――」 ふいに膝から力が抜け、貴彪はその場に崩れ落ちた。 それでも、手紙だけは放さなかった。「美咲。俺から逃げ切れると思うな」 くしゃりと手紙を握りしめた。 ――その一年前。 美咲は、父が残した九百万円の借金と引き換えに、貴彪の屋敷に囚われた。
Last Updated : 2026-11-03 Read more