実はここ数年でファンダムの中にある“同担拒否”のムーブメントを肌で感じ取る機会が増えた。最初の印象は、仲間同士で熱量を分け合うための自己防衛だったけれど、深掘りすると結果的に多様性を狭めてしまう面が多いと考える。
自分の場合、特に'ユーリ!!! on ICE'のような作品で目立つ現象を見てきた。同担拒否は一見、特定の推しを守るための境界線に見えるけれど、それが強くなると二次創作や議論の場から多様な声が排除される。たとえば同じキャラクターを好むファン同士でも、解釈や表現の幅は広い。にもかかわらず「同じ推しは許さない」という雰囲気があると、複数の解釈を持つ人や、あえて別の角度で作品に向き合う人が肩身の狭い思いをする。
一方で、ある種の居場所として機能する側面も無視できない。過度に侵入的なファン行動を避けたい人にとっては心地よい防御線となりうるし、精神的な安全を確保する助けにもなる。だからこそ自分は、線引きをしながらも表現の多様性を尊重するルール作りが必要だと考えている。共感と距離のバランスを意識してこそ、熱狂が誰かを締め出すことなく持続できると思う。