Share

旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない
旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない
Author: 年華

第1話

Author: 年華
ゴールデンウィークに彼氏の吉野悠人(よしの ゆうと)と旅行へ出かけた。車に乗り込むと、助手席に知らない女性がいた。

悠人は笑いながら言った。「後輩の鈴蘭なんだ。ちょうどあっちに行くって言うから、一緒に連れてきたんだよ」

小林鈴蘭(こばやし すずらん)は振り返り、私を見て微笑んだ。「気にしないでください。お邪魔はしませんから、車に乗せてもらうだけでいいんです」

私・白川芽依(しらかわ めい)は言葉を飲み込み、黙っていた。

ホテルに着いてルームキーでドアを開けようとしたら、鈴蘭がスーツケースを持ってついてきた。

悠人は当たり前のようにこう言った。

「鈴蘭一人だと心細いだろ。3人で同じ部屋に泊まろうよ。そのほうが賑やかで楽しいし、彼女はソファでいいからさ」

鈴蘭はすでにベッドの端に座り、私を見上げて言った。「ソファで寝ますから、お二人には迷惑かけませんので」

私はその場に立ち尽くした。悠人の当然のような態度を見ていたら、無性に気持ち悪くなった。

「分かった。じゃあ彼女と二人でこの部屋を使って。私は別の部屋を取るわ」

私は返事も聞かず、すぐに踵を返した。一秒だって一緒にいたくなかった。

悠人は呆気に取られた様子で追いかけてきて、私の手首を掴んだ。

「芽依、何もそこまでしなくていいだろ?たかだか一部屋のことで、何でそんなに怒ってるんだよ?」

私は悠人の腕を振り払った。「一部屋のことだって?出発前に私と相談した?」

「いちいち相談することか?鈴蘭は俺の後輩なんだ。女の子が一人でホテルに泊まるのは危ない。3人で一つの部屋で寝ればいいだろ?鈴蘭はソファなんだし」

悠人の顔を見つめる。何だか、知らない人を見ているような気分になった。

「予約したときに何で言わなかったの?出発前も、ずっと言わなかったよね。ホテルに来て初めて言うなんて、私のことどう思ってるの?」

「お前が変に勘ぐると思ったからだ」

悠人は眉をひそめ、私がまるで道理のわからない女だという顔をした。

「お前はいつもそうだ。些細なことを大げさにしすぎる。鈴蘭はただ車に同乗して、一晩泊まるだけだ。どうしてそんなに悪く考えるんだよ?」

「悪く考えているのは私の方?」

あまりのことに、笑いがこみ上げてきた。

「あなたが連れてきた知らない女と一緒の部屋に泊まれと言われて、断ったら私が悪いの?」

「じゃあ、どうしてほしいんだよ?」

「それを考えるのはそっちの役割じゃないの?」

私はエレベーターのボタンを押した。

「鈴蘭さんをそんなに心配してるなら、二人で泊まればいい。私は一緒に泊まらないから」

エレベーターのドアが開き、中に入った。

悠人は追いかけてこなかった。

「芽依、いい加減にしてくれないか?旅行に来てまで空気を台無しにするのはやめろよ」

エレベーターのドアが閉まる直前、部屋から走ってきた鈴蘭の甘えた声が聞こえた。

「悠人さん、やっぱり私出て行こうかな。私のせいで喧嘩しちゃってる……」

悠人が何と答えたのか、私には聞こえなかった。

私は1階のフロントに降り、空き部屋がないか聞いてみた。

フロントの女性が調べてくれたところ、キャンセルが出て空きがあった。ダブルルームで1泊2万4000円。

普段なら悩む値段だが、そのときは迷わずカードで支払った。

私の部屋は12階だった。悠人たちは9階だ。

部屋に入るとスーツケースを放り投げ、私はベッドに倒れ込んで天井を見つめた。

スマホが何度も震える。悠人からのメッセージだ。

【結局どうしたいんだよ?】

【わざわざ旅行先で揉めたいのか?】

【芽依、少しは筋道を立てて話してくれないか?】

私は無視した。

10分ほどして、また新しいメッセージが来た。

【鈴蘭にはもう言った。彼女がゲストハウスに泊まることにしたから、戻ってこいよ】

その言葉を眺め、しばらく考えてから返信した。

【悠人、もう別れよう】

送り終わると、スマホをベッドに伏せた。

心臓が大きく波打っていた。手のひらが汗で濡れている。

3分待って画面を見ると、返信があった。【本気か?】

その言葉を見て、私は思わず吹き出し、返信した。【本気】

すぐさま返事が返ってきた。【ああ、後悔するなよ】

それ以降、私から返信はしなかった。

30分ほど横になっていたら、胃の調子が悪くなってきた。

昼食は移動中に少しお菓子を食べただけだ。今はもう夜の8時を過ぎていた。

私は顔を洗い、服を着替えて夕飯を食べに外へ出ることにした。

ホテルの近くには美食通りがあり、連休の人波で溢れかえっている。

人の列が短いお店を狙い、ぶらぶらと通りを歩いた。

すると、一軒のしゃぶしゃぶ専門店の前で、思わず足が止まった。

列が短かったわけじゃない。ガラス越しに、悠人と鈴蘭が二人で食事をしているのが見えたからだ。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない   第13話

    修平が用意した警告書は、事務的な言い回しでありながら、一文一文が鋭い刃のようだった。【吉野悠人様による白川芽依様への執拗な接触及びつきまとい行為は、白川芽依様の平穏な生活を著しく侵害しており、不法行為に該当するおそれがあります。本通知到達後は、電話、ライン等による連絡、待ち伏せ、尾行その他一切の接触行為を直ちに中止してください。これに応じない場合、当職は警察への相談・被害届の提出その他必要な法的措置を講じるとともに、損害賠償請求を含む民事手続を進めます】私は読み終えると、1つ付け加えた。「何でしょうか?」「同僚の森下さんに対して、『そういう筋に知り合いがいる』と脅した件です。それも書き入れてください」修平は私を一瞥しただけで何も聞かず、パソコンのキーボードを打ち始めた。警告書が印刷され、茶色の封筒に入れられてから、法律事務所の社判が押された。修平は言った。「内容証明郵便で吉野さんの住所に送ります。それと同時に、彼のスマホにも電子データを送信しておきますね」「費用はいくらですか?」「3万5千円です」私は支払いを済ませ、法律事務所を出た。外はもうすっかり夜になっていた。8月末の夜風はまだ熱を帯びていて、顔に触れるたび不快だった。道端でタクシーを待っていると、スマホが震えた。悠人からのラインだった。短くだけ書かれていた。【弁護士をつけたのか?】私は返した。【そうよ】しばらくしてから、悠人が返信をよこした。【やりすぎじゃないか?】私は無視した。追い打ちのように悠人からメッセージが届く。【3年間も一緒にいた仲だぞ。こんなことで弁護士まで立てるのか?】いくつか言葉を打ち込んだが、私は全部消して、最後に句読点だけを送信した。伝えるべき言葉がないのではなく、もう一言も交わしたくなかったのだ。警告書が届いてから、悠人は1週間ほど大人しくしていた。だが、1週間後にはまた悪さをし始めた。今度はやり方を変えてきたのだ。悠人は自身のインスタに、長文を投稿した。内容を一言で言えば、3年の付き合いを簡単に捨てるなんて、女の冷淡さが怖い、というものだった。自分の非は認めつつも、こう嘆いていた。【人なら誰でも間違いはある、変わろうとしているのにチャンスさえ与えてくれない】それに、【毎晩眠れず、

  • 旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない   第12話

    【私の質問に答えて】【芽依のことを大切に思っているからだよ。他の男と一緒にいるなんて、耐えられない】【私たちはもう別れたの】【納得してないぞ】【別れるのにあなたの許可はいらないわ】【芽依、一度だけチャンスをくれ。本当に変わったから】画面の文字を読んで、私はあまりの身勝手さに言葉を失った。【何が変わったっていうの?他人を脅すような人間になったの?】【脅したわけじゃない。忠告しただけだ。あの男が賢ければ、お前から離れるはずさ】私は目を閉じ、深く息を吐き出した。それから、【覚悟しなさい】とだけ打って送信した。スマホを握りしめて、私は会社を出る。悠人に会うのではなく、警察署へ向かった。悠人が拓也を脅迫した件を話すと、警察はノートに記録した。「具体的にどんな風に言いましたか?」「そういう筋に知り合いがいるから、森下さんに気をつけろと」「録音データはありますか?」「いいえ」「ラインの履歴は?」「ビルの前で直接言われたので、履歴はありません」警察はペンを置き、私を真っ直ぐ見た。「証拠がないと対応は難しいですね。今の発言も脅迫と言い切るには証拠不足ですし、相手も否定するでしょう」「それなら、どうすればいいのでしょうか?」「まずは証拠を集めることですね。次はメッセージならスクリーンショット、直接会ったなら隠し録音をして、また持ってきてください」警察署を出ると、あたりはもう暗くなっていた。信号待ちをしていると、スマホが震えた。悠人からのメッセージだった。【芽依、まだ俺に未練があるんだろう。自分に嘘をつくなよ】かつての私を思い出す。いつも折れるのは私、自分から連絡するのは私、謝るのも私だった。何に対して謝っていたんだろう?私が過敏だから?考えすぎるから?度量が小さいから?私はメッセージを無視したが、悠人は引き下がらなかった。今度は母に連絡を取り始めた。どこで番号を見つけたのか。以前保存していたのか、それとも誰かに聞いたのかは分からない。母から電話がかかってきて、声が少し震えていた。「芽依、あの吉野くんから電話が来たわ」「何か言ってた?」「自分が悪かったから、芽依を説得して仲直りさせてくれと」「お母さん、相手にしないで」「無視したわ。本人同

  • 旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない   第11話

    悠人は一歩近づき、声を潜めた。「1時間だけ俺に時間をくれ。たったの1時間でいい」私が言い返そうとすると、後ろでエレベーターの開く音がした。拓也が降りてきた。ファイルを持っていて、私と悠人を見ると動きを止めた。拓也は悠人を見つめ、それから私に視線を向けた。「大丈夫ですか?」拓也は私に尋ねる。私は首を振った。悠人は拓也を凝視した。私の隣の拓也を見て、表情を曇らせる。「こいつは誰だ?」「職場の同僚」と答える。拓也は特に気に留めた様子もなく、小さく頷くとファイルを持ってその場を去った。それでも悠人の視線は、拓也が廊下の先へ消えるまでずっと追っていた。「お前のこと、好きなのか?」悠人の声が冷ややかなものに変わる。私は顔を上げて悠人を直視した。「悠人。私たちはもう別れたの。私が誰を好きで、私が誰に好かれるか、あなたには関係ないでしょ?」「別れてからまだ4ヶ月も経ってないんだぞ」「だから何?」悠人は歯を食いしばり、言葉を飲み込んだ。なんだか滑稽に思えてくる。「悠人、よく聞いて」私は一言ずつ噛みしめるように告げた。「私たちが別れた理由に第三者は関係ない。鈴蘭さんの件はどうでもいいわ。そもそもあなたの人間性に問題があるの。根本的に、私を対等に扱う気なんてないでしょ」悠人の顔色が瞬時に青ざめた。彼は杖に体重を預けたまま、指の関節が白くなるほど力を込めて立っている。ロビーに数秒間、重苦しい静寂が漂い、エアコンの稼働音だけが響いていた。私は背を向け、エレベーターの方へと歩き出す。今度は悠人が追いかけてこなかった。けれど、悠人という男は一度貼り付いたら取れないガムのようにしつこかった。会社には現れなくなったが、別のやり方で私の日常に入り込んできた。例えば、遥からの連絡だ。遥によると、悠人から電話があったそうだ。私が最近誰と会っているか聞かれたという。「どう答えたの?」片付けをしながら私は尋ねる。「『あなたには関係ないでしょう?』って言って切ったよ」「その後もかかってきた?」「しつこいから着信拒否したわ」遥がお菓子をサクサクと食べる音が聞こえていた。「ただね、吉野さん、森下さんのところにまで行ったみたいよ」私の手が止まった。「今、なんて?」

  • 旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない   第10話

    母からの電話で、「会いたい」と言われ、私はすぐに週末の切符を買った。地元は小さな地方の県で、最寄りの市からバスでさらに2時間かかる。駅まで迎えに来た母は、赤い半袖シャツを着ていて、髪を黒く染めていた。「痩せたわね」と、母はいつも必ず最初にそう言う。「ううん、逆に1キロ増えたよ」「太ったほうがいい。そのほうがいいのよ」家に着くと父がキッチンで料理をしていて、いい匂いが部屋いっぱいに漂っていた。「お父さん」父は振り返った。「おかえり。手を洗って、ご飯にしよう」食卓には肉じゃが、揚げ出し豆腐、ほうれん草のおひたしに味噌汁が並ぶ。母は私にご飯を山盛りによそい、さらに料理も取り分けてくれた。「お母さん、こんなに食べられないよ」「急がなくていいから、ゆっくり食べて」父が一口食べてから、不意に聞いた。「あの吉野くんとは別れたんだろ?」箸が止まった。「別れたよ」「別れて正解だ」父は肉を1つまみ、口に入れた。「前からあいつは気に入らなかったんだ」母が父をにらみつける。「そんな言い方しかできないの?」「言い方の問題か?別れて正解だった、それ以外の言いようがないだろう?」私は言い合う二人を見ていたら、急に鼻の奥がツンとした。食事のあと、母に誘われて散歩に行った。地元はとても狭く、一番の大通りを往復しても20分とかからない。タピオカ屋さんの前を通りかかると、母が言った。「芽依、小さい頃これが大好きでね。テストでいい点を取るたびに、お母さんにおねだりしてたじゃない?」「今でも好きだよ」「じゃあ買おう」私たちはそれぞれミルクティーを持って、道の脇のベンチに座った。タピオカは少し固くて、甘すぎるミルクティー。それでも最後の一口まで飲み干した。「芽依」「ん?」「もし辛いならお母さんに言いなさいよ。一人で溜め込んじゃダメだから」私は手の中の空のカップをじっと見つめる。ストローの先に、残ったタピオカが張り付いていた。「お母さん、私、昔はずいぶんバカだったよね?」「若い時なんて、みんなバカなものよ」母が私の手の甲をポンと叩いた。「お父さんと付き合った時、おばあちゃんは反対して足を折る勢いだったのよ。当時のお父さんは本当に貧しくて、まともな鍋すら持ってなかった

  • 旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない   第9話

    私はその場に立ち尽くし、街角に消える律の後ろ姿を見送ってから、手元の小箱を開けた。中に入っていたのは、翼を広げた鳥の形の小さな銀色のブローチだった。箱の底には、小さく畳まれたメモが押し込まれていた。開いてみると、そこには丁寧な字で一行だけ手書きの言葉があった。【白川さん、君の名前は『始まり』を意味する。もう誰かの影にいる必要はない。今こそ、自分の光へ向かって芽吹く時だ】私は街灯の下で長いこと立ち尽くしていたら、警備員が何度も顔を覗き込んできた。結局、そのブローチを襟に留め、メモを握りしめたまま部屋へと戻った。その夜、ベッドに横たわってぼんやりと天井を眺めていた。スマホが光り、律からラインが届いた。【いつか盛沢市に来たら、一番美味しい料理を奢るよ】私は返した。【楽しみにしてるね】律から笑顔のスタンプが返ってきた。枕元にスマホを置き、私はゴロンと寝返りを打った。6月15日、悠人が退院した。その知らせをくれたのは遥だった。遥の友達が、市立病院の整形外科病棟で看護師として働いているそうだ。「吉野さんが退院した日、かなり騒がしかったみたいよ」遥は電話越しに嬉しそうに言った。「例の後輩が迎えに来たのに、吉野さんが大勢の前で『いらない』って突っぱねて、杖をついて帰ったんだって」「それから?」「で、その後輩が病院の前で泣き崩れちゃったのよ。ねえ、すごいでしょ?」私はただ、「そうなんだ」と相槌を打った。「それだけ?」「他になんて言えばいいの?」遥が笑った。「芽依ちゃんも変わったわね」電話を切り、私は片付けを続けた。6月末、悠人が会いに来た。どこで聞きつけたのか、彼が突然私のマンションの前に現れたのだ。残業終わりで帰ってくると、杖をついて壁に寄りかかる人影が遠目に見えた。右脚のギプスとすっかり痩せた体、あごには青白い無精ひげが生えている。私に気づくと、悠人は姿勢を正した。「芽依」私は数メートル手前で足を止めた。「どうしてここを知ってるの?」「三浦さんに聞いたんだ」遥が教えるはずがない。私は眉をひそめた。「母さんのスマホを借りてかけたんだ。母さんだと思ったみたいで、教えてくれたんだよ」遥……私は心の中で小さく毒づいた。「何の用?」

  • 旅行で後輩と同じ部屋?私はもう我慢しない   第8話

    コンビニの外に出ると、夏の夜風がまとわりついてきた。律はレジ袋を私に手渡すと、「どこに住んでるの?」と聞いた。「川沿い通り」「ちょうど通り道だ。そっちに行くよ」私たちは並んで歩道を歩き、街灯の明かりの中で、二人の影は伸びては縮んでいた。「今は何してるの?」と律が聞いた。「広告のコピーライター。秋山くんは?」「建築士だよ」「どこで?」「盛沢市。今回は用事で戻ってきたんだ。来週にはまた出発するよ」「へえ」しばらく歩くと、律が切り出した。「吉野と別れたんだって?」私の足が一瞬止まった。「なんで知ってるの?」「高校の同級生グループに書かれてたから。吉野、ゴールデンウィークに後輩の女性を連れて出かけてるのを、白川さんに見つかったんだろ?」噂が広まるのは、本当に早い。「うん、別れたよ」私は言った。「別れて正解だ」私は思わず律を見た。彼は少し前を歩いている。その横顔は凛々しく、高校時代のあの内気だった少年の面影は、もうどこにもなかった。「秋山くん」「ん?」「高校の時、もしかして私のことが好きだった?」律が歩みを止めた。街灯の下で彼が振り向く。眼鏡が街灯の光を反射して、その表情は見えなかった。数秒の間を置いて、律は言った。「ああ、そうだ」「どうして今まで言わなかったの?」「当時の白川さんの目には、吉野しか映っていなかったからさ」律はズボンのポケットに手を入れたまま、再び歩き始めた。「言っても無駄だったんだ」私は言葉を返せなかった。自宅のマンションに着くと、私は足を止めて、「ここだよ」と告げた。律がレジ袋を手渡し、ポケットからスマホを取り出す。「ラインを交換しない?」私は律のコードを読み取った。「出発する前に、一度食事でもどうだ?」と律が言う。「うん、ぜひ」律は頷くと、背を向けて歩き出した。数歩進んでから振り向き、律はこう言った。「白川さん、短髪すごく似合ってるよ」そう言って軽く手を振ると、彼は街角の向こうへ消えていった。私はレジ袋を提げたまま、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。部屋に戻る階段で、ずっとあることを考えていた。高校の3年間、教室の後ろにずっと私を見ている男子がいたことに、一度も気づかなかった。あの頃、

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status