日本語教師は「肝に銘じ る 意味」と「肝に銘じる」の違いをどう説明しますか?

2025-11-05 20:26:50 79

3 回答

Uma
Uma
2025-11-06 06:59:09
授業で生徒に問いかけるときの言い方を思い出してみると、僕はまず用例の対比を見せて区別させます。意味そのものを問う場合は『「肝に銘じる」の意味は何か』と尋ねますし、実際に心に留める行為を表す場合は『肝に銘じる』だけで完結します。

文法的には、『肝に銘じる』が動詞句で主体が何かを覚えておく・胸に刻むという動作を表すのに対して、『肝に銘じる意味』はその動詞句に『意味』という名詞がくっついた語の説明です。例を挙げると、先生が「この教訓を肝に銘じなさい」と言えば行為の指示になり、辞書を見ると『肝に銘じる=深く心に刻んで忘れないようにすること』と説明されています。

さらに使い分けのコツとして、口語ではもう少し軽い言い方(たとえば『覚えておいてね』『よく覚えておけ』)を使うことが多く、書き言葉や改まった話し言葉では『肝に銘じる』が好まれます。語感の違いを意識すると、どちらを使うべきか判断しやすくなります。
Yolanda
Yolanda
2025-11-07 09:08:33
現場でよく使う説明として、最初に区切り方と品詞の違いをはっきりさせます。僕は授業でこう説明します。

肝に銘じるは動詞句で、『肝に銘じる』と一まとまりで使います。直訳すると「肝(こころ)に深く刻む/忘れないようにする」という意味合いで、例えば「その忠告を肝に銘じる」「今回の失敗を肝に銘じる」といった形で、対象(忠告・失敗など)をを伴って用います。かなり改まった表現で、注意や決意を強める場面で使うことが多いです。

一方で「肝に銘じる意味」と言うときは、動詞句に名詞の『意味』が付いているので「『肝に銘じる』という表現が何を表すか」を説明する語句になります。文としては『「肝に銘じる」の意味は…』のように『の』を入れて説明されることが多く、話し手は語の内容やニュアンスを解説する立場になります。要するに、前者は行為や態度を表す言葉そのもの、後者はその言葉の説明を求めたり与えたりする表現だと理解すると分かりやすいです。最後に、語源的には『肝』=心の座、『銘じる』=刻む、の合成で、感情の深さを強調する語だと伝えています。
Valerie
Valerie
2025-11-08 10:29:33
初心者向けにかみくだくなら、僕はこう教えます。まず『肝に銘じる』は一つの動作を表す言葉で、『心に強く刻む』『忘れないようにする』という意味があります。例:『先輩の言葉を肝に銘じる』。ここでは行為として使われています。

一方で『肝に銘じる意味』という並びは、言葉の意味を説明したり尋ねたりする文脈で出てきます。文章としては『「肝に銘じる」の意味は…』とするのが自然で、語の説明をする際の表現です。言い換えれば、前者は使い方そのもの、後者はその使い方が何を表すかを示すフレーズです。

最後に実用的な助言を一つだけ付け加えると、会話や書き言葉で『肝に銘じる』を使うときは、対象(注意・忠告・経験など)を明示すると意味がはっきり伝わります。
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