翻訳者は原作の躊躇いを日本語でどう忠実に伝えますか？

台詞のためらいを翻訳する場面では、映像や音声の制約があるかどうかで手法を変えている。字幕翻訳やゲームのローカライズだと、文字数や表示時間が限られているため、端的で伝わる表現を選ばなければならない。一方で小説翻訳なら、内心描写を補う余地があるので、ためらいの背景を短く説明的に挿入することも可能だ。

あるゲーム案件、『The Last of Us』のような没入型作品を扱ったときは、キャラクターの呼吸や間合いを文字数の範囲内でどう表すかが勝負だった。英語の細かなためらいは「…」で済ませると味気なくなる場面があるので、「言葉に詰まった」「言いかけてやめる」といった動作描写を最低限加えて演技のニュアンスを担保した。別の手として、語尾や助詞の選び方でためらいの種類を示すこともする。たとえば断定を避けるためのためらいなら「…かも」と付け、遠慮や躊躇なら「あの」「その」といった導入語で曖昧さを示す。

最終的には、原文のテンポと登場人物の立ち位置を尊重して、読み手が違和感なく人物の躊躇いを感じ取れるよう調整している。試行錯誤して台詞を何度も読み替える作業が欠かせないと痛感している。

翻訳者として心がけるのは、ためらいが単なる記号ではなく人物の息づかいであることを忘れないことだ。原文の「um」「well」や途切れる語尾は、その場の緊張や迷い、言い淀みを示す手がかりだから、日本語にするときも意味だけでなくリズムを残すよう努める。例えば英語の短い躊躇は日本語では「えーと」「あの…」のどちらか、あるいは単に「…」で表現するかを判断する必要がある。

具体的には三つの層で考える。第一に句読点や省略記号の使い方で、原文の間合いを表現する。長い間やためらいには「……」や行内の間を空けるなどの視覚的手段を使う。第二に語彙でためらいのニュアンスを補う。たとえば躊躇が不安から来るのか、遠慮から来るのかで「すみませんが」「なんと言えばいいか」などを加えることがある。第三に文体の一貫性を保つこと。主人公の口語的な癖を崩さず、場面ごとのトーンを損なわないよう注意する。

たとえば『ハリー・ポッター』のような会話場面では、魔法世界特有の礼儀や戸惑いを示すために、原文の微妙なためらいをカギカッコ内の省略や挿入句で示すことが多い。最終的に選ぶ表現は読み手の想像を邪魔しないことが大事で、私はいつも「声に出して読んでみる」ことで違和感を確かめている。

短い言葉でいうと、ためらいは記号と語彙の両方で表現するのが基本だと考えている。原文の「uh」「well」などを日本語にする場合、単純に「えーと」と置き換えるだけで済むこともあれば、場面や人物像によって「まあ…」「うーん」「その…」と変える必要がある。

『シャーロック・ホームズ』の翻訳を手がけたときは、探偵の思案や相手を試すためのためらいをことさら強調しないようにした。会話の流れを止めすぎると推理のリズムが崩れるからだ。だから短い省略符で間を表し、必要なら内心の補足を一行挿む程度に抑えた。読みやすさを損なわず、人物の微妙な動揺を残せれば翻訳として成功だと感じる。

言葉に詰まる瞬間を文字にする作業は、演技の脚本を書くようなところがある。口語のためらい（「uh」「hm」「well」）をどう日本語化するかで、登場人物の性格がぐっと浮かび上がるからだ。私がよくやる手順は、まず原文のためらいの種類を分類する。すなわち、思考のための間（考え中）、感情のための間（怖じ気づき）、言葉を探すための間（適切な語を見つけられない）の三つだ。

次に日本語での表現候補を並べる。「ええと」「あの」「まあ」「その……」など、語尾の切り方や省略記号の長さを変えて試す。特に『ゲーム・オブ・スローンズ』のように政治的な駆け引きが多い作品では、ためらい一つで嘘や本心が透けて見えるので、短い「…」では足りず「――」や挿入句を使って緊張感を演出することもある。最後に、台詞を朗読してみて不自然なら修正する。視覚的な省略と語彙の補助を組み合わせることで、原作の躊躇いを日本語でも生きたものにしようとしている。