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最後の願いは、貴方に弔いなき死を

最後の願いは、貴方に弔いなき死を

By:  ででCompleted
Language: Japanese
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私、入江日美子(いりえ ひみこ)は、この世に残された最後の人魚の末裔。生まれながらにして三度、わが身を削ったら天に願う禁忌の力を宿していた。 一度目は、恋い慕う男である横山清隆(よこやま きよたか)が死の淵を彷徨ったとき。私は腹に宿した赤子と、将来母となる未来のすべてを生贄とし、清隆の長命息災を乞うた。 二度目は、この哭海村(なきみむら)の網元・横山家が没落の危機に瀕したとき。私は積年の修行で得た霊力のすべてを代償に、横山家の再興と万事の安寧を祈祷した。 そして三度目。清隆の幼馴染である白井美紗緒(しらい みさお)が難産に苦しむと、あろうことか彼は私に、三度目の生贄となれと迫った。 美紗緒母子の無事を祈れと。 拒絶した私を、彼は荒くれ漁師たちが寝泊まりする「番屋」へと放り込んだ。 「一回につき十円だ。好きに抱け。どうせこいつは、孕まぬ石女だからな」 その夜、獣のような息遣いの中で、私は喉が裂けるほどに泣き叫んだ。 翌朝、障子の隙間から薄光が差し込む頃。 私は自らの命を最後の代償として、懐の勾玉に血を這わせ、最期の呪詛を詠った。 「我を欺き、辱めし外道どもよ……汝らが血脈、末代まで根絶やしとなれ。死して屍を拾う者なく、魂は永劫、無縁の闇を彷徨わん!」

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Chapter 1

第1話

私、入江日美子(いりえ ひみこ)は、この世に残された最後の人魚の末裔。生まれながらにして三度、わが身を削ったら天に願う禁忌の力を宿していた。

一度目は、恋い慕う男である横山清隆(よこやま きよたか)が死の淵を彷徨ったとき。私は腹に宿した赤子と、将来母となる未来のすべてを生贄とし、清隆の長命息災を乞うた。

二度目は、この哭海村(なきみむら)の網元・横山家が没落の危機に瀕したとき。私は積年の修行で得た霊力のすべてを代償に、横山家の再興と万事の安寧を祈祷した。

そして三度目。清隆の幼馴染である白井美紗緒(しらい みさお)が難産に苦しむと、あろうことか彼は私に、三度目の生贄となれと迫った。

美紗緒母子の無事を祈れと。

拒絶した私を、彼は荒くれ漁師たちが寝泊まりする「番屋」へと放り込んだ。

「一回につき十円だ。好きに抱け。どうせこいつは、孕まぬ石女だからな」

その夜、獣のような息遣いの中で、私は喉が裂けるほどに泣き叫んだ。

翌朝、障子の隙間から薄光が差し込む頃。

私は自らの命を最後の代償として、懐の勾玉に血を這わせ、最期の呪詛を詠った。

「我を欺き、辱めし外道どもよ……汝らが血脈、末代まで根絶やしとなれ。死して屍を拾う者なく、魂は永劫、無縁の闇を彷徨わん!」

……

清隆が足を踏み入れた時、私は汚濁の中に横たわっていた。最後の一人が、ズボンを上げながら去っていくところだった。

男は清隆を見ると、下卑た笑いを浮かべた。

「横山の若旦那、ご馳走様でした。奥方の味は極上でしたよ」

清隆は眉ひとつ動かさず、傍らにあった花瓶を男の頭に叩きつけた。

鈍い音と共に破片が飛び散り、男は悲鳴を上げながら引きずり出されていった。

清隆は私の枕元へ歩み寄り、無残に裂かれた下半身を冷ややかに見下ろした。

「懲りたか?」

反応のない私に、彼はふと溜息をつき、顔の汚れを指先で拭った。

「いい子だ、日美子。これが最後なんだ、俺を助けてくれ。

嫉妬しているのは分かっている。だが美紗緒の腹にいるのは、俺の血を分けた子なんだ。

お前はもう産めぬ体だろう。他人の幸せまで邪魔立てするな」

かつての若き日の彼は、私が彼を救うために子を捧げたことを知り、枕元で気絶するほど泣き崩れたというのに。

あの時、充血した目で私を抱きしめ、「子供がいなくとも、一生お前だけを愛し抜く」と誓ったはずなのに。

過去の言葉が、因果の刃となって眉間を貫く。私は血の滲んだ口端を舐め、期待に満ちた清隆の目を見つめながら、静かに首を振った。

「もう、ないわ」

最後の機会は、もうない。

つい先ほど、私は命と引き換えに、最後の願いを使い果たしたのだから。

私は手の中の勾玉を握りしめ、うわごとのように呟いた。

「清隆……あんたも道連れだ。共に地獄へ落ちるがいい」

清隆にはその言葉が聞こえなかったらしい。病院からの電話を受けるなり、彼は血相を変えて私を車へ押し込んだ。

「美紗緒が産気づいた。日美子!早く母子の無事を祈るんだ!」

美紗緒は清隆の幼馴染だ。

彼女は自分の子が「御仏の生まれ変わり」であり、人魚の加護がなければ無事に生まれないと触れ回っていた。

清隆はその妄言を信じ込み、私に三つ目の勾玉を使うよう強要した。

だが、彼は知らない。

人魚の願いは生まれながらに三度だけ、それも願いを叶えるには相応の対価が必要なのだ。一度目は清隆を救うため我が子、二度目は横山家を救うため私のすべての霊力。

そして三度目の願いには……もう、私の命を捧げるしかないということを。

真実を告げても、清隆は耳を貸さなかった。

「美紗緒が言っていた通りだな。お前は性根が腐っている。俺のたねを宿した美紗緒が妬ましいだけで、そんな嘘八百を並べ立てて美紗緒を陥れる気か」

折檻として番屋へ送られた一晩で、私の体は満身創痍となっていた。

それなのに、彼はまだ私に祈祷を強いる。

分娩室から聞こえる断末魔のような叫びに、清隆はいら立ちを募らせ、私の胸を蹴り飛ばした。

「美紗緒が生死の境を彷徨っているというのに、よくもまあそんな澄ました顔ができるな!日美子、最後の情けだ。やるのか、やらないのか!」

頑なに口を閉ざす私に、清隆の怒りは頂点に達した。彼は冷笑しながら電話をかけ、やがて執事が桐箱を恭しく運んできた。

中身を見た瞬間、私は背筋が凍りついた。

人魚族にとって、祈りの天賦以外に最も尊いもの、それは尾にある百八枚の鱗だ。それこそが人魚の強靭な肉体の源。

清隆が手にしているのは、私が彼を最も愛していた年に、全身の鱗を剥ぎ、心臓の血を混ぜて作り上げた「万鱗の鎧」だった。

彼を災厄から守るために。

これを作り上げるために私は三ヶ月も人事不省に陥り、目覚めたときには普通の人間と変わらぬ脆い体になっていた。

清隆はその鎧を弄びながら、嗜虐的な目を向けた。

「日美子、言っていたな。この鎧はお前の鱗でできていて、お前の魂と繋がっていると。もしこれを壊せば……」

万鱗の鎧は金剛不壊。刃も火も通さない。だが、唯一の破壊方法を、私は清隆にだけ教えていた。

「やめて……清隆、お願い、それだけは……」

これから起こる惨劇を予感し、私は恐怖にわなないた。

だが、男は私の懇願を無視し、懐剣を取り寄せると、冷たい刃を私の胸に突き立てた。

「きゃぁっ!」

刃が胸の皮膚を裂き、傷が癒え、また清隆が切り裂く。それを繰り返すうち、万鱗の鎧に亀裂が走り始めた……

私の鱗でできた鎧を壊せるのは、私の生身の血肉だけなのだ。

血が鎧を赤く染め、万鱗の鎧が溶けていく。魂を引き裂かれるような激痛が走り、肉体は崩壊し、意識が遠のいていく。

脳裏にはただ一つの想いだけが残った。

痛い……

本当に、痛い……

「美紗緒様がお産まれになりました!男の子です!若旦那、おめでとうございます!」

その声に私は全身が震え、意識が再び覚醒した。

呪いが成就するまで、あと三時間。

私は生きていなければならない。奴らが地獄の釜へ落ちるのを、この目で見届けるために。

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第1話
私、入江日美子(いりえ ひみこ)は、この世に残された最後の人魚の末裔。生まれながらにして三度、わが身を削ったら天に願う禁忌の力を宿していた。一度目は、恋い慕う男である横山清隆(よこやま きよたか)が死の淵を彷徨ったとき。私は腹に宿した赤子と、将来母となる未来のすべてを生贄とし、清隆の長命息災を乞うた。二度目は、この哭海村(なきみむら)の網元・横山家が没落の危機に瀕したとき。私は積年の修行で得た霊力のすべてを代償に、横山家の再興と万事の安寧を祈祷した。そして三度目。清隆の幼馴染である白井美紗緒(しらい みさお)が難産に苦しむと、あろうことか彼は私に、三度目の生贄となれと迫った。美紗緒母子の無事を祈れと。拒絶した私を、彼は荒くれ漁師たちが寝泊まりする「番屋」へと放り込んだ。「一回につき十円だ。好きに抱け。どうせこいつは、孕まぬ石女だからな」その夜、獣のような息遣いの中で、私は喉が裂けるほどに泣き叫んだ。翌朝、障子の隙間から薄光が差し込む頃。私は自らの命を最後の代償として、懐の勾玉に血を這わせ、最期の呪詛を詠った。「我を欺き、辱めし外道どもよ……汝らが血脈、末代まで根絶やしとなれ。死して屍を拾う者なく、魂は永劫、無縁の闇を彷徨わん!」……清隆が足を踏み入れた時、私は汚濁の中に横たわっていた。最後の一人が、ズボンを上げながら去っていくところだった。男は清隆を見ると、下卑た笑いを浮かべた。「横山の若旦那、ご馳走様でした。奥方の味は極上でしたよ」清隆は眉ひとつ動かさず、傍らにあった花瓶を男の頭に叩きつけた。鈍い音と共に破片が飛び散り、男は悲鳴を上げながら引きずり出されていった。清隆は私の枕元へ歩み寄り、無残に裂かれた下半身を冷ややかに見下ろした。「懲りたか?」反応のない私に、彼はふと溜息をつき、顔の汚れを指先で拭った。「いい子だ、日美子。これが最後なんだ、俺を助けてくれ。嫉妬しているのは分かっている。だが美紗緒の腹にいるのは、俺の血を分けた子なんだ。お前はもう産めぬ体だろう。他人の幸せまで邪魔立てするな」かつての若き日の彼は、私が彼を救うために子を捧げたことを知り、枕元で気絶するほど泣き崩れたというのに。あの時、充血した目で私を抱きしめ、「子供がいなくとも、一生お前だけを愛し抜く」と
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第2話
美紗緒は無事に赤子を産み落とし、清隆は安堵の息を長く吐いた。「美紗緒!ありがとう、よくぞ立派な跡取りを産んでくれた!」その言葉に、胸がえぐられるような痛みが走る。六年前、清隆を救うために腹の子を生贄とした後、私は半人半妖の死産児を産み落とした。清隆は一晩中、寝床の傍らで正座し続け、翌日には自らの手でその骸を裏山へ埋葬した。彼に愛はなくとも、あの子への情だけはあると信じていた。だが、美紗緒の出産に向けられたあの歓喜の相を見て、ようやく悟った。彼は私を、そして私たちの間に生まれた異形の子を、ずっと穢らわしいものとして忌み嫌っていたのだと。突然、分娩室から看護婦の悲鳴が上がった。「大変です!美紗緒様が産後の大出血を!至急輸血が必要です!」「日美子の血を使え!あいつの血は万能だ。治癒の力も宿している!」清隆は躊躇なく私の髪を掴み、処置室へと引きずっていった。太い針が血管を無慈悲に貫き、瞬く間に管が赤く染まっていく。「すでに800cc抜いています。これ以上は入江様の命が……」清隆の視線が私の土気色の唇に落ち、一瞬の躊躇いを見せたその時、駆けつけた母・横山靖子(よこやま きよこ)がそれを遮った。「抜きなさい!横山家の跡取りがかかっているのよ!」靖子は私の頬を激しく打ち据えた。「あんたが祈るのを拒むからだ!孫が無事に産まれなかったのは、すべてあんたのせいだよ!」清隆も冷淡に頷いた。「美紗緒と子供を最優先にしろ」さらに二本の管が満たされると、私は過度の失血で視界が回り、体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。手首が椅子に当たり、硬質な音が響く。それに気づいた靖子の目が、欲深に光った。枯れ木のような手が私の手首を掴み上げる。「人魚族の家宝、血珊瑚の腕輪じゃないか?つけていれば幸運が舞い込むという……こんな名品、私の孫への祝いにこそ相応しい!」人魚族が数千年の繁栄の中で遺した秘宝。靖子は幾度もそれを所望したが、私は頑なに拒み続けてきた。その恨みから、彼女は美紗緒を庇い、私をこの家から追い出そうと画策してきた。私は抵抗する力もなく、腕輪が奪われるのを虚ろな目で見つめていた。靖子は知らない。人魚の秘宝は、その血を引く者だけが扱える代物。余所者が身につければ、それは「呪具」へと転じ、持ち主に
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第3話
真実を知らぬ清隆は、沈黙の後、強引に私を部屋から連れ出した。「日美子、お前は俺の妻だ。地位も名誉も保証する。だが美紗緒には何もない。彼女が求めているのは、俺のささやかな情けだけなんだ。六年前、お前への恩義のために美紗緒を捨てて一緒になった。だが、今度こそ美紗緒を見捨てるわけにはいかんのだ。日美子、お前はすでに俺の愛を一身に受けてきただろう。少しは寛大になれんのか?」涙はもう枯れ果てた。私はただ絶望に染まった目で彼を見つめ、一言も発さなかった。あまりの空虚さに恐れをなしたのか、彼は声を和らげた。「約束する。美紗緒が屋敷に残っても、横山家の奥方はお前だけだ。俺が愛しているのはお前だけなんだ」彼は背後から私を抱きしめ、肩に頭を乗せた。「愛しているよ、日美子」私は背を向けたまま静かに目を閉じた。もう、無駄だ。私の命の灯火は尽きかけている。呪いはもうすぐ成就する。何を言っても手遅れなのだ。清隆の情けは、ほんの束の間のことだった。その夜、彼は鬼の形相で私の部屋へ踏み込み、髪を掴んで美紗緒の前へと引きずり出した。「救え!日美子!当主命令だ、早くこの子を救うんだ!」美紗緒は涙ながらに私の前に膝をついた。「日美子さん、お願い、あの子を助けて!あの子は御仏の生まれ変わりなの!常人の肉体では耐えられない……人魚である貴方にしか、あの子は救えないの!」だが、「人魚の眼」に映る赤子の姿に、御仏の影など微塵もなかった。全身に赤い発疹を出し、呼吸を荒らげている。ただの食物アレルギーだ。「これはアレル……」言いかけた言葉を、美紗緒が遮った。「清隆、日美子さんと二人きりで話をさせてください。同じ女性なら、母としての苦しみを分かってくれるはずだわ」清隆が部屋を出た瞬間、彼女の顔から慈母の仮面が剥がれ落ちた。「よくもまあ図々しく生きていられるわね。大勢の男に抱かれた汚らわしい女のくせに、私から清隆を奪おうなんて」吐き捨てると同時に、彼女は腕の中の赤子を高く掲げ、床に叩きつけた。「やめて……!」止める間もなかった。赤子は畳の上で数回痙攣し、動かなくなった。直後、屋敷中に彼女の絶叫が響き渡る。「私のせいよ、恨むなら私を恨んで!どうして……どうしてあの子に手をかけるの……!」彼女は狂乱したように
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第4話
日美子が息絶えた瞬間、凄まじい落雷が清隆を直撃した。だが奇妙なことに、彼には傷一つ付かなかった。分かっているのは日美子だけ。呪いが、成就した。横山家は間もなく終わる。轟天の雷鳴に驚き、靖子が母屋から駆け出してきた。そこには日美子の亡骸の傍らに跪く清隆の姿があった。靖子は一瞥すると、忌々しげに目を逸らした。「死んだなら好都合じゃないか。これで美紗緒に席を譲れる。初孫を殺した報いだよ。さあ、美紗緒のところへ行きなさい。あの子を亡くして、さぞ悲しんでいるだろうから」靖子が清隆を促すが、彼は動かない。呆然と日美子の死に顔を見つめている。「……なぜ死んでいるんだ?」「なんですって?」清隆は、日美子が最期の息を吐くのをその目で見て、一瞬だけ茫然とした表情を浮かべた。だが、すぐに思い直したのか、それを彼女の「気を引くための狂言」だと決めつけた。「人魚がこんなに簡単に死ぬはずがない。俺への当てつけに、仮死状態になって見せているだけだ。全く、この性根を一度叩き直してやらなければな」日美子の亡骸に向かって独りごちている清隆の元へ、ちょうど美紗緒が歩み寄ってきた。彼は美紗緒を強引に抱き寄せると、冷徹な声で言い放った。「日美子、警告しておく。家出の真似事は通用しないぞ。今すぐ戻って美紗緒に三つ指ついて詫びるなら、許してやってもいい。さもなければ……」宙に浮く人魚の魂は、その光景を滑稽に眺めていた。彼は物言わぬ死体を脅そうとしている。銀色の光が清隆の目を射た。亡骸の右手に嵌められた安物の銀の指輪。それを見た瞬間、彼の動きが止まった。思い出したのだろう。それは、日美子と契りを交わした頃に、清隆が贈った最初の贈り物だ。当時、先代が不慮の死を遂げ、横山家は破産寸前。ただ泣き喚くばかりの母を横目に、清隆は歯を食いしばって家運の再興を背負い込んだ。最も貧しかった時分、一ヶ月分の食費を切り詰めて買ってくれた指輪。今でも鮮明に覚えている。あの狭く、息が詰まるような貸間で、清隆は目を赤くしながら、愛しい人魚姫の指にこれを嵌めてくれた。「日美子、俺にはお前しかいないんだ」成功した後の彼は、目も眩むような宝石をいくつも贈ってきた。けれど、日美子が肌身離さず着けていたのは、この指輪だけだった。月光に照らされる小さな銀の
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第5話
美紗緒はなおも縋りつき、見苦しい弁明を続けた。「違うの、ただ清隆を愛していたからだよ……日美子はもう死んだのよ。私たち、幼い頃から一緒だったじゃない。私以上に清隆に相応しい女なんていないわ。お願い、日美子の代わりに、私をずっとお傍に置いて……」騒ぎを聞きつけた靖子が割って入り、場を収めようと口を添える。「美紗緒の言う通りだよ。日美子はもう死んだんだ。いつまであんな女のために操を立てるつもりだい?」「黙れ!」清隆はいきなり激昂し、美紗緒の首を片手で締め上げた。「日美子は死んでいない!怒ってどこかへ隠れただけだ!すぐに戻ってくる!」美紗緒の顔がみるみる赤く膨れ上がり、ついには白目を剥き始めた。靖子が慌てて止めに入り、清隆の手を振りほどく。解放された美紗緒は、充血した目を剥いて泣き叫んだ。「清隆!まさか、自分の息子を殺した女を、まだ愛し続けるつもりなの?日美子があの子を突き落として殺したのは、動かぬ事実じゃない!」「違います!」障子の陰で聞き耳を立てていた若い娘が飛び出してきた。台所の女中、江口香瑠(えぐち かおる)だ。かつて日美子が目をかけていた子で、土蔵に監禁中も、清隆の不興を買うリスクを冒して密かに握り飯を運んでくれていた。香瑠は大声で叫んだ。「坊ちゃんは重度の魚介アレルギーによる窒息死です!日美子様は関係ありません!」彼女は震える手で、忘れ去られていた白布の包みを抱え直し、皆の前に差し出した。清隆が眉をひそめて布を捲ると、赤子の土気色の顔には、びっしりと赤い斑点が浮き出ていた。それが何よりの証拠だった。美紗緒は顔を一瞬強張らせたが、すぐさま口を尖らせて反論した。「何を馬鹿なことを!これは仏の御印よ!この子が御仏の生まれ変わりである証なの!」まだそんな妄言を吐く美紗緒に対し、香瑠は静かに、だがはっきりと告げた。「お産まれになった際、医者から『魚介は命取りになる』と厳命されておりました。ですが美紗緒様は、ご自分で厨房に命じて、魚介入りの汁物を運ばせて……」「清隆……こ、これは私たちの血を分けた子よ!死んで一番悲しいのは母親の私なの!日美子さんを陥れるために我が子を殺すなんて、そんな残酷なこと、できるはずないわ!」美紗緒は大声でその言葉を遮った。だがその時、不意に扉を叩く音が
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第6話
全ての因果が露呈した。六年前、横山家が没落した際、美紗緒は何よりも、清隆が「幼馴染」という情を盾に自分に縋りついてくることを恐れていた。折しも、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった細川財閥の御曹司・凛太郎に見初められ、彼女は迷うことなく清隆を切り捨て、凛太郎と共に村を捨てて出奔した。美紗緒は正式に妻の座に収まり、数年間は念願だった上流階級の暮らしを謳歌した。だが、その栄華も長くは続かなかった。細川家がある「賭け」に負けて破滅し、凛太郎が一夜にして無一文になった。最初のうちは凛太郎の手持ちの金で凌いでいたが、贅沢な暮らしに慣れきっていた美紗緒はわずか二ヶ月も我慢できず、音を上げた。ちょうどその頃、清隆が没落した家業を見事に立て直し、横山家の威光を取り戻したとの噂が届く。美紗緒は即座に非情な決断を下した。凛太郎の残金を持ち逃げして村へ舞い戻り、清隆の未練を利用して、まんまと彼に取り入った。だが計画の最中、美紗緒は自分が凛太郎の子を宿していることに気づいた。彼女はその子を清隆の子だと偽り、後継ぎを盾に横山家へ入り込んだ。だが、いずれ子の存在から嘘が露見するのを恐れたのだろう。あの子が重度の魚介アレルギーを知りながら、自ら禁忌の食事を与えて始末し、あろうことかその罪を全て私に擦り付けた。凛太郎の嘲笑が続くにつれ、清隆の目は怒りと屈辱で赤く充血していった。かつて美紗緒は、「実家に無理やり東都へ行かされた」と涙ながらに語り、清隆はそれを真実だと信じ込んでいた。だが、今となっては……凛太郎は鼻で笑い、さらに追い打ちをかける。「なぁ、横山の若旦那。そんなに女に飢えてるなら、遊郭にでも行けばいいだろ。他人の古女房とガキを囲って、何が楽しいんだ?」清隆の表情は、氷のように冷え切った。こんな女のために、自分を最も愛してくれた日美子を傷つけたのか。記憶の中の日美子が、涙ながらに無実を訴える姿が蘇り、胸が張り裂けるほど痛んだ。あの時、日美子が嫉妬だと断じた。美紗緒が自分の子を宿したことを妬んでいるのだと失望し、突き放した。だが今思えば、あれは明らかに美紗緒が仕組んだ罠だった。「美紗緒……よくもやってくれたな」清隆は歯軋りしながらそう吐き捨てた。その瞳には、誰も見たことがないほどの、酷薄な色が宿っていた。……
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第7話
日美子の死から半月。清隆はどこかで「隣県の霊山に死者を蘇らせる生き神が現れた」という噂を聞きつけ、それに縋るように山へ籠もっていた。亡き妻にもう一度会いたい一心で、昼夜を問わず待ち続けていた。しかし、生き神は現れず、疲れ果てて下山する彼の前に、草むらから一人の影が飛び出した。手にはぎらつく包丁が握られ、狂気じみた殺気を放って清隆に襲いかかった。清隆はとっさに反応し、相手の胸板を強く蹴り飛ばした。その人は数メートルほど吹っ飛び、悲鳴を上げて地面に転がる。清隆が目を凝らすと、そこにいたのは変わり果てた姿の美紗緒だった。「清隆!ぶっ殺してやる!」美紗緒は半狂乱で叫んだ。凛太郎との地獄のような極貧生活は、彼女の精神を完全に蝕んでいた。ある日の口論の末、衝動的に凛太郎を刺し殺してしまった。だが、血の海に沈む夫を見て、美紗緒は歪んだ決意を固めた。「こんな惨めな人生を一人で終えるくらいなら、諸悪の根源である清隆を道連れにしてやる」と。彼女は昔から、目的のためなら手段を選ばず、受けた恨みは決して忘れない執念深い女だった。それは今も変わらない。美紗緒は凛太郎の死体を冷蔵庫に押し込んで隠蔽し、あらゆる手を尽くして清隆の居場所を突き止め、包丁を片手に迷わずここまでやって来た。「私がこうなったのはあんたのせいよ!死ぬときは一緒だ、道連れにしてやる!」駆けつけた警察に引きずられていく間も、美紗緒は清隆に向かって呪詛を吐き続けた。清隆は鼻で笑い、軽蔑の眼差しを向けた。武道の心得がある彼にとって、箱入り娘の刃物など児戯も等しい。「俺を道連れにするだと?寝言はあの世で言え」だが、その直後だった。清隆の顔から余裕が消えた。彼は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。恐怖に目を見開き、自分の脚を叩く。「……俺の脚が……」慌てたお付きの者が救急車を呼んだが、病院であらゆる検査を行っても、医師たちは首をかしげるばかりで、打つ手がないという。「検査結果に異常はありません。健康そのものです。それなのに、なぜ動かないのか……」三日後。横山家の屋敷にて。「清隆!開けて!お願いだから出てきてちょうだい!」車椅子に乗った靖子が、閉ざされた息子の部屋の扉を叩き、泣き叫んでいた。三日前に清隆の両脚が急に感覚
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