彼女は足音を忍ばせながら、京弥と紗雪の寝室の前までやってきた。
中から水の音が聞こえてくるのを耳にして、顔に浮かんだ笑みは次第に大きくなっていった。
つまりは今、キッチンには京弥しかいないってこと。
そう思うと、伊澄の口元の笑みはどうしても抑えきれなかった。
キッチンへ向かうと、果たして予想は的中。
中には京弥一人だけが忙しそうに立ち働いていた。
伊澄は思わず拳を握り締めた。
二川紗雪、この忌々しい女。
腹いっぱい食べて、後は京弥兄に全部任せて、自分はのうのうとシャワーを浴びてる。
何の手伝いもせずに、呑気なものだ。
そう考えると、伊澄の心の中は不満でいっぱいになった。
もし、自分と京弥兄が一緒だったら、彼にこんなことはさせなかった。
彼をこんなふうに惨めな思いなんてさせないのに。
だって、あの手は大きな契約書にサインするためのもの。
京弥ほどの男がいれば、自分は何もしなくても贅沢に暮らしていけるのに。
そして、その整った顔立ちとスタイルを改めて見つめながら、伊澄の心はますます惹かれていった。
やっぱり、男はこうでないと。
彼ぐらいのスペックじゃなきゃ、自分にふさわしくない。
彼女の目には、欲望がありありと浮かび上がっていた。
まるで顔にそのまま書いてあるかのように。
京弥はキッチンで作業しながら、背後にずっと視線を感じていた。
だが、それが誰のものなのか、何となくしか分からなかった。
不意に振り返った瞬間、彼の視線は、まさにその欲望を隠しきれずにいる伊澄とぶつかった。
全身から「欲しい」と言っているかのような視線。
それは、目が見える者なら誰でも一発で察知できるものだった。
京弥は眉をひそめ、一歩後ろへ引いた。
「......お前、ここで何してる?」
彼は皿を洗って、キッチンを片付けている真っ最中だった。
そんなときに、こんな風に欲望にまみれた目でじっと見られて、さすがに不気味さすら感じた。
とはいえ、京弥は普通の男じゃない。
すぐに気持ちを切り替えた。
伊澄もまた、一瞬で表情を切り替え、さっきまでの顔などなかったかのような顔を作った。
「ちょっと様子を見に来ただけよ。ご飯、口に合ったか気になって......」
「まあ、悪くはなかったな」
京弥は彼女の問いに対して、淡々と答えながら、少し不安を覚え