再び目を覚ましたとき、私はすでに相澤家の屋敷に戻されていた。
重々しい空気の中、相澤当主は私を見つめ、複雑な表情を浮かべている。
「時雨……妊娠しているんだ」
その言葉に、私は思わず固まってしまった。口をついて出たのは、思いもしない一言だった。
「そんなはずない、嘉山が薬を飲ませてたはずなのに……」
部屋の隅に立つ嘉山は、どこか後ろめたそうに視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「時雨、先月のあの日、俺……牛乳を届けるの、忘れてた……」
一瞬、時が止まったようだった。たった一度の油断で、こんなことになるなんて、全く、想像もしていなかった。
だけど、この子は、今は……あまりにも、タイミングが悪すぎた。
嘉山の瞳に、かすかな希望の光が宿る。彼は私の窓辺にひざまずき、必死に訴えかけてきた。
「時雨……きっと神様が、俺たちを引き離したくなくて、子どもを授けてくれたんだ。
今度こそ、ちゃんと父親になってみせる。夫としても、絶対にお前を幸せにしてみせる。だから……お願い、俺のそばにいてくれ……」
普段は冷たく私を見下していた相澤夫人までが、どこか柔らかい声色になる。
「時雨……今までお義母さんが間違ってた。もう、うちの子を身ごもったんだから、過去のことは水に流して、一緒にやり直さないか?」
相澤当主は何も言わずに黙っているが、その眼差しには淡い期待が浮かんでいた。
みんな、この子を理由に私が戻ってくることを望んでいる。
戻れば、私は名実ともに相澤家の正妻になれる。
けれど、私はもう、疲れ果てていた。嘉山とこれ以上、絡み合いたくなかった。
お腹に手を当て、私は一切迷わず、はっきりと言った。
「この子は……産まない」
嘉山の顔から、血の気が引いた。必死に私の手を握りしめてくる。
「時雨……ずっと子どもが欲しいって言ってたじゃないか。やっとだぞ?この子さえいれば、これからちゃんと家族として……」
彼の声には、かすかな願いが滲んでいた。
そこへ、真夏が焦ったように飛びかかってきた。
「ふざけないでよ!嘉山!あんた、私との約束を忘れたの?あんたの子どもを産めるのは私だけだって、そう言ったじゃない!」
嘉山は彼女を冷たく突き放し、私のほうを向いて弁明する。
「うるさい!時雨、全部この女に騙されてたんだ。信じないでくれ。愛してるのはお前だけだ」