博人は体をこわばらせ、まるで全身の血も止まってしまったかのように感じた。
彼と未央の始まりは決して美しいものではなかった。あの日、一夜限りの間違いさえなければ、彼らが結婚して子供を産むこともなかったと言える。
当時、白鳥家も同じタイミングで不幸なことになってしまった。
博人はずっとあの夜は未央がわざと薬を盛って、彼と関係を持ち、結婚しようと画策していたのだと思い込んできた。だから、結婚してからの7年間、彼は彼女に対して一貫して冷たく当たっていたのだ。しかも、それは行き過ぎたものだったと言ってもいいだろう。
しかし、過去のあの全てが彼女と関係のないものだったとしたら?
博人はこれ以上多くのことを考えることができなかった。
彼は両手をきつく握りしめ、口を開き一言「言え」と絞り出した。
高橋は彼に同情の目を向けて、口を開きゆっくりと話し始めた。
「当時の手がかりをたどって薬を盛ったスタッフを見つけ出せました。彼はその薬はある男から渡されたものだと言い、白鳥さんではなかったらしいのです」
周囲は静寂に包まれた。
博人は呆然として、その場に立ち尽くしていた。高橋の言った言葉が頭の中にぐるぐると回っていた。
未央じゃなかった。
彼女は薬なんか盛っていなかった。長い間計画を立ててあれを実行したこともなおさらなかったのだ。
だったら彼はこの何年もの間、一体妻に対して何をしてきた?
連続で大きな衝撃を受けた博人は、まるで天地がひっくり返ったかのように、ふらふらと体の平衡感覚を失い、そこに立つのもやっとの状態だった。
高橋は素早く彼に駆け寄り体を支えた。
「西嶋社長、しっかりしてください」
この時の博人の耳には何も聞こえていなかった。
自分が過去に未央に対してやってきた不当な行為を思い返し、後悔と罪悪感で押しつぶされてしまいそうだった。
その時ふいに、視線は無意識に薬指の結婚指輪に注がれた。
走馬灯のように過去のことを思い出し、博人は目を赤くさせていた。
「未央、俺が悪かった。帰ってきてくれないか?」
彼は独り言をぶつぶつと呟いた。その言葉には卑屈と懇願しかなかった。
……
一方、未央はこの時、西嶋家の変化など知る由もなかった。たとえ知ったとしても、何も感じないだろう。
彼女はもう過去を捨てて、新たな人生をスタートさせると決めたのだから