悠生はちらりと彼女を一瞥し、軽蔑に満ちた声で言った。
「結構です。俺には羞恥心というものがあって、あなたと違って、汚い手を使って目的を達成するような真似などしないんです」
言い終わると、彼は大股で会場を後にした。
雪乃は一人取り残され、青ざめていた。両手をきつく握りしめ、鋭い爪が掌に食い込んでいることすらも気付かなかった。
一方。
博人は未央を連れて、彼らが滞在しているホテルにやって来た。
ドアを開けると、目に入ったのはベッドに横たわる5、6歳くらいの男の子だった。
彼は顔を赤らめ、荒い息をつきながら、苦しそうにうわごとを言っていた。
「ママ、ママ、どこ」
未央はもう何も気にしないと思っていたが、この光景を見て、胸が締め付けられるようにズキッと痛んだ。
彼女は急いで近づき、理玖の額に手を当てると、ひどく熱く感じた。
「こんなにひどいのに、どうして病院に連れて行かないの?」
未央は博人を非難して言った。
博人は頭を下げて言った。「分かっているだろう。理玖は病院が嫌いんだ。もう医者を呼んで診てもらって、解熱剤も飲ませた」
それを聞いた未央は少しほっとし、理玖の痛々しい姿を見て、心のどこかの柔らかい所が刺激された。
「大丈夫よ、ママがここにいるからね」
優しく穏やかな女性の声が聞こえた。
理玖は鼻の奥がツンとし、目を開けたとたん、涙がこぼれた。
「ママ……ママが作った卵粥が食べたいの」
以前病気になるたび、未央はいつも卵粥を作ってくれたものだ。
未央は迷わず頷いた。
「いいわよ、ここでいい子で待っててね」
博人が予約したのは立花市で最も高級なホテルで、リビングにはキッチンまで備わっている。
未央は下のスーパーで食材を買ってきて、エプロンをつけて手慣れた様子で米を炊き始めた。
以前、同じことを7年間ずっとやっていたからだ。
部屋の中では。
理玖はこっそり目を開けて、小声で尋ねた。「パパ、ママにばれてないよね?」
博人は小声で言った。「よくやったよ。さっきのように続けて、パパが教えたことを忘れないでな」
彼は深い意味を含んだ目をリビングにいる忙しなく動き回る姿に向けた。今は、まるで以前の日々に戻ったようだった。
博人は未央に彼らのかつての記憶を思い出せたかった。前の彼女に戻ってほしいのだ。
あの頃、未央の目は彼と理玖