未央はその時、突然思い出した。晃一には一人の姉がいた。しかもちょうど同じく海外に行っていた。
まさか……
白鳥家があの薬品をすり替えられた事件は今になってもあまり手がかりがなく、晃一の姉が唯一の突破口になるかもしれなかったのだ。
未央は少年を見つめ、ゆっくり尋ねた。「その方のお名前は?」
「滝本絵里香(たきもと えりか)です」と栗山正吾(くりやま しょうご)は答えた。
未央は目を細め、心の中でその名前を繰り返した。そしてまた尋ねた。
「どうやって知り合いましたか。どれぐらい付き合っていたんですか」
正吾はゆっくり俯き、口元に苦い笑みを浮かべた。
「付き合っていませんよ。ずっと俺の片思いでした。滝本さんに太いって言われましたから、頑張ってダイエットしました。それから、成績が悪いと言われて、寝ずに勉強しました。その後、俺が貧乏だと言われたから、必死で稼ぎましたよ……」
それを聞いた未央の瞼はピクッと攣った。
正吾の状況は悠奈と似ているのだ。愛する人にモラルハラスメントを受けていたのだ。
ただ、悠奈は晃一と一応実際に付き合っていたが、正吾は……
未央の目には同情の色が浮かび、慰めるように口を開いた。「あなたは十分優秀な人です。ただあなたに相応しい方に会っていないだけです。あまり自分を責めないでください」
正吾のカウンセリングを終えた時、外はすっかり暗くなっていた。
「白鳥先生、ありがとうございました。帰ってちゃんと考えてみます」正吾は何かを考えるように礼を言った。
未央は彼の肩を叩いて、慰めた。「急がなくてもいいですよ。外まで送ってあげます」
治療中、未央はさりげなく探りを入れてみたが、残念ながら、正吾は晃一の存在を知らないみたいだ。
しかし、絵里香には異母兄弟がいることは確認できた。
未央は正吾を出口まで送り、自分も帰ろうとした時、ちょうど悠生の姿が見えた。
彼女は一瞬意外そうな表情をしたが、すぐ昨夜の約束を思い出した。
悠生は仕事が終わったら迎えに来ると言っていた。
「藤崎さん、お疲れ様です」未央は笑いながら言った。
悠生は少し眉をあげ、手を彼女に差し出した。
「まだ『藤崎さん』なのか?恋人のふりをするんだろう?」
「ゆ……悠生さん」
未央はあまり落ち着かず、躊躇いながらそう呼んだ。
そして。
そっと自分の手を悠生