夜はどんどん深くなり、明るい月が空に輝いていた。
二人は向かい合って木の下に立ち、見つめ合っていた。すると先に未央が口を開いた。
「藤崎さん、約束したこの関係をこれで終わりにしたいんです」
ただ恋人を演じるだけだったが、今はどんどん事が大きくなってきた。特に京香のあの嬉しそうな様子を見て、未央は心理的な負担でかなり押しつぶされそうになっているのだ。
悠生は眉間にきつくしわを寄せて、切迫した様子で尋ねた。「どうして?今まで問題なかったのに?」
未央は唇をぎゅっと結んだ。「おば様のことをこのように騙すのは良くないと思って。彼女はいつか本当のことを知るでしょう」
悠生はお酒を飲んでいてちょうど酔いが回ってきた頃合いで、うっかり口に出してしまった。
「だったら、本当の恋……」
その瞬間、急に黙った。
未央は不思議に思い、顔を上げ、何か物思い気な様子の悠生の瞳を見つめ、唾を飲み込んだ。
「藤崎さん、さっき何て?」
悠生は一歩前に出て、未央との距離を縮め、かすれた低い声で言った。
「俺は……」
瞬時にその場には曖昧な空気が流れた。
未央は眉をひそめ、近寄って来る悠生を止めようと思ったその次の瞬間、視界の隅にある人影が映った。
彼女が反応する前に、彼女の腕は別の大きな手にしっかりと掴まれてしまった。
すると、未央は鍛えあげられた胸元に引き寄せられた。
その瞬間、爽やかな香りが鼻に飛び込んできた。
未央が顔を上げると、そこには冷たい表情の博人がいた。この時の険悪なムードといったら、これまでになく重たかった。
「藤崎悠生、俺と未央はまだ離婚していない。このような真似は許さんぞ!」
博人は凍て付く顔で一字一句はっきりと主張した。
この時、悠生はもう酔いから醒めていて、慌てた様子で未央を見て言った。
「白鳥さん、俺は別に変な意味があったわけではないんだ。この件はじっくり考えてもらいたいと思って」
「考える必要などない」
博人は未央に代わってそう回答をし、無理やり彼女を引っ張って行った。
車の中は静寂に包まれ、空気は張り詰めていた。
博人は暗い顔で、アクセルを踏み込み、猛スピードで車を走らせ、人影のないある街道へとやって来た。
「降りろ」
彼は冷たい声でそう吐き捨てた。
未央は眉間にきつくしわを寄せた。このような態度の博人に驚いた。