理玖は顔を真っ青にさせて、弱々しくベッドに横たわり、つぶやいていた。
「ママ」
博人は眉をひそめ、心がズキっと痛み、慰めの言葉をかけた。
「理玖、いい子だね。良くなったら、一緒にママに会いに行こうな?」
その言葉を聞いて、理玖はようやく騒ぐのをやめて、目を閉じ深い眠りについた。
雪乃は下唇を噛みしめた。
この裏切り者めが……命の危険まで犯して一緒に郊外まで蛍を捕まえに行ってやったというのに、結局今、頭の中にはあの白鳥未央とかいう女のことしかないのかよ。
彼女はそう考え、どうにも怒りを鎮めることができなかった。そして博人にわざとらしくありもしない未央の悪口を零した。
「博人、白鳥さんって本当にひどいと思うの。こんなに理玖君がママ、ママって恋しがっているのに、あんな危険な場所に行かせようとするなんて」
そう言い終わると、病室の中はピリッと張り詰めた空気に変わった。
博人は眉間にしわを寄せて、不機嫌そうに言った。「未央はそんな人間じゃない。何か誤解があったんだ。そんな話、二度と俺の前で言わないでくれ」
雪乃はこの瞬間、顔をこわばらせ、無理やり頷いた。
「わ……分かったわ」
これと同時刻。
未央は博人のほうでこのようなことが起きているとは知りもせず、家に帰った。帰り着いた時に、悠生が中に入らず家の前に立っていた。
「藤崎さん?」
透き通った綺麗な女性の声が後ろから響いてきた。
悠生は全身を硬直させ、ゆっくりと振り向いた。未央が自分に向かって近づいてきていた。
あの還暦祝いパーティーの後、この二人はこの時、はじめて顔を合わせた。
その場に非常に気まずい空気が流れた。
悠生は唇をすぼめ、先にこの沈黙を破った。
「あの日のことは、本当に申し訳なかった。俺、酔っぱらってしまって。もし、白鳥さんがこれ以上恋人を演じたくなければ、無理強いしたりしないよ」
未央は急いで手を左右に振った。
「藤崎さん、謝らないでください。これは私が約束を先に破ったんですから、謝るのは私のほうですよ」
彼女があの夜のことを気にしていないと分かり、悠生には少し複雑な感情が湧いて来たが、それでもホッと胸をなでおろした。
するとすぐに。
未央は不思議に思って尋ねた。「藤崎さん、悠奈ちゃんの様子を見に来たんですか?どうして中に入らないんです?」
悠生は軽く咳をし