「お兄さん......」
明日香はまだ何か言いかけたが、遼一は冷ややかに「勝手にしろ」と吐き捨てるように言った。
そう言い残すと、彼は踵を返し、振り返ることなくその場を去っていった。
平井は、明日香のこわばった表情に気づき、優しく声をかけた。
「座ったらいいよ。まだ時間はあるし、ここからそんなに遠くないからさ」
明日香は少し居心地悪そうにしながらも席についた。そこへ、ウェイターがデザートを運んできた。
平井は、先ほどのやり取りから何か不穏な空気を感じ取っていたが、それについては何も言わず、代わりに別の話題を振った。
彼は天下一の施設をひとつひとつ紹介し、面白い話も織り交ぜながら、明日香を楽しませようと努めた。
喜怒哀楽がすぐ顔に出る人がいるが、明日香はまさにそのタイプだった。彼女の心中がどう動いているのかは、表情を見ればすぐにわかってしまう。
珠子の誕生日には、多くのクラスメイトが招待されていた。
だが、珠子は明日香に、同じ学校へ転校してきたことだけでなく、もうひとつ大事なことをまだ伝えていなかった。
それは――珠子もまた、明日香と同じ6組に転入していた、という事実だった。
当然、淳也たちもその場にいた。
珠子は女子たちに囲まれながら笑い声を上げ、楽しげに個室へと入っていった。その際、窓際の目立つ席に座り、年配の男性と楽しそうに話している明日香の存在には、まったく気づいていなかった。
そのあとからゆっくりと歩いてきた淳也は、一目で明日香の姿を見つけた。
久々に見る明日香の姿に、悠真と哲も意外そうな表情を浮かべた。
「よりにもよって、一番会いたくない奴が来るとはな......」と哲が吐き捨てるように言った。
ていうか、あいつって珠子の妹だよな?なんで誕生日パーティーに呼ばれてないんだ?まあ......あの性格じゃ、誰からも好かれないのも無理ないけど」
「いや......そういや、普段は全然気にしてなかったけど、明日香って今回の試験でクラス1位だったんだよな。1組の中でもトップ5だって。あいつ、まさかチートでもしたんじゃないのか?」
哲は淡々と呟くように言った。
「忘れたとは言わせないぞ。明日香が6組でどれだけいじめられてたか。いい成績を取って、クラスを変えたくなるのも、まあ、理解はできる」
二人の視線が同時に淳也に向けられた。