啓司のオフィスは広くはなかったが、壁には数多くの新聞記事が掲げられていた。迷子捜索の広告や、聴覚障害児童への支援を訴える記事などが並んでいた。
紗枝はオフィスに入ると、あたりを見回した。盲目者向けの特別なパソコンやスマホも置かれていた。
彼女の心にあった疑念は一時的に和らいだ。
「しっかり仕事してね。私は邪魔しないから」
「分かった。送っていくよ」啓司は、紗枝が自分を信じてくれたことに安堵し、答えた。
「いいわ。あなたは仕事を優先して」
紗枝は一人でオフィスを出た。
帰り道、彼女は唯に電話をかけた。「唯、さっき啓司の会社に行ってきたけど、本当に慈善事業をやってるみたい」
以前、彼女は唯とこの件について話していた。
「彼、そんなところまで落ちぶれたの?」唯は仕事をしながら尋ねた。
「でも、私は今の仕事も悪くないと思う。人助けをして、平穏な日々を過ごしてる」
紗枝はずっと穏やかな生活を望んでいた。
「紗枝、もしかして彼に心を許して、やり直そうとしてるんじゃない?でも、彼は今は盲目だけど、もし記憶が戻って目が見えるようになったら、元の彼に戻るかもしれない。それでも大丈夫?」
紗枝はすぐに答えられなかった。
人間というのは最も変わりやすい存在で、誰もずっと変わらないとは限らない。
「でも、今は彼と離婚するわけにもいかないし、しばらくはこのままでいいと思う」
「それでもいいけど、自分の財産はしっかり守りなさいよ。騙されないようにね」唯が念を押した。
その言葉を聞いて、紗枝は思い出した。今、家の料理人や介護士の給料は啓司が出している。
彼は多額の借金を抱えているはずなのに、どうしてその余裕があるのだろうか?
家に戻った紗枝は、料理人と介護士に給料について尋ねた。すると、二人は口を揃えて答えた。
料理人は月二十万円、看護師は月三十万円。
「今後は私が直接振り込むから、口座番号を教えて」
紗枝が去った後、彼らはすぐにこっそりと牧野に電話をかけた。
幸い、啓司は給料の件について事前に計画を立てており、彼らには最低額を伝えるよう指示していたのだった。
「よくやった。これからは料理の材料や日用品もできるだけ安いものを買うように」
牧野はそう指示しながら、内心では複雑な気持ちを抱えていた。
社長、本当にわざと苦労してるよな。
お金持って