「ありがとう、お義姉さん」
鈴はぱっと華やかな笑顔を浮かべ、紗枝の後に続いて中へ入ると、警備員に借りていたコートを返し、丁寧に礼を述べた。
こうした気取らない物腰は、上流階級の人々にとっても、庶民にとっても好印象だった。鈴はその笑顔と振る舞いで、少しずつ紗枝の周囲の人々の心を溶かしていこうと考えていた。
牡丹別荘に着くと、鈴は自分のバッグを持って洗面所へと向かう。
「お義姉さん、ちょっと着替えてきますね」
「うん」紗枝は軽くうなずいた。
その様子を見ていた逸之と家政婦は、それぞれに驚きの表情を浮かべた。
家政婦が驚いたのは、鈴が本当に啓司の親戚だったという事実だった。まさかあの時、門前払いにしてしまった相手が、こんな立場の人だったなんて。そのことで叱責されたり、報復されたりしないかと、不安が頭をよぎった。
一方で、逸之の驚きは別のところにあった。
ママが、あんな女を家に入れた?パパを巡るライバルを?
しばらくして、着替えを終えた鈴が再び現れ、逸之に軽く挨拶をしてからキッチンへと向かった。
「あの......お手伝いさせていただけませんか?以前、星付きのシェフに料理を習っていたことがあるんです」
そう言って、鈴はキッチンにいるシェフに微笑みかけた。
シェフの傍らには二人の若い見習いが控えていたが、彼らは鈴に目を奪われ、ぽかんと見とれていた。
鈴はそんな視線すら楽しんでいるようだった。シェフが言葉を返す間もなく、鈴はさっと見習いの一人が洗っていた野菜に手を伸ばし、手伝い始めた。
その様子を見ていた逸之が、紗枝の手をそっと引いた。
「ママ、なんであの人を家に入れたの?」
まだ幼い逸之に、すべてを説明しても理解できないだろう。そう判断した紗枝は、本当の理由を語ることなく、優しく答えた。
「鈴さん、今住むところがないの。だからしばらく、ここにいてもらうことにしたのよ」
逸之は心の中で大きくため息をついた。
ママって、本当に鈍感だな。この女が、パパを奪いに来てるって気づいてないの?
もちろん紗枝も、鈴の思惑に気づいていなかったわけではない。ただ、正面から向き合うのが面倒だったのだ。彼女はやるべきことが山ほどあって、鈴のような偽善者に構っている暇はなかった。
やがて食事の準備が整うと、鈴は満面の笑みを浮かべながら、使用人たちと一緒に料理