綾子が屋敷に入ると、付き従っていた秘書に手渡された贈り物をすべてその場に置かせ、その足でまっすぐ逸之のもとへと向かった。
逸之はまだ身支度の途中だった。綾子がキッチンに姿を現すと、ちょうど鈴が朝食をとっている最中で、彼女も綾子に気づき、気まずそうに目を逸らした。
「おばさん、どうして......いらしたんですか?」
鈴は慌てて手にしていた箸を置き、姿勢を正した。
綾子はそんな鈴の態度を見やり、あからさまに嫌悪の色を目に浮かべた。
「実の息子の家に来て、なにか悪い?それより、どうしてこそこそ台所で食べてるの?」
綾子にとって、こうした振る舞いは礼儀に反していた。
鈴もそのことは理解しており、申し訳なさそうに声を落とした。
「ごめんなさい、おばさん。昨日ずっと、おばさんが来るのを待っていたので、何も食べられなくて......朝になったら、どうしても我慢できなくなってしまって」
「今後は気をつけなさい」
綾子が鈴の暮らしぶりについて何か言おうとした、そのとき。
「おばあちゃん」
背後から、小さな声が響いた。
綾子の表情がぱっとほころび、振り返るなりしゃがみ込んで手を広げた。
「あらあら、かわいい逸ちゃん。こっちおいで」
綾子がこれほどまでに逸之を可愛がっている様子を目の当たりにして、鈴はようやく気づいた。昨日逸之が話していたことは、嘘ではなかったのだと。幸い、この子の機嫌を損ねずに済んでいるらしい。
「逸ちゃん、もう起きたの?朝ごはん、もうすぐできるからね」
鈴も微笑みながら歩み寄り、優しく声をかけた。それからふと、階上へと視線をやった。
「お義姉さんは、まだ起きていないの?もう八時半だよ」
鈴は、綾子が以前のように紗枝を叱ってくれるものと思っていた。だが綾子は、意外な言葉を返してきた。
「妊娠中なのよ。もっと睡眠をとらなきゃ」
長年顔を合わせていなかった鈴にとって、綾子がこんなふうに変わっているとは思ってもいなかった。まさか紗枝を庇うとは。
「でも、私、留学中に看護の知識を学んだんですけど、妊婦さんは一日八時間の睡眠で十分で、寝すぎると胎児の脳の発育に悪影響があるって聞きました」
綾子はその言葉に少し驚き、鈴を見つめ直した。
「本当?」
「ええ、本当です。海外は医学も技術も進んでいますから、私たちももっと学ばなきゃいけな