橘グループ社長室では——
清水秘書は業務報告を終えると、タブレットPCを脇に抱えたまま、少し躊躇った後で切り出した。
「社長……本日はALIグループの数学コンテスト決勝戦が……」
高級なモンブランの万年筆を指先で回しながら、冬真は書類に署名を終えたところだった。
その整った顔立ちには一片の感情も浮かばない。「私の元妻にずいぶん関心があるようだな?」
社長の一言で、清水秘書は背筋に冷たいものが走った。威圧的な空気に押し潰されそうになり、思わず目を伏せる。
「毎回、ALIコンテストのトップ20には弊社から声をかけさせていただいております。もし夕月さんが入賞されましたら……」
もし夕月さんが入社することになれば——清水は想像しただけで背筋が凍る。元夫婦が同じ会社で顔を合わせることになるなんて。
その時は全社員に念を押さなければならないだろう。元社長夫人に失礼なことがないよう、慎重な対応を徹底させる必要がある。
「トップ20に入るなら、それだけの実力があるということだ」冬真は冷ややかに言った。「オファーは出す。だが、採用するかどうかは……その時の気分次第だな」
眉間に嘲りの色が浮かぶ。離婚を切り出した時期とコンテストの応募時期が重なっているのは、明らかに自分に対するアピールだろう。
自分の価値を示したいのか。
夫と息子の愛情を取り戻したいのか。
その思いが過った瞬間、冬真の瞳に凶暴な光が宿った。橘夫人の座から引きずり降ろした以上、どれだけ存在感を示そうと、二度と彼女など振り返らない。
携帯が鳴った。
画面を確認すると橘大奥様からの着信だった。冬真は眉を寄せながらも、電話に出た。
「冬真や、送った花嫁候補たちの資料、ちゃんと目を通したの?気に入った子はいた?週末にでも、お見合いのセッティングができるわよ」老婦人の声が響く。
離婚が成立して以来、母は次々と令嬢たちの写真を冬真のメールボックスに送り続けていた。
だが、彼は一度も開こうとはしなかった。
「母さん、余計な心配は無用です」
冷たい声音に、大奥様は堪えきれずに食って掛かった。
「お見合いの話を持ちかけているのは、あなたのためだけじゃないのよ。悠斗のことも考えなさい!五歳の子供を、母親なしで育てるつもり?」
情の欠片も感じられない息子に、「用事があるので」と言われ、電話を切られそ