コロナが終点に到着した時、夕月はまだ夢心地だった。
両手でステアリングを握ったまま、現実感が戻らない。
「Luna!優勝だ!!」
夕月が我に返ったように顔を向けると、ヘルメットを脱いだ桐嶋涼の切れ長の瞳が、星のように輝いていた。
彼が手を伸ばし、夕月のヘルメットを外す。絹のような黒髪が、なだれ落ちるように肩に零れた。
夕月は極限状態から戻ろうと、荒い息遣いを落ち着かせようとしていた。
顔を上げると、涼の琉璃色の瞳に映るのは、自分だけだった。
「おかえり、Luna」涼の眼差しには、宝物を見るような温もりが滲んでいた。
「俺の中で、お前はずっとチャンピオンだ」涼の声には確信が満ちていた。まだグランドエフェクトの興奮が収まらないのか、胸が大きく上下し、車内の温度が上がっていく。
夕月は真剣な面持ちで彼を見つめた。「コロナを見た時から気になってたんだけど、私がLunaだって、どうして分かったの?」
藤宮家に戻る前、天野夕月として生きていた頃、レーシングライセンスもその名前で取得していた。レーサーとしての素性は、完璧に隠しているはずだった。
涼は左肩をシートに預けるように体を傾け、真っ白な歯を見せて笑った。「月光レーシングのオーナーが俺だからさ」
夕月の瞳が大きく見開かれた。「月光レーシングクラブにスカウトしたのが、あなただったの!?」
「ああ」切れ長の瞳を細め、男は魅惑的な笑みを浮かべた。
夕月は桐嶋涼を見つめたまま、呟いた。「私をLunaにしてくれたのは、あなただったのね」
当時、夕月がクラブに入る時に出した条件はたった一つ。素性と素顔を公表しないでほしい、ということだった。
まだ無名の頃だった。女性ドライバーなど珍しく、誰も彼女に投資しようとは思わなかった。
そんな彼女に手を差し伸べたのが、月光レーシングクラブのオーナーだった。
株で資産を築いていた夕月は、レースへの情熱のままに、稼いだ金を全てつぎ込んで、無敵の走りを誇るコロナを作り上げた。
若かった。夢のためなら全てを捧げられると信じていた。何事にも情熱的で、全てを愛していた。人を愛することだってそうなのだと思い込んでいた——自分が熱い想いを注げば、きっと応えが返ってくるはずだと。
夕月は俯いた。墨のような黒髪が、表情を雲のように隠した。
「ごめんなさい」
「謝ることなんて