「お母さん、本当に少しも悔しくないの?こんな仕打ち、どうして耐えられるの?」
花には想像もできなかった。
母がこんなにも長い間、ただ耐え続けてきたなんて。
「愛のためだとしても、こんなに惨めな恋が、本当に愛なの?愛って、お互いに支え合うものじゃないの?でも、父さんは何をしてくれた?」
これまでずっと、高峯は求め続けるばかりだった。
それに対して、紀子は何もかも差し出してきた。
―バカみたい。
「花、あんたが怒るのは分かる。でも、これは私が自分で選んだことなの」
紀子は静かに言う。
「愛にはいろんな形があるのよ。私は、この形を選んだだけ。バカだと言われても構わない。お父さんは、私を愛してはいなかったかもしれない。でも、愛がなかった以外は、特に大きな問題のある人じゃなかった。それに......これは、きっと天罰なのよ。だって、私は自分を愛してくれない人と結婚したんだから。この苦しみは、私が自分で選んだものなの」
「なんでお母さんが罰を受けなきゃいけないの?」
花は怒りを抑えられなかった。
「父さんは、自分の目的のためにお母さんと結婚したのよ?罰を受けるべきなのは、あの人のほうじゃないの?」
「花......」
紀子は少し困ったように微笑む。
「彼はあんたの父親よ。私たちがどうなろうと、彼はあんたを大切に育てたでしょう?だから、そんな言い方はやめて。お願いだから、お母さんのために」
花は涙を拭いながら、悔しそうに唇を噛む。
「......お母さん、そんなふうに父さんをかばって、それが本人に伝わると思う?あの人の頭の中には、もう他の女のことしかないのよ?」
「どうしてお母さんは、こんなに優しいの......?お母さんがもっと強かったら、父さんはお母さんを捨てなかったかもしれない。あの女のことで必死になることもなかったかもしれないのに......!」
「この世界には、もう悪い人が多すぎるのよ」
紀子は穏やかに微笑んだ。
「だから、私は悪い人になりたくなかったの」
その目には、優しさだけでなく、どこかやるせなさが滲んでいた。
「お母さん......」
花は声を震わせながら、涙をぼろぼろと零す。
彼女の頬は、汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
紀子の視線が、再び花の首元へと移る