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第853話

Author: 夜月 アヤメ
花は泣きながら飛び出していった。

車に乗り込むと、そのままハンドルに突っ伏し、嗚咽を漏らす。

涙は止まらず、目はすでに赤く腫れていた。

―どうして、父さんはこんな人なの?どうして......?

ただ厳しいだけ、他人に冷たいだけの人だと思っていた。

でも違った。彼は狂ってる。家族にまで、あんなことをするなんて。

彼女は、彼の娘なのに。

さっき、もう少しで首を絞められて殺されるところだった―

痛む喉をさすりながら、花は車を走らせた。

向かったのは、祖母の家。

玄関を開けた瞬間、泣きながら叫んだ。

「おばあさん!おばあさん......!」

助けを求めるように、泣きながら走り込む。

紀子が物音を聞きつけ、すぐに階下へ降りてきた。

「花?どうしたの、こんな時間に......?」

「お母さん......!」

花は勢いよく飛び込み、母にしがみついた。

「どうしたの、花?何があったの?」

紀子は驚きながらも、娘をしっかり抱きしめる。

そして、そのとき気がついた。

花の首元―赤く痕がついている。

「......花、首を見せて」

そっと顔を上げさせると、首にはくっきりとした指の跡。

まるで誰かに強く締めつけられたような痕だった。

「どういうこと?誰がこんなことを......?」

紀子の声が強張る。

「早く教えて。誰にやられたの?」

花は涙を拭い、震える声で答えた。

「......父さん」

「......何ですって?」

紀子は息を呑んだ。

「......あの人が、あなたに手を上げたの?」

「お母さん......」

花はまた泣き出した。

紀子はすぐに花を抱き寄せ、ソファに座らせると、ティッシュで彼女の顔をそっと拭った。

「もう大丈夫だから。落ち着いて話して。何があったの?」

彼女は焦燥の色を隠せなかった。たった一人の娘なのだから。

母は体が弱い。花を産むのもやっとのことで、ずっと大事に育ててくれた。

父は厳しかったけど、それでも手を上げたことはなかったはず。

―でも、今日、あの人は......

紀子は震える娘を見て、怒りで体が熱くなった。

「お母さん......父さんが、どうしてお母さんと離婚したのか......全部知ってたの?
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