横島先生は、かなり驚いた様子で目を見開くと、ギロリとした擬音がぴったりの視線で俺を凝視した。
俺からでは後ろ姿の為、滝沢の表情を見ることはできない。しかし、昨日電信柱の後ろから声をかけた時のように肩を大きくビクつかせている。
「ど、どうした桐生。もう、ホームルームが始まっている時間だろう?」
つい先程、扉の向こうで『お姉ちゃん』と言っていた声ととても似た声だ。
いや、全く同じものだと断言できる。
毎朝のホームルームから、帰りのホームルームまで余すことなく聞いていた声だ。
聞き間違うはずがない。
狭い生徒指導室内を見回してみても、滝沢と横島先生以外に姿はないし、人が隠れられるような場所だってなければ、死角もない。
ゴリラのようにガタイが良く、端正な顔立ちで、女子生徒からの人気も高く、女子贔屓《じょしびいき》することもない為、男子生徒からも慕われている。
そんな先生の秘密を知ってしまったようで、複雑な気分である事は否定のしようがない。
……いや待てよ。もしかしたら、口を割らない滝沢の為にそういうキャラを演じていたという線がまだ残るな。
そうした場合どういう癖なんだよと言う事にもなってしまうが……
目撃してしまった。盗み聞きしてしまった事が信じられなくて、念の為、確認の為に口を開いた。
「先生ってオネエ系なんですか?いや、そんなはずないですよね。ハハハ。すいません変な事聞いちゃって」
言いながら普段の横島先生の凛々しい姿を思い出して、『そんなはずはない』。自ら心の中でそう否定した。
だけど、俺が後頭部をポリポリと掻いて誤魔化そうとしていると、横島先生は表情を強張らせて、無言で俺の方に向かって迫ってきた。
目の前まで迫って来ると、185センチは大迫力だ。しかも胸板も厚い。
完全に視界を遮られたまま、生徒指導室内に引っ張り込まれると背後でピシャリと扉の閉まる音がした。
そして、右手で俺の口を塞ぐと、ギロリと睨みを効かせてこう聞いてきた。
正直、言うと俺はビビって膝はガクガクと震えていた。ここに来てしまった事に少しの後悔を覚えていると言えば嘘になるだろう。
「桐生、どこから聞いていた?先生、怒らないから正直に答えろ」
口を塞がれて喋れない俺は、首を横にふるふると振ることしかできない。
「お、お姉ちゃん。桐生君が驚いているからやめてあげて」