夏休みのとある日、県外の高校へ進学をした幼なじみの笹川秋斗が陽葵の元を訪ねてくる。 秋斗は開口一番に陽葵に告げる。 「彼女できた」 その秘訣は恋愛心理学が書かれた一冊の本だと言って陽葵にも頑張って欲しいと言って置いて帰っていった。 クラスで奇人、変人として扱われている滝沢凛という美少女。 凛もこの恋愛心理学書を愛読しているようで、ひょんな事から陽葵と凛の奇妙な関係がはじまる。
View More「……どうしてここに?」 凛は戸惑うように視線を揺らす。 それもそのはずだった。このあとの凛の言葉を聞いてすぐに納得をした。「帰り道……だから」「そうか。そうだよな」 俺がここにいるほうが本来は異常なのだ。「話……聞いちゃった。ごめんね」 そう謝る凛だけど、気まずいのは俺のほうだった。 なにせ、凛とエマの内緒話をしていたのだから。 エマはどう思っているのか、今も笑顔を絶やすことなく俺の方を見ていた。「どこから聞いてたかなんて野暮なことを桐生くんが聞くとは思わないけどね、ほんとついさっきからだから……そう、『凛が傷つくことがあったら陽川は責任を取れるのか?』ってところからだからね」 エマの言葉を聞いて、凛は顔を伏せた。 なぜか少し赤くなっているような気がした。 今、聞こうとしたことをエマに先回りされたことで俺は言葉を失った。 なにを言えばわからなかった。「桐生くんにも迷惑をかけちゃうかもしれないけど、凛ちゃんには了承は得ているんだよ。ねっ、凛ちゃん」 凛は俺ともエマとも、まして陽川とも目を合わせることはなく、俯いたまま小さく頷いた。「二人はいったいなにをしようとしているんだよ?」「……最初で最後の勝負的な?」 エマの言っていることはまったく意味不明だ。 陽川は二人から聞き出さないように言った。 そして今、エマは勝負をしていると言った。 なにと? 竹田や梅田と? それとも他の何かと? そんなことをして、エマと凛の両者になんの得があるのだろうか?「あのさ────」 そんなことをしてなんの意味があるんだ?と言葉を続けようとしたが、それは叶わなかった。 陽川にキツく睨まれたからだ。 陽川の目は言っていた。 私が聞くなと言ったのになにを聞いているんだ?と。 陽川と約束をしたわけではない。 でも、それ以上聞かないほうがいいような気がした。 なぜ、そう思ったのかはわからない。「教えないよ。私と凛ちゃんにとって、とても大切なことだから。でも、これだけは言えるよ。学園祭が終わるころには、どちらかが勝って、どちらかが負けてる」 エマはそう言って少し遠い目をしたかと思えば、呟くように付け足すように言った。「どっちも負けてるかもしれないけど」 エマと凛の勝負……いったい何を競っているのだらう。当然その疑問は口に出すこ
「わざわざこんなところまでご苦労なことね。あなたの家からじゃ遠いでしょうに」 昨日、エマとやってきていた例の公園にやってきていた。エマが座っていたベンチ、全く同じ場所に腰を降ろした。 陽川はと言えばその横には座らず、俺の正面に立った。「誰にも聞かれたくない話だからな」「あなたがなにを言いたいのかは、わかっているつもりではいるけど、念の為話してくれるかしら」 話が早くて助かる。さっそく本題から入らせてもらう。「……エマのやつ、どうしちゃんだよ?昨日までは凛の味方みたいなことを言っていたのに、あれじゃあ潰しにきているようなもんだぞ」 陽川はスルリと伸びた綺麗な脚をクロスさせて答える。「まあ、あなたがエマに疑念を抱く動きをしているのは確かでしょうね」「……理由があってやっているみたいな言い方だな」「それはもちろんよ。そうじゃなければあんま無茶許可しないわよ。凛は私のお手伝いをしてもらう予定だったんだけどね」「どんな理由があるっていうんだよ?」「それは────」 陽川は、珍しく逡巡のようなものをみせた。 目は泳ぎ、口を一文字に引き結んでいる。 しばらくして、覚悟を決めたように口を開いた。「今はまだ言えない」「それはどういう意味なんだよ」「意味もなにも、作戦に関わることだからあなたには話せないのよ」 全くもって意味不明だ。当事者である俺に話さない理由、正当性があるとは思えない。 フォーメーションもポジションも決めずにサッカーの試合を始めるようなものだ。 戦略も戦術もあったもんじゃない。 そんな負け戦に協力する気にはなれない。 俺はいいとしても、このままでは凛が傷つくことになる。「仲間なんじゃないのかよ?友達なんじゃないのかよ?凛を最近可愛がっているのも嘘なのか?」「嘘じゃないわよ。凛とエマのことは私が守らなければならないと思ってる」 陽川の発言は決定的に矛盾している。 守ると言いながら、その両者が渦中に飛び込んでいくのを黙って見守っているようなもんだ。 深い落とし穴が、あちらこちらに空いている深い森の奥に送り出すような行為。「そう思うんだったら、今からでも配置転換をするべきだ。俺はいいよ。でもさ、凛だけは陽川の下に置くべきだ。そう思わないか?」「……それはできないわね」「どうしてだよ?」「それは、言えない」「
こんな状況でうまく物事が進むはずもなく、梅田と俺はなにも決めることができなかった。 お互いに遠慮をしているというか、踏み込まないようにしているように思えた。 竹田と凛の様子も視界の端で追っていたのだけれど、凛はあまり気にしない様子で竹田に話しかけていた。 それを鬱陶しそうにため息を吐き出してみたり、適当な返事をしてみたりと、あちらもあまりうまくいっていないようだ。「はい。今日の活動はここまでにしましょう」 陽川の号令で各自、各々していた作業の手を止めて、片付けを始める。 俺はと言えば特に何も進んでいなかったから、スマホ画面に表示されているポスターの画面を閉じただけだ。 梅田は持ってきていた道具を教卓の方へ戻しに行った。 ……凛の方も同じ感じだな。 凛の方を見ていたら目が合った。 いつも通りの少し不気味にみえる笑みを浮かべるとこちらに向かって小さく手を振ってきた。 机の下だからきっと俺と凛以外は気がついていない。 あまり目立ってもいけないなと思って俺は頷くだけにとどめた。「桐生くん。少しは作業はかどったのかな?」「おわっ!?」 凛と目配せをしていると、背後からエマが声をかけてきた。 驚いて声を発してしまったが、それをみてもエマは微笑んでいた。「まったく進まなかったよ」「うんうん。そうみたいだねえ。学園祭まで残り二週間。クラスポスターは完成するのでしょうか?」「完成しなかったらそれは問題なんじゃないのか?」「うん。きっと、私の責任になるだろうね」 プレッシャーをかけているつもりなのか、エマはそれでも笑顔を崩さない。「善処はするよ」「うん。よろしくたのむねー。ところで、凛ちゃんの方もあまり進みがよろしくないみたいだねー」 ……それはエマがこんな采配をしたからであって、無理にこよ四人を選ばなければこんなことにもならなかったはずだ。 でも、この場でそれを言っても無駄なことだと俺は理解していた。 だから何も反論はしなかった。「そうみたいだな」「ふーん。やっぱり班を分けても凛ちゃんのことが気になっているんだね」 エマは俺から目を逸らしながらそう言った。 少し寂しそうに感じたのは、きっと俺の気のせいだろう。「……そりゃそうだろ。あんなことのあとだぞ」 裏掲示板の内容をこの場で話すわけにはいかないから、あえて言葉を濁
「絵の上手な竹田さんには、イラストをお願いするね」 エマは笑顔を崩さず、そう言った。「……わかったわ」 竹田は俯き加減で不満げではあるが、リーダーの指示を了承した。「私は?」 梅田がエマにそう問いかけると、エマは俺のほうに目配せをした。 なんか嫌な予感がする……「梅田さんには、桐生くんと一緒にポスターの構成と、文章を考えてもらいたいかな。最終的な判断は姫がすることにはなるけど、案ができたらまずは私に教えてね」 そう言って、エマは梅田の手を握る。 梅田の顔には疑念の色が浮かび上がっていた。 俺だってそうだ。 エマがどうしたいのかがまったくわからない。「あっ、竹田さん」「……なによ」 不機嫌を隠すことなく竹田は答える。 どうもまたろくでもない事を言い出しそうな気がして、俺も息を飲んだ。「凛ちゃんが戻ってきたら、あなたと一緒にイラストをやってもらうから。よろしくね」「はあ!?」「凛ちゃんと一緒になると何か不都合なことがあるの?」 天使の笑顔で、竹田をそう挑発した。「そんなの───!」 竹田にその先を答えられるはずがない。 それを言ってしまったら自白をするようなものなのだから。 あくまで、現段階では疑わしいだけ。「なーんにも問題ないよね。よろしくね」「……」 竹田は黙り込んで俯いてしまった。 そして、なにも喋らずに自席へ戻って行った。「梅田さんは何かあるかな?」「……いえ」 当然梅田だって、なにも言えるはずがない。「エマ、ちょっといいか?」 そう言ってエマを廊下に誘い出そうとした。 どんな考えがあってこんなことをしているのかを問い詰めるためだ。 昨日まで味方のフリをしていただけなのか……?「なにかな?」「ちょっと、ここだと……」「ここで言えないようなことなら聞かない、かな」 口角をあげてエマは答えた。「……」 俺はなにも答えられなかった。「じゃあさっそく、作業に入ってもらえるかな?」「……ああ」 どうもエマの様子がおかしい。何を考えているのかもわからない。 ……陽川が戻ってきたら聞いてみるか。 丁度よいタイミングで、陽川と凛が戻ってきた。 二人とも両手に紙袋を抱えている。「作業に必要そうな道具は、準備会から借りてきたから、ここから持っていってもらえる?」 陽川は教卓の下に紙袋を
不安を抱えながら自クラスへたどり着くと、クラスの中が騒がしい。 少しの不安を覚えつつ扉を開くと、エマに突っかかる竹田と梅田の姿があった。 エマは困った様子ではなく、笑顔で対応しているが、竹田と梅田には鬼気迫るものがあった。 周りにいるクラスメイトたちは困り顔で、介入しようともしていない。 ……また厄介事か。しかもまた竹田と梅田。 あとで何を言われたとしても、俺が介入するほかないよな。 なにより、エマをほうっておくわけにもいかないし。 ヒートアップする竹田と梅田の背後まで歩み寄り、声をかけた。 「どうかしたのか?」 俺が声をかけると、竹田と梅田はこちらに振り返る。 そして、竹田は思いがけない言葉をかけてきたのだ。 「あっ、ちょうどいいところに!あなたちと私たちが同じ班にされるなんておかしいと思わない!?」 それに被せるように梅田も訴える。 「矢野さんが仕組んだのよ。嫌がらせをするために」 「いやだなあ。そんなことしてないよ?クラスメイトなんだから、協力しなくちゃね」 竹田と梅田の訴えは関係ないといった様子で、エマは天使の笑顔でそう答える。 「あーもう!あなたからも矢野さんに言ってもらえる?」 竹田はかなり苛立っている様子で、左手で頭をかいた。 にしても、この二人は何に怒っているのだろうか? 話が断片的すぎて全体像が見えてこない。 困ってエマの方に目配せをしてみても、ただ笑顔を浮かべいるだけだ。 「竹田さん。いったいなにがあったのか詳しく話してくれる?」 「あーもう!……彼女もどんくさいと彼氏もどんくさいんだね」 「ちょっと、さくら!」 竹田の失言に慌てて梅田がフォローに入る。 何を言われたのかにそこで気がついて、カッとなりそうになった。けれど、横島先生の顔が過って見逃してやることにした。喧嘩はよくない。 「梅田さん。説明できる?」 「う、うん」 梅田はバツが悪そうに俺とは目を合わせずに説明を始めた。 「学園祭の班分けをしたんだけど……何個も班があったのに、矢野さんが無理やり、さくら、私、桐生 くん、滝沢さんを同班にしたんだよ!?信じられる!?」 「はっ!?」 驚いて思わず声をあげてしまった。 いつもは天使に見えるエマの笑顔が、このときは悪
返された小テストを前に、俺は安堵のため息を漏らしていた。「小テストは全員、合格でした。本日をもって補習は終了となりますが、各自気を抜かないように。期末試験も見据えて予習復習を欠かさないように心がけること」 合格点ギリギリの低空飛行ではあったけど、突破してしまえばこちらのもの。 気を抜くなと言われても無理がある。 理科ちゃんの話は左から右へ。 左耳の外耳道を通った振動は右耳の外耳道から抜けていくだけだ。「桐生くん!特にあなたは頑張りなさい」 その瞬間にどっと補修組が沸いた。 俺も完全に気を抜いていたから、驚いて椅子から滑り落ちてしまった。 それも相まって教室内には、笑いの渦が巻き起こった。 穴にでも入りたい気分だった。「はい」 理科ちゃんは満足そうに合いの手をいれると、続けて、解散を宣言した。「もう、こんな会が開かれないことを切に願います」 俺だってできれば参加したくないが、どうせ期末でも世話になる羽目になるんだろう。 ────────────────────── 自クラスを目指して歩いていく途中、廊下で陽川と出くわした。 傍らには凛の姿もある。「あら、補修組の桐生くん。こんな早い時間に補修を抜け出すなんてサボりかしら?」 陽川らしい嫌味だった。「……補修は今日で終わりだ。ちゃんと合格点を取れたからな」「ふーん。……と言うことは、今日からあなたのこともこき使えるってことね」 嬉々とした表情でそう言った陽川。 つまり、俺以外の誰かはすでにこき使われているってことか。 いったい誰がナイト様の毒牙にかかってしまったのだろう。「準備は手伝うよ。でもさ、こき使うのはやめてくれ」「何言ってるの?みんなより出遅れているのだから、こき使われるのが最低ラインよ」 陽川にしては冗談めかした口調でそう言うが、まったく冗談には聞こえない。 思わず乾いた笑いが溢れた。「陽葵」「なんだ?凛」「頭こっちに向けて」「頭?まあいいけど」 俺より二十センチは低い凛に合わせて俺はかがむ姿勢をとって頭を凛のほうへ向けた。「よしよし。補修頑張ってエライ!」「ちょっ、お前何すんだよ!?」 何を思ったのか、唐突に凛は俺の頭を撫でた。「い、いやだった……?」「いやではないけどさ……」 恥ずかしいとは言えなかった。火を吹くんじゃないかと
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