なんとなく、矢野さんの家の前は通らない方が良いような気がしたため、滝沢の家へ向かう道中は少し遠回りをした。
その結果、俺の額からは滝のような汗が流れ落ちている。
学校から徒歩で四十分。歩く距離ではなかったなと晩夏の暑さを呪いたい気分だ。
不満はあるが、文句を言うことは許されないだろう。
なんせ、滝沢のスマホが壊れてしまった原因は、俺にあるのだから。
一度家に帰り、自転車で来るべきだった。もし次回このような事があるのならばそうしようと決意をしながら路地を左手に曲がると、つい先日訪れたばかりのボロアパートが見えてきた。
今にも崩れそうな、錆びた鉄骨階段を恐る恐る登り、二階の一番奥の部屋の扉の前に立った。
中から物音は聞こえてこない。
扉をノックしようとして、左側に呼び鈴がある事に気がついて、ノックしようとしていた右手を下げ、左手で呼び鈴を押した。
「……」
呼び鈴が鳴った様子はない。
もしかしたら、部屋内では鳴っているのかもしれないけれど、俺の鼓膜を揺らすまでには至らなかった。
しばらく待ってみたけれど、部屋内で誰かが動く様子もない。
もしかしたら接触不良かもしれないと、今度は強めに、それでも音が鳴らないから三連打してみた。
それでも呼び鈴はならなかった。
後ろを振り返って、今にも朽ちそうな廊下の手すりを見て、きっと故障しているのだと決めつけて扉を三度ノックした。
「滝沢、桐生だけど、横島先生に言われて様子を見に来たんだ」
三十秒程待っても応答はない。
「……」
ドアポストから中の様子を覗く事も考えた。けれど、それは人としてどうなのかと思って踏みとどまった。
なんとなく、ドアノブに手を伸ばして捻ってみると、鍵がかかっている様子はなく、少し引いてやるとキィと鈍い音を立てて扉が開く。
えっ、まじ?あいつ施錠とかしない感じ?
多分、女の子の一人暮らしだよね。
力を込めていないのに、扉は自然と開き、全開になってしまったため、声をかけながら部屋の中へ足を踏み入れた。
「滝沢?桐生だけど」
相変わらず殺風景な部屋だった。そんな一日や二日で変わるものでもないだろうけど、俺が訪れたあの日のまま、物の配置が変わっている様子もない。
でも注意深くよく見てみると、一つだけ変わっている事があった。
玄関と奥の部屋を隔てるように設置された半開