彼女は、ほとんど狂気と絶望に陥った伸を見つめ、その瞳は暗く沈んでいた。
男はまるで心が抜き取られたのように、誇り高かった頭を垂れていた。
かつて自分が毅然と伸の元を去ったときでさえ、彼はここまで崩れ落ちなかったのに。
鹿乃のどこがいいの?
深雪は伸の目の前に歩み寄り、彼の手を掴んで、ヒステリックに自分の不満をぶつけた。
「ノルウェーに行くって?新川はもう死んだのよ!行ってどうするの?今から行ったら、伸が帰ってきても一文無しになるだけじゃない!」
伸は鋭く顔を上げ、力任せに深雪の手を振り払った。
立ち上がると、冷たい表情で一歩ずつ深雪に近づいていく。
その冷酷な目に、深雪は震え上がり、後退りした。
壁にぶつかった瞬間、伸は彼女の首を掴み、強く締め上げた。
「お前があの時、俺を止めなければ......俺が鹿乃を探しに行っていれば、もうとっくに仲直りできてたんだ。なのに彼女は事故に遭った」
「お前が間接的に鹿乃を殺したんだ!子供を産んだら、俺はお前を地獄に落としてやる!」
男の声は凍てつくように冷たく鋭かった。
深雪は恐怖でガタガタと震え、一言も返せなかった。
伸が手を離すと、深雪はその背中が決然と立ち去っていくのをただ恐怖と絶望の目で見つめるだけだった。
力が抜けて床に倒れ込み、その瞳は混乱と憎しみで満ちていた。
「終わった......全部、終わった......」
どれだけ計算しても、伸が行けば全てを失うと分かっていながら、それでもノルウェーへ行く決意をするなんて......
それだけは想定していなかった。
だめだ。伸がノルウェーに到着した瞬間、あの契約は発効する。そんな男、もう何の価値もない。
伊吹とやり直さないと!
伊吹は私生児でも、全てを失う伸よりはマシだ。
深雪は即行動に移した。
スマホを取り出し、伊吹に電話をかけて、甘えるような声で言った。
「いつ帰ってくるの?私、伊吹のためにご飯作るの」
翌日の午後、鹿乃の葬儀。
空はどんよりと曇り、雨が降っていた。
新川父と新川母は遺影を胸に抱き、式場へと歩を進めた。
参列者は多かった。
伸は慌てて駆けつけた。
髭は伸び放題、顔色はやつれ、まるで一晩で十数年老け込んだようだった。
葬儀会場に入ると、彼はふらつきながら祭壇の前に進み、膝をついて三度深く頭を下げた。