Search
Library
Home / 恋愛 / 心はすでに灰のごとし / 第5話

第5話

Author: 枝火
深雪は目を赤くし、興奮したように何度も頷いた。

「うん!伸と結婚するなら、喜んで!」

周囲の撮影チームが一斉に騒ぎ始めた。

「付き合っちゃえ!付き合っちゃえ!」

車の中で、鹿乃は冷たい表情でその光景を見つめていた。

全身が冷たくなっていく。

5年前、

伸が彼女にプロポーズしたときも、同じように真剣で情熱的だった。

彼もまた、きちんとした黒いスーツを身にまとい、鮮やかなバラを抱え、用意した指輪を差し出していた。

あの時、彼は涙を流しながら言ったのだ。

「俺は鹿乃だけを愛する。ほかの女なんて心に入らない」

「お願いだ、俺と結婚してくれ」

「誓うよ、この俺、小笹伸が浮気したら、万死に値するよ」

全部、全部嘘だった。

鹿乃は冷たく笑った。笑いながら、ふと涙が頬を伝った。

誓いなんて全部嘘。

本気なんてものも、結局はその場限りで消えてしまうもの。

隣で絵美が心配そうに彼女を見つめ、優しく声をかけた。

「二人は行っちゃったよ......追うの?」

「うん」

鹿乃は伏せたまつ毛をゆっくり上げ、窓の外を見やった。

このあと、伸たちがどこに行くのか、確かめたい。

1時間後、ベンツはある高級料理店の前に停まった。

そのレストランは林能城で最も賑わう場所にあり、窓際の席は予約困難で有名だ。

食事の時間ではないため、店内はまばらにしか客がいない。

テーブル同士の間はパーテーションでしっかり区切られており、プライバシーが守られていた。

さすがに用意周到だ。

鹿乃は、伸たちが店に入るのを見届けると、近くの店で少し大人びた服装を買い、マスクと帽子を被ってからゆっくり店内に入った。

絵美はすでに準備万端だった。

金を積み、伸たちの真後ろの席を予約してくれていた。

二人が席に着くと、間もなく中年夫婦が店員に案内されて伸のテーブルに座った。

夫婦は五十代くらいで、一見普通の人に見える。

しかし、女性の顔立ちはよく見ると深雪とかなり似ていた。

「まさか、伸は深雪の両親に会ってるの?」

絵美が思わず声を上げた。

鹿乃は無表情でスマホを取り出し、絶妙な角度を見つけ、パーテーションの隙間から写真を何枚か素早く撮った。

タイミングは完璧だった。

伸が深雪の母親にブラックカードを渡している瞬間もバッチリ押さえた。

「クソ野郎、気前いいじゃん」

絵美が小声で毒づいた。

鹿乃は少し視線を落とし、スマホをゆっくりしまった。

昔、伸が自分の両親に初めて挨拶に来たときも、誠意を見せようとして同じようにブラックカードを差し出していた。

しかし、両親はそれを断った。

彼らは娘を「売る」つもりなんてなかったから。

それなのに今、同じ光景を目の当たりにすることになるなんて。

「......行こう」

もう、ここに一秒もいたくない。

一階に降りると、絵美が家まで送ろうかと聞いてきたが、鹿乃は首を振った。

「絵美......私、今は頭がぐちゃぐちゃで。ひとりにしてくれる?」

絵美はそれ以上何も言わず、ただ「気をつけて」と何度も繰り返した。

絵美が立ち去ったあと、鹿乃はひとり街を歩いた。

外は気温が氷点下一度まで下がっていて、薄い上着だけでは寒すぎた。

だけど、その冷たさなんて、心の寒さに比べたらなんでもなかった。

どれだけ歩いたのか、自分でも分からない。

そんな時、スマホが震えた。

伸からのメッセージだった。

画面を開くと、目に飛び込んできたのは三枚のウェディングフォト。

一枚目、深雪が伸の肩にもたれ、恋人同士のように親密な姿。

二枚目、二人が甘く口づけを交わしている写真。

三枚目、伸が片膝をつき、花束を差し出しているところに、深雪が誇らしげに笑っている写真。

さらにメッセージが届いていた。

「今日はウェディングフォトを撮ったの。彼は人前で私にプロポーズしてくれたのよ。すごく感動した」

「彼のほうから私の両親に会いたいって言ってくれてね。籍こそ入れられないけど、結婚に必要なことは全部済ませたよ」

「一夫多妻は何が悪いというの?私は受け入れられるよ。あなたはどうかな?まあ、私は損しないし」

鹿乃はその挑発的な言葉を黙って読み終え、何も返信しなかった。

三枚の写真を秘書に送り、自分が撮影した伸と深雪の家族との食事写真、そして全てのチャット記録をまとめて送信した。

「結婚式当日、全部流して」

全ての操作を終えると、鹿乃はスマホをポケットに戻した。

ぼんやりと街を歩く。

まるで魂が抜けたように。

そのとき。

急に黒い車がコントロールを失い、ものすごいスピードで彼女の方に突っ込んできた。

ドンッ!

避ける間もなく、鹿乃の体は空中に投げ出され、2メートル先の地面に叩きつけられた。

どれだけの時間が過ぎただろう。

鹿乃はゆっくり目を開けた。

消毒液のツンとした臭い。

目の前には真っ白な病室の天井。

伸がすぐに駆け寄ってきた。

その目は赤くなり、不安と後悔が入り混じった表情。

「目が覚めた?どこか痛いところはない?」

鹿乃は視線をゆっくり動かし、彼に向けた。

男は必死な顔で彼女を見つめている。

まるで、代わりに傷つきたいとでも思っているように。

吐き気がこみ上げた。

あのウェディングフォトの光景が頭をよぎり、胃がひっくり返るようだった。

伸。

いったいどれが本当のあなたなの?

「どうして黙ってるんだ?苦しい?医者を呼んでくる!」

伸が立ち上がろうとした瞬間、鹿乃は彼の手を掴んだ。

掠れる声で、静かに問うた。

「どうして伸がここに?」

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP