財産の大半を私に譲るなんて馬鹿ね。少しだけ付き合ってあげるわ。
可哀想な人。
妻に裏切られて。
実の子を殺しておいて、他人の子供を可愛がるなんて。
惨めね。
完全な負け犬よ。
私は警察に足を運んだ。
「速報です。当市で重大事件が発生。涼川グループ会長の涼川匠による人体実験事件として捜査が進められています。被害者に違法薬物を投与した疑いが......関係当局が捜査を開始、涼川容疑者は行方を眩ましています」
テレビを消して、大きく伸びをする。
窓の外は街灯が煌めいている。お腹が空いてきたわ。
出前を頼んで、ワインを口に運ぶ。
眼下に広がる街並みを見下ろしながら。
あいつが大金をくれなければ、こんな豪邸に住めなかったでしょうね。
贖罪代だと思えばいいわ。これまでの仕打ちの分。
インターホンが鳴って、ドアを開けた瞬間。
顔に布が押し付けられた。
意識が遠のく前、見覚えのある黒い瞳と目が合った—。
目が覚めると、寝室のベッドに縛り付けられていた。
手足を拘束されたまま。
傍らには血走った目で私を見つめる男。
目が覚めたのが分かると、喜色を浮かべた。
嫌悪を露わにして顔を背けると、強引に戻された。
月明かりに照らされた男の顔は疲労の色が濃く。
かつての整った顔立ちは影を潜め、無精髭は伸び放題、目は充血していた。
何日も洗っていない髪は脂ぎって、鼻を突く匂いを放っている。
服も汚れたまま。
惨めね。
私が気を失っている間、風呂にも入れなかったってわけ。
そんなに私が逃げるのが怖いの?
一瞬たりとも目を離さないなんて。
壁掛け時計をさりげなく確認する。
それほど長くは気を失っていなかったみたいだった。
「一緒に行こう、若菜。
海外に逃げるんだ。誰も知らない場所へ。
俺たち二人で生きていくんだ」
あえて刺すように言ってみる。「お姉さまは?一緒に連れていかないの?」
男の表情が一瞬で曇る。「あの女の話はもうやめろ。
腹の子は俺の子じゃない。
籍を入れた途端、間男と示し合わせて俺を殺そうとした……財産が目当てだったんだ」
地獄から這い上がってきた悪鬼のように、男は狂ったように笑う。
「でも早く気付いて良かった。二人とも始末してやった。
奴らの目の前で、あいつの腹を裂いて、中の子供を引きずり出してやったんだ。